環くんと私。A
「ちょっと、あんた大丈夫なの?」

「う、うん…私は平気だから、頑張ってきて…。」

私は鈍い下腹部の痛みに耐えながら体育館の隅に転がっていた。そう、女の子のあれだ。体育の授業とかぶるととてもつらいよね。今私はまさにそれなのだ。
女子はバレー、男子はバスケで天井のグリーンネットで仕切られている。ネットの向こう側にはひときわ目立つ色素の薄い髪を持つ背の高い彼。彼がシュートを決めるたびに女子はバレーをする手を止めて歓声を上げる。やっぱり彼は人気者だ。四葉くん凄いなぁ、綺麗なシュート決めるなあ。お腹痛いなぁ。うぐぐぐぐと情けない声をひねり出しながら転がっていると、ネットをくぐって四葉くんが近づいてきた。


「あれ、なんで休んでんの?」


「あ、四葉くん……」


「サボり?」


いや、違うよ。そう否定しようと思ったけれど、「俺もサボろ」と私の隣に座りこんだ。女子からの羨望のまなざしが私を突き刺す。それの痛いこと痛いこと。下腹部の痛みと周りからの目線の痛みとでもうダブルコンボだ。つらい。


「…」

「…」


うずくまって転がっている私と、汗だくで私の隣に座る四葉くん。女子からの歓声と、男子からの野次で私はもう死にそうである。


「よ、四葉くん」

「環」

「え、」


「環でいいって言ったじゃん。」


そういう彼の顔は少し不満気だ。私は慌てて呼び慣れない名で彼を呼ぶ。


「た、環くん!」


「ん?」


「え、あ、だってそう呼んでって言ったから…」


「あー、そういうこと。」


よくできました。そう言って彼は私の頭を撫でる。私はもう恥ずかしくて恥ずかしくて恥ずかしくて、体にかけていたブランケットを顔まで引き上げた。


「なんで隠れんだよ」


「え?!だって!!」


「なんだよ」


「は、恥ずかしいじゃん……!!」


恥ずかしすぎて言葉の最後の方がしぼんでしまった。そう言うと環くんは驚いたように目をぱちくりさせる。それから環くんも少し顔を赤くした。


「べ、別にあれだかんな!よくそーちゃんがやってくれっから、おれもしたくなっただけだかんな…!」


「そ、そそうなんだね!!へぇ!仲いいんだ!!」


少しぎくしゃくしてしまったものの、環くんは私を突き放そうとせず、どうしていいかわかんないような顔をしている。顔はまだ赤い。私もそんな環くんにつられてなのか、顔を赤くしながら丸めている体をさらに丸めた。


「…お、おれ行ってくる!」

「え、あ、うん!行ってらっしゃい!!」


頑張ってね!応援してるよ!と声をかけると環くんは私を見ながら何か考えるような顔をする。あれ、私何か言ったかな。大丈夫かな。少し不安になってきた。それからちょっとして、環くんが口を開く。


「おれのことだけ、応援してて。」


「…へ」


「絶対シュート決めっから。」


「……、うん…。」


放心気に頷くと、満足気に彼は頷いた。そしてネットの向こう側へ戻っていく環くん。彼は無意識で何も考えずに言うのがまたタチが悪い。あの真剣な表情が頭から離れてくれなくて、下腹部の痛みなんてすでに忘れていた。



ありがとうございました!


20151226
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