和泉家の長女、天然につき
最初は皆耳を疑った。
ある夜のことである。メンバー全員で取材を受け、陸が寮のドアを開けようとしたときだった。
「…な、なんか、聞こえてこない?」
「?どうしたんですかリク?」
「な、なんか鼻歌っぽい…」
誰もいないはずの寮から女の楽し気な鼻歌が聞こえてくる。
マネージャーも俺たちと一緒にいる。普段寮にはマネージャー以外の女性は出入りしない。
メンバーの表情に影が付き始めた。
「そんなわけねえじゃんか!」と俺や大和さんが言い、皆の顔を窺うも、陸に至っては陰ではなく青筋が見えるレベルだ。しょうがないので、俺もドアに耳を当て聞き耳を立てる。
【♪〜♪】
聞こえた。聞こえたのだ。まさかとは思ったが、陸の言っていたことは本当の様だ。少し自分の顔の血の気が引くのを感じたものの、このまま入らないわけにはいかない。
「よし、入るぞ!」
「えぇ?!入るの〜?!」陸もう涙目だ。
「ゴーストが美しいレディなら、一緒に住めます!」
「お前さんはそればっかだな」
「俺幽霊初めて見るかも。」
「環くん、それはみんな一緒じゃないかな…」
「…兄さん、マネージャーもいます。入るなら全員でとっとと入ってしまいましょう。」
一織の言葉を受け(そういう一織も少し血色悪い顔してた、だなんて言わない)、俺は意を決してドアノブを回し、思い切りドアを開けた。待ち構えていたのは。
「あ、おかえりなさい!」
「「誰?!」」
「姉ちゃん?!」
「姉さん?!」
「「姉さん?!」」
全員の声が一斉に、順番に木霊した。そう、この…寮のフローリングをクイックルワイパーで掃除しているこの人は、和泉なまえ。まごうことなき和泉家の長女で、俺と一織の姉である。
「あっ!みっちゃん!いーちゃん!」
会いたかったっ!っと抱き着いてくる姉ちゃん。メンバーの前だと気恥ずかしいものの、俺と一織は姉ちゃんには絶対に逆らえなかった。
「姉さん、夜遅くに、こんなところまで来たんですか!」
「うん!みっちゃんといーちゃんに会いたくなったの!」
「そ、その呼び方はもうやめてくださいと言っているでしょう!」
「えー?だって、いーちゃんはいーちゃんだもん!」
ねー、みっちゃん!と、俺に同意を求める。そう。この和泉なまえという女は世界で一番といっても過言ではないほどの天然だ。脳内お花畑なのだ。悪く言えば、人の話を全く聞かないマイペース姉ちゃんなのだ。
「あの…」
壮五が控えめに俺に話しかける。他の皆もなかなか微妙な顔をしている。
「あぁ、俺と一織の姉ちゃん。」
まだ一織に小言(最も、姉ちゃんは小言を【お話】だと思っている)を言われている姉ちゃんをこちらに呼ぶ。
「ミツとイチのねえちゃんか…。」
「姉さん、どうしてここにいるんです。」
「あのね〜、社長さんが入れてくれたの!」
「そっそうですか相変わらずかわ…んん゛っ、ほら、自己紹介くらいはできるでしょう。」
「うん!できる!」
「ならさっさと済ませてください。一体いくつなんですか全く…」
「24さい!」
「聞いてませんよ知ってます!」
「まあまあ一織。ほら、姉ちゃん、自己紹介。」
「はぁい!和泉なまえです!みっちゃんといーちゃんのお姉ちゃんです!いつも二人がお世話になっています〜」
とまあ簡素な自己紹介をする。(最後の【お世話になっています】は母さんの真似だろう。)みんなの反応はそれぞれだった。最初に食い付いたのはナギだ。
「Oh…!Most beautiful lady!ミツキとイオリそっくりですね!」
「お兄さんより年上なんだ…」
「おー、乳でけぇ」
「環くん!!」
「三月、お姉さんいたんだね!」
「まぁな、どっちが上かわからねーけどな。」
「それより姉さん。こんな夜にわざわざなんの用事ですか。」
用事がないなら早く帰ってください。と思ってもいないことを口にする一織。その言葉に臆することなく姉ちゃんは「そうだ!忘れてた!」と声を弾ませ俺たちにこう告げた。
「お姉ちゃんね、みっちゃんといーちゃんに報告がありま〜す!」
「なんですかさっさと言って帰ってください」
「お姉ちゃんね〜!彼氏ができました〜!」
わーいばんざーい!とひとりで喜ぶ姉。周りは沈黙である。(ナギは顔面を押さえ何か言っている)「えー、そうなのー。残念」という大和さんの言葉もこの際無視だ。一番ダメージを負っているのは一織だった。
「な…!」
「姉ちゃん…その彼氏に迷惑かけてないよな…?」
「もっちろんよ!えへへ〜。お姉ちゃんはじめての彼氏だよ!」
「相手はどこの馬の骨ですか今すぐ教えなさい」
わかった!そう言って姉ちゃんはおもむろにスマホを取り出し誰かに電話をかけた。(たぶん彼氏だ。)
「もしもし楽ちゃん?……ううん、今ね、みっちゃんといーちゃんに会いに来てるの!……うん、姉弟だよ?……ううん、なんだっけ、たかなしプロダクション?って社長さん言ってた!……うん!いーちゃんがね、楽ちゃんに会いたいんだって!…うん!だから、たかなしプロダクションに来て!…やったー!ありがと、楽ちゃん大好き!」
これは相思相愛なんだろう。
こんな夜遅くに「弟が会いたがってるから今から来て!」だなんて言って「わかった!」だなんて首を振る男なんてきっとバカに決まっている。と一織は肩を振るわせながら語った。
彼氏を待ってる間。それはもう恐ろしかった。姉ちゃんはものの短時間で陸と環を手懐け、大和さんやナギに口説かれても笑顔でガチレス、壮五とダグラスの話で盛り上がっている。この逆ハーレムという状況をなんとも思っていないのだ。流石脳内お花畑。俺と一織は溜息しか出ない。
ピンポン
寮のチャイムが鳴った。彼氏だ。俺はとっさにそう思った。きっと全員そう思ったに違いない。姉ちゃんも、「あっ、きっと楽ちゃんだよ!」といって我が家のように「はーい」といってドアを開ける。姉ちゃんがドアを開けた後、俺たちは今世紀最大の驚愕を知ることになる。
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