鯖に乗って唐揚げ丼

「兄貴うるさいんだけど」

宅録りしてたらスエットにエプロン姿の弟が僕の部屋に怒鳴り込んできた。余計な音が入ってしまった。あーこれまた録り直しかあ、上手く歌えてたのに。
「あと晩飯出来てるから食べよ」
「今日なに」
匂いからすると肉じゃがかカレーだ。カレーだといいなあ。
「鯖唐揚げ丼」


小説家を目指し、今の時代純文学はウケないと挫けた僕は情けないことに都心に住んでいる弟の元に転がり込んだ。その頃弟は同棲していた彼女にフラれたらしく、丁度部屋が1つ空いて僕が住み込んでも特になにも言わなかった。僕にとっては好都合だ。哀れ弟よ。
残された女性らしい色の部屋は、たちまち僕のよくわからない色に塗り潰された。思い出なんて脆いものである。
ちなみに電球がシャンデリアになっていて、それはそのままにしておいたのだけど弟が僕の部屋の天井を見るたびに今にも泣きそうな顔をするから、本当は変えた方がいいのかもしれない。凄い良いデザインだけど。

弟はどっかのバンドでギターを弾いている。自分の部屋とは別にギターの部屋があるぐらいだから相当凄いところなのだろう。
僕も音楽には興味があったから、弟が居ない時に少し触ったりしたのだが、次の日に「ちゅーにんぐ」がズレた兄貴触っただろ、と騒いでいたのでうるさいと殴っておいた。弟は殴ると静かになる。イイコ。
殴ると言えば、弟は叩けば伸びるタイプだ。だから世渡り上手。逆に僕は叩いても褒めても電流を流しても伸びない。非金属だ。

そんな弟のライブに行くことになったのが数日前。
頭をふりふりしながらギターを弾く姿、楽しそうなコーラスの声、嬉しそうなMC、こんなにも楽しそうな弟は見たことがなかった。
僕は弟を虜にした音楽というものに初めて惹かれた。
帰宅後、打ち上げから帰ってきた弟にその感動を伝えると嬉しそうに目を細め、右手でがしがしと頭を掻いた。
「兄貴歌上手いんだからさ、レコード会社に売り込んでみたら」
そう、僕のこれからの道を照らしてくれた。
それで現在、レコード会社に売り込むための音源を作っている生活を送っているのだ。


食卓の鯖唐揚げ丼に醤油をかけた弟が、それを眺めていた僕に醤油を寄越した。別に醤油が欲しかった訳ではないんだけど。
「兄貴さ、たまには料理つくったら」
「こんどね」
はい出た今度今度詐欺、弟は呆れ顔で鯖を咀嚼する。ポロポロと衣がご飯の上に落ちる。僕は仕方なく醤油を鯖にかけた。
「どっかのボーカルにって拾われるといいね」
「それは毎分僕も思ってる」
いつまでも弟の所にいるわけにもいかないしなあ、歳も歳だし。
鯖を囓った。やっぱり衣がご飯の上に落ちた。醤油は付けないほうが美味しかったかもしれない。
「おいしい」
「そう、よかった」
嬉しそうに笑った弟を見て、この人の元カノは何が嫌だったんだろうと思った。

僕が弟の部屋に転がり込んで半年が経つ。


鯖に乗って唐揚げ丼
(彼女と別れてくれてよかった)
(よくないよ……)

Fin*
130607
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リゼ