「―――だから諸君はこの生活を良いものとできるように……」 聞きたくもない理事長の話を無理やり聞くことなんか出来なくて右から左へと聞き流す。 ちらりと周りを見渡せば周りの生徒は、理事長へ羨望や好意の視線を向けている。確かに見た目は綺麗に染められた銀髪の前髪をふわりと後ろへ流し、男から見ても格好良い顔立ちで凛とした瞳は憧れても仕方ない。好意の対象としても仕方ない、といえるレベルで全体的に整っている。 可愛い子は理事長を熱い視線で見つめ、ごついヤツ(とはいっても俺はきっとそっちの部類に入る)はつまらなそうに窓を見つめたり近場の可愛い子をガン見している。 大体予想していたから対して面白くもない。出来ることならここから飛び出して真っ青な空の下で昼寝したいくらいだ。うちのクラスの担任がとても怒るからそれは出来ないんだけど。 「(はあ、つまんねえな)」 深いため息ひとつ。 早く終わんねえかなと前に向き直ったときだった。 ぱさり、と紙がおちる。それは会場に入ったときに配られたパンフレットだった。 落としたのは俺じゃない。じゃあ誰が? 紙が落ちたルートをさかのぼると真横の少年。この何でもありな学園ではあまり見ない黒髪で少し藍色が掛かったナイロールフレームの眼鏡を掛けている。 そんな感じで彼を観察しているとどうも様子がおかしい。膝の上で握り締めた手はぷるぷると震え、肩もがたがたと震えている。何より、ぽたぽたと顎を伝って雫が彼の膝へと降り注ぐ。驚いた俺は彼の背中をさする。 突然触れた手にびっくりし彼の小さな体がびくんと揺れる。そして俺の方に振り向く。 濡烏色の長い睫毛をふるふると震わせ、透き通るような肌はほんのりと紅く色づき、涙に滲む薄い藍を纏った瞳が俺を映して揺れる。 儚げで、触れたら消えてしまいそうで、驚きに見開く眼に見惚れた。 「……きれい」 「あの……?」 戸惑いながら言葉を紡ぐ唇は主張し過ぎない朱色で艶々と輝いている。高校生にしては少し高い声はとても心地よく俺の耳をくすぐって。 「あの、手……」 思わず手を握っていたみたいで、ぱっと離す。 俺の目を見つめる眼には不安の色が濃く色づいていて。 あ、安心させなきゃ。そう思った。 「ご、ごめ、君がすごい具合悪そうにしてたから……!!保健室、行こう」 「え、でも、理事長さんの話が、」 「いいから、行こう?」 ちらりと理事長の方を振り向いて頭を横に振る彼の手を無理やり、だけど出来るだけ優しく引っ張って担任に保健室へ連れていくと伝え、体育館から連れ出した。 外の空気をすうはあと吸い込むとすこしおちついたみたいで俺ににこりと微笑むと彼はありがと、と呟くように言う。 「人多いとこ、苦手で、」 新任の先生とか色々ちゃんと知っておきたいから出ようと思ってたんだけどね、と苦笑い。一つ一つの動作が綺麗で、見惚れているとどうしたの、といわんばかりに彼が覗き込んでくる。 「えっと……ごめんなさい、同じクラスだと思うんですが、自己紹介のときいなくて……。ボクは佐藤 叶っていいます。好きなように呼んでください」 「あ、ああ、俺は入江 秀介。カナって呼んでもいい?俺も好きに呼んでいいから。あと、敬語じゃなくていいよ」 「うん、わかった。しゅうちゃんでいい?」 可愛い。 にこりと笑みを零す顔がたまらなく可愛くて。 普段の俺だったら絶対にちゃん付けなんて許さないのに、こくりと頷いてしまった。 「……しゅうちゃん」 「ん?」 「ううん、なんでもないの」 えへへ、と緩んだ顔で笑うカナにつられて笑う。でもその笑顔はどこか儚げで消えてしまいそうで。俺が守らなきゃ、なんて思った。 「あ、保健室!……カナ、大丈夫か?」 「うん。新鮮な空気吸ってちょっと楽になったよ。心配してくれてありがとう。ずっとあそこにいたら倒れてたかもしれない、ね」 「一応保健室いくか……?」 「ううん、大丈夫だよ。あの……その、こんなお誘い変だと思うけど、良かったらこのまま式が終わる前ボクとおしゃべりしない……?ひとりだと心細くて、」 言い終わる前に手を握って頷く。 嬉しそうに握り返してくれる手はほんのりあったかくて柔らかくて。 「ボク、あんまりサボったことないんだ。だから、すっごいドキドキする」 なんて、少し恥らって染まった頬を緩めて微笑むから。 どうしようもなくなって立ち尽くす俺の手を引っ張り歩きだすカナに恋をしていた。 尊くて儚いきれいな花。 でもその棘には毒があって。 いつか、きっと、死に至る病。 それでもキミの毒なら死んでも良いと思う俺はきっともう病気なんだ。 儚げ健気天然美人さんの受けにぞっこんな 入江 秀介(いりえ しゅうすけ)×佐藤 叶(さとう かなえ) Menu |