悔しいことがあると


「行ってきます」

「行ってらっしゃい、環くん。先生、よろしくお願いします。」


あの事件から数日後。あの事件は社会問題として大きくとりだたされた。山野先生は逮捕され、みょうじ先生は救急搬送された。今も意識はなく、病室で寝たきりだ。環くんはというと、みょうじ先生の応急処置が良かったのか、病院で治療を受けた後、被害者ということもあり警察からの取り調べも受けて、現在は施設で安静にしている。


「先生、王様プリン2つ買って!」

「はいはい、わかったよ。」

環くんは、みょうじ先生の病室に行く途中、王様プリンを2つねだる。最初はなぜかわからなかった。だが今は環君の純真な姿に感動できる。なぜなら彼は、


「なまちゃん。王様プリン買ってきたよ。」

そう言って彼は1つの王様プリンをみょうじ先生の布団(ちょうどお腹のあたり)に置いて、そして残りのもう一つをみょうじ先生の隣で食べ始めた。

そう、これだ。環くんはみょうじ先生のためにプリンを買っていたのだ。そして、環くんが食べ終わると、「なまちゃん。冷蔵庫に入れておくね」と、冷蔵庫にしまい、病室を後にする。これが最近の環くんの日課なのだ。


「ねぇ、先生」

「なに?」

「なまちゃん、起きる?」

「…起きるよ。大丈夫。お医者様もちゃんと起きるって言っていたでしょう?」

「…うん。でも、なんかなまちゃん、死んでるみたいなんだ。」

「環くん…」

「いつも俺が話しかけたら、笑って『どうしたの』って言ってくれるんだ。でも、今はずっとねてばかりだ…」

なまちゃんのねぼすけ。そう憎まれ口をたたいた環くんの瞳には大きな涙の粒。だけど環くんはそれを落とすことなく、服の裾で拭った。


「…せんせい、もう帰ろう。」

そう言って環くんは病室を飛び出した。彼も10歳。死というものがわかるようになったからこそ、みょうじ先生を失うのがこわいんだろう。

彼にとって、みょうじ先生はただの職員じゃない。
心に寄り添って、共感してくれて、傍にいてくれた大切な存在なんだ。

だから、



「はやく、起きてくださいね。」


そうつぶやくいて私も病室を後にした。



(環くん、今日のご飯何がいい?)
(王様プリン)
(ご飯だよ、環くん…)

(王様プリンいっぱい食べて大きくなるんだ。なまちゃんと約束したんだ。)
(…そっか。)




20151025

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