痒い。

92:痒い。 :2010/02/28(日) 21:42:24 ID:cO+niqZ5 [sage]
 痒い。
 今唐突に痒い。耳の穴が直接的に痒いのではなく、なんというか、喉の奥のような、
その上のような、形容しがたい部分が独特のむずかゆさでたまらない。この痒みというのは、
いつかもどのくらいの頻度かも分からないが、何度かやってきて私を困らせる。一度こうなると
痒くてたまらなくて他のものに手がつけられなくなる。
もちろん直接掻けるわけがない。舌の根元で懸命に上喉を掻くが、そんなもので痒みが
収まるわけがないし、あまりやってると舌が疲れるし、そもそも、喉ではない、よくわからない場所が
痒いのであるので気休めに近い。必死な対処策のひとつとして鼻を思い切り噛む等、
考え付くことをやっているがどれもこれもその場しのぎ、なんとなくマシになるかな、程度で
効果的なものはなかった。

 急いでイヤホンをはずし、パソコンの横に常備しているベビー綿棒が入っている袋を手に取る。
ビニールから出す時間さえもどかしい。折れないように、かつ早く取り出す。
 遠慮はしない。だが痛みが起きないように、慎重に、角度をつけて。
 奥に突っ込む!
 息が詰まるような感覚。くほぅ、と声が出そうになるほどの圧迫感。鼓膜に当たる瀬戸際でとめる。
普通の人にやったらびっくりするだろう。本来の耳かきでは入れすぎだといわれるくらい奥に、
異物が入り込んでくるのだから。しかし今私は猛烈に痒いのだ。これがかなり程よい気持ちよさに
昇華される。この唐突の痒みと、ベビー綿棒の最深部のコンボによる感覚は、他の人では成し得ない。
力加減を誤れば、この適度な圧迫感はすぐさま、異物を抜き取るのさえ困難になるほどの痛みへと
変貌するのだ。他人では、耳の感覚が分からないため、これを痛みなくするというのは無理に近いだろう。
 そうならないよう、綿棒を慎重にくりくり回す。ゴゴゴゴ、ゾゾゾゾゾ、といった耳の中で動くことが原因の
大きな音が響く。ニチャニチャ、飴耳独特のねちっこさが耳の中の感覚で分かる。たとえベビー綿棒でも、
私の耳の最深部では穴の大きさにスッポリ収まる大きさだ。一般に考える、掻き出す、という行為は
できないに等しい。できるのは、このように粘り気のある垢を絡め取るだけ。
 綿棒を微妙に出し入れする。入れるときはできるだけ穴の真中で、出すときは壁に押し付ける。
心持ち、本当に心持ち掻き出す、というような動きだが、この穴の中ではその少しの力ですら昇華される。
回転させる、出し入れする、回しながら掻き出す、それらの動作を繰り返す。あぁ……というかすれ声が出る。
酷いときには涙も出そうになる。
 大体満足したら、入れる時と同等に注意しながら慎重に抜く。角度が違えばやはりすぐに痛む。
 おー。真っ黄色。
 これであらかたはとれた…が、ベビー綿棒というものは、細いぶん綿の部分が詰まっており、通常の
綿棒より、吸水性(吸垢性?)が悪いのである。掃除でたとえるなら、とても汚れている床を雑巾で掃除し、
あらかた綺麗になったところだ。当然雑巾は汚れているため、裏面を返して綺麗な面で拭きなおすことで
より完璧な掃除といえるだろう。ベビー綿棒をひっくり返す。
 同じ要領でやはり慎重に耳に突っ込む。先ほどと唯一違うのは、中の感覚が乾いているということだ。
 ネチネチ感はなく、ゴソゴソとした乾燥音が鼓膜に響く。動かす際の摩擦が多少軽減されるが、
それでもやはり慎重さは失わず、回し、掻き出す。ねっとり耳壁を擦るのも良いが、これもまた
恍惚とする感覚だ。
 先ほどより短い時間で中を掃除したのち、ゆっくり綿棒を取り出す。
 さきっちょがほんのり黄色い。全部とれたか。

 原因不明の痒さはかなり軽減された。が、ゼロではない。まだ痒い。
 と、いうか、長年唐突に悩んできたこの悩み、今となっては原因不明ではないのかもしれない。
 そういうことで、残りの痒みをゼロにすべく、もうひとつベビー綿棒を取り出すのであった。



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