燦燦

遠くに聞こえる蝉時雨、照りつける真夏の太陽、陽炎で歪む遠くの景色。
日傘でも防ぎきれていない地面からの照り返しで、もう既に通り雨に降られたかのように汗でびしょびしょだった。
普段の私ならばこんな暑い中外に出るなどの自殺行為は絶対にしない。まして屋根のやの字すらないただ広いだけの平原のど真ん中、更に物凄い人の量である。
そんな出不精の私を引っ張って、ここ自衛隊の演習場へ連れてきたのは同居人の蒼時さん。
いつも必要なことしか喋らないし、ゲームをやっている最中ぐらいしか饒舌にならないくせに、この時期になるといつも子どもみたいにはしゃいで目を輝かせ、旅のしおりまで作って出かけようと張り切る。
そんな蒼時さんを眺めていたら、今回だけは付き合って炎天下も悪くはないかな、と思ってしまった。

思っただけなら簡単だった。
「もうすぐはじまるかな、楽しみだなぁ」
早々にバテている私とは対照的に、涼しく飄々とした声で蒼時さんがすぐ隣で喋った。
日傘を少し傾けて左側の彼を見ると、サングラスをかけているのに関わらず目がきらきらと輝いているのがなんとなく分かる。逆光で少ししか窺えないが、いつもより笑った口元が確実に緩い。2つの意味で眩しく見えて思わず目を細めた。
「嬉しそうだね」
凍ったスポーツドリンクを蒼時さんに差し出すと、サングラスを左手で外して反対側の手で受け取った。触れた手は既に赤く日焼けしている。これだけ焼けていれば、明日あたり風呂で湯がしみると騒ぐだろう。
「さすが気が利く」
いつものようにお礼も言わずすぐ受け取って一口飲み、首にかけていたタオルで汗を拭った後に太陽を少し仰いだ彼は、自分の横顔を眺めている私に構わず正面を向いた。そろそろ時間だ。つられて私も正面を向く。
同時に陽炎の奥から戦車がゴトゴトと音を立て姿を表し始めていた。遠くの蝉時雨だとか湧く歓声だとかの最中に、別次元の物体が突如に現れてその世界のアンバランスさに思わず見とれてしまう。そんなに経たない内に戦車が近くに来たときは、音の重量感の割に思ったよりも小さくて少しだけ拍子抜けをした。
「あれ、ひとまるってやつ。一番新しいので……って凄く色々説明したいけど、簡潔に言うなら弟が3人ぐらいいる感じ」
「それは凄まじい」
「なんかおかしい例え方しちゃったな」
そんなくだらない話をしている最中、指揮官と思われる人が合図を出す。それを見た蒼時さんが釘付けになった。
弾が装填され、つかの間に大砲が打ち出される。砲塔から煙が上がる頃には地面がびりりと揺れ、観客の感嘆と共に遠くの方で地響きが遅れて耳に届いた。
放たれてから地響きまでほんの数秒であったのに、全てがその間スローモーションであった。殺人的日差し、蝉時雨、他人の歓声、森羅万象が私から遠のいた気がして、一瞬だけ世界に置いてけぼりにされたのだ。
蒼時さんのおかげで散々そういった動画を観たりとかミリタリー要素があるゲームをやったりしていたので慣れた気になっていたが、やはり実演は違う。
「圧倒的だった」
蒼時さんのやや低めの声で我に返る。圧倒されすぎて変な感覚に陥っていたことを悟られないよう、日傘を握り直した。彼は構わず伸びの仕草のあと、ややあって気不味そうに呟く。
「今回炎天下だったし来てくれると思ってなかったから、蛍さんが一緒に行ってくれるって言ったとき物凄く子どもみたいにはしゃいじゃったんだよね。いつもこういうイベント事に付き合ってくれて凄く嬉しい。気を使わせてるんじゃないかって、いつも思うけど」
出会った当初は彼のガタイの良さから、全然そんなことを考えそうな人に思わなかった。全世界のガタイの良い人たちには申し訳ない偏見であるのだが。
けれど雪月花を共に眺めるごとにそんな偏見は薄れていった。ともかく同居人は何をしてもあまり怒らないし、口数は少ないし思ったことやお礼もたまにしか言わない人だから何を考えているかイマイチわからないんだけど、
「そういう呆れないところが、とてつもなく好き」
たまにそういった本音みたいなことを言うのがとてつもなくずるい。
言った後に恥ずかしくなったのか、彼は私の視線から逃れるように両手で顔を覆い、くぐもった声で小さく長く唸りはじめた。
「はは、なにそれ今更」
私の顔を見ないでいうところが蒼時さんらしい。
「来年も来ようね」
未だに顔を覆っている彼に笑いかけた。

日傘に日焼け止めの二重防壁に関わらず、赤くなってしまった肌はしばらく想い出の糧となりそうだ。
日差しが漸く傾き始めている。



燦燦
(帰ったら冷えたコーラ飲も)
(買わなきゃ無いよ)


*Every Little Thing
「恋をしている」










































































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