一方通行

「年齢確認出来るものはお持ちですか」
二十歳過ぎてから数回目の冬、未だに年齢確認される。最近は厳しくなって20代に見える人はとにかく年齢確認するらしいのだけど、喫煙所で見かける彼は年齢確認はめったにされないから羨ましいと嘆いていた。私が顔パスで煙草を買えるようになる日はいつ来るのだろうか。
ともかく、新しい煙草を手に入れた私は気分が良かった。彼と早く煙草の話をしたくて、そのまま直行で喫煙所へと向かう。今日はお昼過ぎ、3時限の頭に彼は現れる。

*

一番最初に彼と会ったのは今年の春、初夏の香りが心地よい昼下がりの喫煙所だった。喫煙所端のフェンスを背にしゃがみこみ、ずっと空を眺めてるだけだったから最初に見かけた時は特に気にしてなかった。
その日は喫煙所が珍しくうるさかったので、とっとと1本済ませてしまおうと隣で私が煙草に火をつけたときである。
「珍しいの吸ってんね」
掠れた、低い声で彼はゆっくり喋った。まさか話しかけられるとは思っていなかった私は、勘違いじゃないか慌てて周りを確認し、勢いで少しむせてしまう。
「ブラックストーンかブラックデビル……かな」
3秒抜けてから自分だと認識した私は、自分の煙草をちらと見てからいまだにしゃがみこんでる彼の顔を見た。物珍しそうに煙草を眺めている。
「あ、ブラックデビルです」
「だよねえ、ブラックストーンじゃもうちょっと香りが煙たいし」
彼はうんうんと頷くと、それきり無言になった。
当時の私にとっては自己解決するなら話しかけんなや、とか思ってしまう本当にどうでもいい存在でしかなかった。

それでも彼は毎週毎週喫煙所に行けば同じ時間、同じ場所でしゃがみこんでるので、嫌でも気にはなる。
そのうち会釈をする仲になり、3ヶ月ぐらいでどうでもいい会話をする関係になった。空が青いね、とか雨降りそうだね、とか。
だから好きなものとか、いつも聴いてる音楽とか、名前さえも知らない。ちょっとよく会う他人ぐらいの認識だろうと思っていたのだが、次第に私の彼に対する考え方が変わってきた。もっと知りたい、と思うと同時にもっと一緒の時間を過ごしたくなったのだ。
人格を知らない人と盛り上がる話題探し、っていうものは考えれば考えるほど難しい。夜に独りで、明日彼と話す想像をしてベッドの上をああでもないこうでもないと、悶え苦しむ私は物凄く気持ちが悪いと思った。

「よく聴く曲?洋楽ぐらいしか聴かないけど」
そう不思議そうな顔をした彼が右イヤホンを渡してきた。
「なんとなく聴いてるだけだけど」
私は少し躊躇ってからイヤホンをつけると、自然と距離が近くなった。今までで一番彼との距離が近い。そうなると距離が近いってだけで鼓動が早くなり、音楽をあまり聴く余裕がなくなってしまう。私は少し聴いて終わりにしようと思ったのだが離れるタイミングを逃し、結局動けなくなって煙草の火と音楽が止まるまで彼のすぐ隣にしゃがみこんでしまった。
無造作に伸ばされた黒髪と、遠くからでは分からなかった前髪の微妙にアシメに切り揃えられた感じが、近くだと見て取れる。目線を落としているので、意外と長いまつげが印象的だった。
あまりまじまじ見ると目があった時気不味いので、ぎくしゃくしながら目線を戻そうとした時、少しだけ彼の目線に捕まってしまう。
「どう」
曲、彼はイヤホンを指差して若干の上目遣いで聞く。私はあまり聴いていなかったのを誤魔化すように笑い、可能ならまた聴きたいと、言った。
「良かった、じゃあこんどCD持ってくる」
我ながら図々しい返答をしてしまった。
借りたCDを聴いて、絞り出すように話題を考える私の夜が簡単に想像出来る。

*

結局さっき手に入れた新しい銘柄の煙草は苦かったし、少し喉が不快に感じた。タール数が確実に身体に合っていない。
「煙草変えたんだね」
彼がやってきた。いつも通りの場所にしゃがみこむと、スタックだらけのジッポーで煙草に火をつける。
けむたい、喫煙者とは思えない台詞を私が吐くと、彼はゆっくりと顔を上げる。目線がぱちりと音を立てるように合った。
「アークロイヤル吸ったことない、ちょうだい」
するりと伸びた彼の手に奪われる私の左手の煙草。ちょうだいってそっちですか、私の言葉は出なかった。
「うん、ヘビィだ」
彼はまっすぐ苦笑いをした。持つ煙草のフィルターには、私の赤い口紅が彩っている。
それって、間接キスってヤツですよね。



たぶん
一方通行
(あ、CD持ってきたよ)
(ずるい)
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リゼ