グレイスフルメッセージ



宮瀬さんは私を驚いた顔で眺め、ふうんと視線を左に逸らす。
「また味気ない話だね」
彼は苦い表情をし、ベランダの手すりに手をかけた。
背後には左45度に傾いた下弦の月がビル群の上空、明るい夜空を申し訳程度に照らしている。本来なら星が見えても良さそうな天気だが、生憎人工的な光のほうが輝きが勝っていて、ただの藍より深い黒の空である。
殆ど上の空の私に構わずすぱすぱと煙草を吸い続ける宮瀬さんの横顔を見て、思わず溜息が出てしまう。
「まあ無理だなそりゃ、俺に言われても」
そりゃ無理だから願ってるんでしょーに。
「人間と関わりすぎてもう疲れてるんです」
「当の人間が言う台詞じゃないな」
宮瀬さんは4本目の煙草に火をつけ、右手でスマートフォンの時計を気にした。背後の部屋の電気が点いていないので、バックライトが眩しく感じる。
やっぱりピアニッシモじゃ軽すぎなんだよなあ、宮瀬さんは不服そうな顔をして煙を吐いた。煙草の火が弱い。
「道尾秀介の新刊よかった」
「話が飛びましたね」
夜景の方を向いた宮瀬さんの後を追って、ベランダのすぐ隣に立つと夜風がひやりと肺を冷やす。今年初めて感じた初冬の香りに、少し気だるさを思う。
もうこの手の話題は飽き飽きなんだろうなあ、と思ってぼんやりと首都高速の光を追っていた時だった。
「嘘は嘘を重ねた当人が気付かなければそれは真実だって」
道尾秀介の新刊がそんなんだった、そう呟いて宮瀬さんが煙草の煙をベランダの手すりに押しつけて消した。左薬指の趣味が悪い指輪が夜景に揺れて光る。目障りだなあ、と思った。
「こうネガティブな歌詞ばっか書いてるけどネガティブな人の感情がわかるって訳ではないからなあ」
「ネガティブというよりは現実に悲観的なんです」
「それをネガティブっていうんだよ」
私がなんとなく左に見える観覧車の方に顔を向けると、不意に宮瀬さんの視線に捕まった。すっぴんの彼は眉毛もなく三白眼なので人相が良くない。無精髭がそれを更に悪化させている。
「なんでこっち見たんですか」
私が噛み付くように言うと、宮瀬さんは手すりに組んだ腕の中に顔を沈め、うんと潜った声で喋る。
「辛そうだなあと思って」
他人事だ、と私は思った。宮瀬さんの首筋に彫られたプロビデンスの目が私を見つめている。



グレイスフルメッセージ
(たまに×うんです。×はもう×うこともないけど、ふとした×××のことを×××すような×の××から『×』って××を×してしまえたら×いなって)

fin

戻る
リゼ