おやすみ

おやすみなさい。
今日は疲れたでしょう?
また明日もう一度ここで逢おうね…。

あれから君とはもう、随分と永い間逢っていない。
もう君は僕を忘れてしまったのかな。
だけど、だけどね 僕は君を忘れない。
だってあんなに愛した人だから…。

三月の風は鼻をくすぐる。
最近じゃ春だっていうのに寒い日が続くから僕は、もう去ってしまった君を心配する。

それでも季節は休むことをしないから、いつだって花が咲くから、僕は暖かくなる。
そうだね、僕の思いも休まないさ。
君を思う気持ちだけはとても強い。

‘おやすみ。’
一人呟く。
誰に? 僕の心の中に。

答えは簡単。
いつでも全部を知っている。
君のために。君がもう迷うことのないように。
だから、君が道に迷ってしまうことがあるなら戻っておいで。

「あ、あれ…?」

ポケットに入れておいたはずの定期券が見つからず僕は慌てだす。

「おかしいな…確かにここに入れたはずなんだけど…。」

3分程探して、結局見つからず財布を見ても給料日前の袋は寂しかった為、電車のホームを遠ざかった。
今から家にかえって親に金を揺する暇もない為、少しだけ駅をうろついた。

最近本当についてない。
昨日だって寝る前のほんの小さな事だけど、足の小指をぶつけて痛かった。

もう少ししたら、こんな僕にも春はやってくるのかな…?

「奏多?」
「…修さん。」

後ろで僕を呼ぶ声がして振り向けば同級生。

「どないしてん?こんなところで…。」

困惑気味の僕を見て君が笑う。

「わかった!サボりやろ!?お前もサボるときがあるんやなぁ」

何をわかったのか、笑顔で言われればあっさりと否定はできなかったし、弁解するのもめんどくさいので曖昧な返事をしてニヤニヤしてた。

「……どっか行く?」
「え?」
「せやからどうせなんやしどっかいかへん?」

やっぱり誰かの笑顔には弱いな…。

「別に、いいけど…」

さり気なく手を伸ばした僕。
その行動に自分が一番驚いてたら、君があんまりに自然に手を握ってくれた。最近失恋したばかりで落ち込んでいたのでそんな些細な事がとてもウレシイ。

「どこ行こうか…。」
「…。」

君の問いかけにすんなり答えられない優柔不断な自分に腹が立つ。

「とりあえず、ファミレスでも行こか?」
「…うん。」

手を繋いだまま恋人同士みたいに歩く町。
輝いてた。キラキラとただただ輝く。
このまま時が止まればいいなんて、口にしたら君はどんな顔をするのかな…?

握った手のひらが温かい。暑くはないのに汗をかく。

「奏多さあ、最近なにかあったやろ?」
「えっ」

そんな事まで気付いていたの?
僕の心の奥深く。
きっと君は無意識にわかっていたんだろう…。

「そん…な…っ」
「隠さなくてもええやん。お前の顔を見ればわかるで。」
「……っ」

見透かされる恥ずかしさに紅くなってく心。
隠したくて目を伏せる。

「やっぱり、君に隠し事は無理だね…。」

はにかみながらなるべくゆっくり笑うから、君は僕を見逃さないでいて…
だけど見透かせたとしても、僕の胸には知らせないでいて。






僕は今、君という人間に抱きしめて欲しい。
優しく、言い表せないくらい頼りなく…

そんな想いは通らずに、君は僕を力一杯抱きしめた。

やめてよ…涙が出るじゃない…。
こんな顔じゃ君を見つめる事、できない。


























店を出て、ブラブラ歩く。
夕日は顔を覗かせて僕を見ていた

「最近…別れたの、大好きな人と…。」

さっき、とっさに隠した事を君に話す。

「そうなん?」

そしたら君は軽いノリで返事をした。

「…うん」
「なら俺と付き合えるやん」
「は……えっ?」
「だから、恋人いないんやろ?だったら俺の所に来ればええやろ。」

抱きしめられてる肩が若干痛くなる。
このまま離さないでいてくれたら僕は、もう君から離れる事はないと思う…。

だから今日は二人、違うベッドで揃っておやすみ。







(2011/03/20)
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