何とも変な夢を見た。端的に言えば、仕事をサボった此方に、同僚がとても優しく接してきたという夢。

日々を鑑みれば余りにも非現実的ではあるのだが、何と無く夢の中でも自分の意識があって、自分の意思で夢の中を動いていた感覚もあって。まるで、老子の元でスーパー宝貝を使っていた時のような、現実感。正直、自分がちゃんと寝ていたのかと疑いたくなる程、寝起きは相当悪かった。

「………」

――という事が今朝あったので……というには少々ごり押し感はあるが、今、自分は桃園に来ている。勿論、仕事をサボって。

「………」

今朝の夢の中でも、こうして自分は桃園に来ていた。こうして、晴れやかな空の下、桃の樹に背を預けて、一人のんびり座っていた。

『――…太公望!』

其処へ同僚が突然現れ、自分はギョッとしていた。いつも通り、怒られるのではないかと――…が、仕事をサボった此方を咎めるどころか、

『こんな所にいたんだ!』

そう同僚は笑顔になって、ニコニコしながらパタパタ走り寄ってきて、今この手の中にある果実を――此方の大好物を、パッと手渡してきたのだ。
其処で、ハッと目覚めた。そして、何とも気分が悪かった。仕事をサボっても許されるという、まさに夢のような状況であったというに。

「………」

だから、何というか、確かめたくなったのかもしれない。仕事をサボった此方に、現実では、同僚がどう接してくるのか。あれは単なる夢か、それとも、まさかの、正夢なのか――…と手の中の果実を見つめる。そしてそれに歯を当てた、まさにその時だった。

「――…っ太公望!」

静寂の桃園に響き渡る声におっと顔を上げれば、

「こんな所にいたんだ!」

と、台詞は夢の中と一言一句同じではあった――…のだが、ニコニコとは真逆に近い、言うなればプンプンした様子の同僚が、ハアハア荒い息で向こうに立っていた。

「……蒼命」

思わずその名を呼べば、

「っもう、仕事サボってこんな所で何してるの!楊ゼンがずっと探してたんだからね!!お陰で四不象だけじゃなく、休みだった私まで呼び出されたんだから!!!」

そう立て続けに言いながら蒼命はズカズカ歩み寄ってきて、目の前に仁王立ちしてからグッと此方を見下ろす。そしてビシッと出してきたのは、勿論桃ではなく、人差し指。

「――…っとにかく、早く帰って仕事するよ、太公望っっ!!!」

その険しい表情と勇ましい姿をしばらく見つめていたら、何だか笑いが込み上げてきて、いかんいかんと思いつつも、遂にプッと吹き出してしまった。そしてそのまま、今の状況も気にせず爆笑してしまう。

「ぷっ……くくっ……くっ……だーっはっはっはっ!!!」
「……ちょ、な、何が可笑しいの!!?」

そんな此方に蒼命は怒りつつも困った表情でアタフタしていて、それもまた可笑しくて、笑いが止まらなくなって、もう涙まで出てきた。

「〜〜った、太公望!!!」
「……くくっ……いやのう、やはりおぬしは、これ位で、丁度良いと思ってな」

涙を拭いながら何とかそう言えば、蒼命の頭の上にクエスチョンマークが沢山見えたような気がした。ああ、何て分かりやすい、疑う余地のない疑問顔。

「……よし、そろそろ帰ろうかのう」

笑いを止めてよっこらせと立ち上がると、よく分からないけれど、まぁ、帰ってくれるなら……と蒼命が口を尖らせつつも隣に並んでくれた。

「お、手伝ってくれるのか?」
「まさか。私は休みですから、太公望一人で頑張って下さい」

そんな、ツンとした声も、

「おぬしは、ほれ、彼処に残っている雪よりも冷たいのではないか?」
「冷たくさせてるのはそっちでしょ。私だって、優しく出来るならしたいですけど」

ジロッと此方を睨む目も、今朝の夢とは全く違うけれど、

「……せっかく、今日も寒いからアンマン蒸したのに」
「ほ、本当か?」
「……だから、早く仕事を終わらせて下さいな。冷めたら、美味しくなくなっちゃう」

そうニコッと笑って、サボった此方をキッチリ叱りつつも結局は優しいのが、そう、蒼命だ。
そんな事実に、何故だか、とても安心した。そして、腑に落ちた。今朝の夢で気分が悪かったのは、意識があったからとか、意思で動いていたからとか、そんな事ではない。ただ、蒼命が蒼命らしくなかったからだ。

「……蒼命」
「ん、何?」

此方の呼び掛けにすぐ此方を見た蒼命に、軽く触れる位の口付けをする。そうすれば、彼女にとっては突然の出来事だったのだろう、カッと顔を真っ赤に染め上げて。ずっと彼女を想ってきた昔の自分にとっては恋焦がれてきた、まさに夢のような関係になって、もう数え切れない程してきたというのに。こやつは、こういう事にはちっとも慣れてくれない。

そんな、蒼命らしい蒼命が、わしは好きだ。

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