『あるドロボウの話』

あるときは広い広い荒野の一本道、またあるときは鬱蒼とした森林の獣道を一台の大型カスタムモトラドが走っていました。乗っているのは若い女性で、白いワンピースに短い丈の黒のライダースジャケットを羽織り、右腿には9mm口径らしき銀色に輝くパースエイダーがレッグホルダーに収まっています。一見ふざけた格好の彼女ですが、モトラドに積まれている荷物の量と運転技術のおかげで手練な旅人に見えました。
「次の国はまだかなあ」
ぼんやりと呟いた彼女は、その言葉を誰に向けるでもなくぽっかりとうわ言のように吐いたのですが、その独り言にモトラドが凛とした声で答えます。
「食料がもうないですよ、そろそろ兎でも仕留めましょうフィリィ様」
フィリィと呼ばれた彼女は、不服そうに目を細めました。
「だって面倒くさいじゃん。商人のトラックの音とかしないかなあ、ロム」
そうですねえ、ロムと呼ばれたモトラドは唸ると、ややあってからああと声を出しました。
「5.32キロ前方南南東の方角、小型モトラドのエンジン音がします。エンジン音とタイヤ跡から荷物少なめの人間が運転しているはずです」
「ごきろぉ?しかも荷物少なめ」
旅人襲って何になるっての、フィリィは悪態をつくと、ロムはそれを諭します。
「しかしフィリィ様、以前強奪した携帯食料はもって2日でございます。先日はいくら商人がよく通る道だからといって、近くに栄えている国があるとは限らないとあれほど」
「あー、うるさいうるさい。わかったわよ5キロ噴かせばいいんでしょもー」
フィリィはそう吐き捨てるように言うと、タンクを膝で挟んで前傾姿勢になりアクセルを景気良く全開にしました。


「キノ、わかってると思うけど湖畔から見てやや北東の方の茂みから誰か狙撃用じゃないスコープで監視してるよ。茂みに隠れて詳しいことはわからないけど、栗色の髪の毛で黒い革の上着を着てる。女の子かなあ、」
一週間前まで滞在していた国の守衛に次までの国は遠いと聞いたキノが、太陽が昇っている内に野営地を決めてトレーニングをしている最中のことだった。キノはエルメスの忠告を聞くと、その方向を横目でちらりと見て自分が撃った練習用のゴム弾を拾い始める。エルメスが緊張感のない声で、狙撃されたらどーすんのとわざとらしくやや大きめに喋った。
「ボクは旅の荷物は最小限にしてるし、狙撃して得するような食料もない。……狙いは一体なんだろう」
「わかんないよー?前の国でキノにサービスしたら、たらふく食われて損した食堂のおっちゃんに雇われた殺し屋かも知れない」
そうだね、キノはエルメスに適当に答えるとパースエイダーの安全装置をかけ直し、リボルバーにゴム弾の残弾がないか確認をする。そして湖畔の北東の方を左手を翳し眺めた。空は晴れ晴れ、湖畔はきらきらと空の色を反射している。
「出来れば争うようなことはしたくないなあ、お腹空くし」
キノは表情を変えずに困ったように呟くと、目線はそのままで姿勢を低く構え慣れた手つきでカノンに弾を込め始めた。
「『森の人』じゃなくていいの?向こうは本気かもよ?」
「脅すだけだから。本当は一発も無駄にしたくないんだけどね」
びんぼーしょー、エルメスが呆れ色で喋った。


鋭くドスが効いた発砲音が響きました。
幸いフィリィには当たらず、隠れている茂みから1メートル左にある大木の幹に穴が空き、焦げた香りが漂います。どうやら相手に見つかってしまったようでした。
「わたしはあなたに近づくことさえも出来ないのね」
「フィリィ様……」

発砲音が響く1時間前のことです。フィリィはようやくロムの言っていた旅人が湖畔の脇を野営地にしているところに追いつき、見晴らしがいいところと対になった茂みに潜り込みました。そしてバードウォッチング用のスコープを片手に旅人の行動を監視、把握します。ロムは車体が大きすぎるため、やむを得ず倒された形でフィリィの隣に置かれていました。
やがて旅人がモトラドから降りて野営の支度を始めようとゴーグルと耳垂れ帽子を外し、木漏れ日を少しだけ眩しそうに眺めた時でした。それを監視していたフィリィが溜息を漏らします。
「ロムどうしょう……」
「どうされましたか、手強そうですか」
「あのひと物凄くタイプだ……もうずっと眺めていたい」
フィリィは旅人から目を離すことなく頬を赤らめます。それに対してロムは何も言いませんでした。

そうして1時間当初の目的を忘れ、旅人をずっと見ていたフィリィですが先程の銃声で我に返ります。
「威嚇発砲ですね。バレてしまった以上、逃げる一択になりますがいかがなさいましょう」
ロムの提案をまるで聞いていない様子のフィリィは、何を思い立ったのか茂みから勢い良く立ち上がりました。
「ちょっとフィリィ様……!」
自力で動くことが出来ないロムが思わず慌てて大きな声を出します。しかしフィリィの表情は恋する乙女そのものでした。


「あなたのハートを盗みに来ました!」
キノの撃った弾丸が標的の大木に当たってから数秒後、栗色でロングヘアーの少女が葉っぱまみれで大木近くの茂みから立ち上がった。エルメスの言っていた通り黒のライダースジャケットに白のミニ丈ワンピースといった、旅人ではなさそうな風貌だった。
「ある意味本気だったね、痛っ」
「あの、目的はなんですか。場合によっては容赦しません」
嬉しそうに言ったエルメスのタンクを肘で小突くと、キノはカノンを相手に見えるようにちらつかせる。
「あなたの、ハートを、盗みに、来ました!」
先程より大きな声で少女が叫んだ。どうやら何を言っても聞かないようで、呆れにも似た溜息を吐いたキノはエルメスに視線で助けを求める。
「色恋沙汰はモトラドに相談されても困るよ」
参ったな他人事だ、キノは再び溜息を吐くと、大きめに深呼吸をした。そして湖畔を跨いで一直線上にいる白いワンピースの少女を見据える。
「物理的に無理なのでお断りします!!」





あるドロボウの話
(残念!振られちゃったね!)
(フィリィ様……)

fin
戻る
リゼ