早く自由になりたくて
山野先生に説教をたれてから数日。園長先生と面談し、遂に環くんの担当職員となり、山野先生は外されてしまった。これで私は園内の掃除をする雑用職員ではなく、子どもを守る担当職員となった。山野先生には環くんだけでなく、数人の子どもを担当しているので、他の子どもも心配だ。
あと、嬉しいことがもう一つ。
「なまちゃん。」
「ん?なぁに、環くん。」
そう。なまちゃんとは環くんが私につけてくれたあだ名だ。いつの間にかあだ名で呼んでくれるようになり、少しずつだけど、私と距離を縮めてくれている。彼の努力のたまものだ。
「なまちゃんは、いつから大人になったんだ?」
とても難しい質問が飛んできた。しかし私は難なく返した。
「うーん…。お酒が飲めるようになってからかなぁ。環君にはまだ早い話だね。」
そう笑って返すと、環くんは難しい顔をした。
「どうしてそんな顔するの?男前な顔が台無しだぞ!」
むにむにほっぺを人差し指でつつくと、彼は答えてくれた。
「大人になりなさいって、言われたんだ。」
大人になりなさい。それは環くんのみならず、子どもには理解しがたい言葉だろう。
「…誰に言われたの?」
「…山野先生。」
またあいつか。そう言葉が出そうになってしまったが、我慢した。私偉い。
なんでも、先程山野先生とモメて言われたらしい。
「でもなまちゃんはお酒が飲めるようになったら大人って言ったから、酒が飲めるようになればいいのか?」
「待って待って待って待って」
彼は純真な瞳で見つめてくる。すごくときめいたが、違うものは違うと教えてあげなければ。
「えーとね、環くん。先生は、お酒が飲める年になったから飲めるの。環くんはまだ飲めないでしょ?」
「でものめなきゃ大人に」
「環くん」
そう言って私は環くんを抱きしめた。この子は素直だ。だからこそ悪い知識も吸収してしまう。勿論、まだ知らなくていいことも。
「無理に、急いで大人にならなくてもいいんだよ。ゆっくり大人になればいいの。」
「…ゆっくりしてたらまた山野先生に怒られる。」
「そうだね、怒られるの、嫌だよね。じゃあ私が山野先生から守ってあげるから。」
「なまちゃんが?」
「うん。だから、今だからできることを精一杯楽しんで。環くんは何が一番好き?」
「王様プリン。」
「そうだね、王様プリンをゆっくり食べてるときが一番好きだね。だから、今のうちに、いっぱい王様プリンを食べて、ゆっくり大きくなってね。」
「わかった!おれ王様プリンいっぱい食べる!」
「はは、でもちゃんとご飯も食べなきゃだめだよ?」
「わかってる」
そう言って環くんはおやつを食べに行ってしまった。しかしあの山野という男。どうして保育者になったのだろうか。子どものことをまるでわかってない。10歳の男の子に『大人になれ』だなんて。子どもに自分の感情を押し付けるあの男より、なんでも一生懸命に考えようとする環くんの方が大人だ。(山野先生にあったら口を滑らせそうだ…。)
視線を感じそちらを向くと、柱の影からじっとこちらを見る環くん。「どうしたの?」と聞けば、数秒もじもじした(かわいい。)後
「…ありがと、なまちゃん。」
と、か細い声。何か言おうと思ったが、環くんは忍者の如く走り去っていった。
「(かわいいなぁ…。)」
でも私は、もう一つの視線には気づけなかったんだ。
20151024
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