流れ星は願いを運ぶ
私が元の時代に戻ってきて、タイムスリップする前のように保育所に通って子どもたちと触れ合って、事務作業をして。夜になったら帰ってくる生活をしていた。タイムスリップをして、変わったことは一つだけだろうか。
「あだなちゃんおかえり。」
帰宅して玄関の鍵が開いているということはそういうことだ。私はなれたような溜息をついて、我が物顔でソファに寝っ転がる大きな子どもにのしかかる。
「はぁ〜つかれた。」
「ちょ、あだなちゃん重い。」
「…環くん……」
「…っで!!何すんだよ!」
「女性にそんなこと言わないの。わかった?」
「王様プリン返せよ!」
「わかった?」
「……わかった!わかったから!」
後頭部を小突いて環くんが貪っていた王様プリンを取り上げると、彼は豹変して噛みついてくる。こういうところは小さいころと変わってないなぁとなんだか微笑ましい気分になる。
「ふふふ、悪かったよ。ごめんね。」
「…絶対思ってねーだろ。」
「思ってるよ。」
ごめんってば。そう言いながら環くんの色素の薄い髪を撫でれば環くんはふてくされながらも懐柔された猛獣みたいに私の手にすり寄ってくる。猫か。
「……さぁて。私は晩ご飯食べたいんだけど。寮に戻らなくていいの?」
「やだ。」
「どうしてよ。環くんが帰ってこなかったらみんな心配しちゃうよ?」
「……」
クッションを抱きしめながらそっぽを向く環くん。何だか幼少期の環くんとかぶって笑ってしまった。
「たーまーきーくん」
「…何でそんなこと言えんの。」
「え?」
「あだなちゃんは、おれがいなくてもへーきなんだ。」
環くんは寮に帰るどころか機嫌が悪くなる一方だ。何故機嫌が悪くなるんだろう。
「(あ、そうか。)」
「おおおお、環くん。泣くな泣くなよぉ。」
「うぇ、だ、だって!!あだなちゃん死、んだとおも、思って!!」
「死んでないよ。大丈夫。」
「ど、どっかに、いっちまうんじゃ、な、ないかって!!」
「いるよ。いる。ここににいるよ。」
「ねぼすけぇ〜!!!」
「ごめんね。環くん。」
「私からの約束はそれだけ。簡単でしょ?」
「うん…ご飯食べる。素直になる。思いだす!」
「そうそう!…じゃあ、先生待ってるから、行っておいで。」
ほんとうのさよならだよ。
「じゃあな、あだなちゃん!また明日も王様プリン持ってくる!」
環くんは怖いんだ。知らない間に私がいなくなっちゃうんじゃないかって思ってるんだ。彼にトラウマを植え付けたのは間違いなく私だった。
「環くん。」
「……」
「今日は気が済むまでここにいていいよ。」
「え、」
「怖がらせてごめんね。」
そう言って環くんの狭いようで広い背中を抱きしめた。少しラグがあいてから「べっ別に怖くねーし!!」と言われたが。ふふ、嘘がへたっぴなのも変わらないなあ。
「いる。いるよ。ここにいる。」
そうおまじないのように呟けば環くんは小さな声で「うん」といってから私に聞こえないようにしたのか、鼻を鳴らした。
20160125
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