「――…!」

窓から月を仰いで、服を着込んで、綺麗に飾られた大きめな箱を持って、さてそろそろ行こうかな、と暗い自室を見回したまさにその時、どうやら悪魔に囁かれたらしい。

ソレを使えば、いつも彼にされている悪戯の復讐が出来ると。何より、彼にはそれが似合うだろう、と。

だから、その囁きのままに、箱と小さな灯りと共に、ソレを持って部屋を出る。そして白い息をふーっと吐いてから、暗い廊下を何を考える事も無く足を動かせば、目的の部屋に到着した。
そのままそーっと中に入り、部屋の主を起こさないように灯りを入口近くの棚に置く。その僅かな明るさを頼りに、一歩、また一歩と慎重に進み、部屋の中央までやってきた。

「………」

さて、アレは、いつも何処に置いているんだろう――…と目を細めて見回して、すぐに見つけた。ソレだけが、闇に浮いたように白かったから。入口近くに置いた灯りによるのか、はたまた寝床近くの窓から差し込む月の光によるのかは、よく分からなかったけれど。
ああ、アレは、枕元に引っ掛けているんだ。これは丁度良い。元々、其処に用事があったのだ。そろそろと寝床に歩み寄り、立ち止まって少し中腰になり、寝床の中の部屋の主をじっと見つめる。規則正しい寝息と共に、規則正しく上下する布団。うっすら開いている口に、しっかり閉じられた目蓋。

「………」

……ん、これは大丈夫そうだ!そう判断して、まずは最初の目的である箱を枕元の棚にそーっと置いた。それから、引っ掛けてあるくたっとした白いソレをそーっと取って、代わりに持っていた赤いソレをそーっと掛ける。これで、完璧。再び中腰になって、平和な寝顔をじーっと見つめる。
ふふっ、明日の朝、驚くかな。その反応を直接見る事が出来ないのは残念だけど、明日顔を合わせた時には話に出るに違いない。どんな風に語られるのか、楽しみだ。

「………」

……さて、二つの目的が果たせたので、早くお暇しよう。そう、熟睡中の部屋の主である、彼が起きる前に――…

「――…うぁっっ!!?」

と身体を起こそうとしたまさにその時、膝に添えていた手を突然布団からシュッと出てきた何かにガッと掴まれ、そのまま強く引っ張られて悲鳴を上げる間も無く頭から布団にドサッと倒れ込んだ。

「ったぁ!!?な、何っ!!?」

ぷはっと何とか顔だけ上げれば、すぐ目の前にはしっかり開かれた青目に、うっすら開かれた唇。

「……例年通りまたサンタが来たと思ったら、今年は悪戯好きなようだのう」
「――っお、起きてたの!!?」
「うむ、少し前からのう」

全然気付かなかった!長年の付き合いで、ようやく彼の狸寝入りを見抜けるようになったと思っていたのに!!なんて悔しくなった反面、申し訳無くもなり。

「……もしかして、起こしちゃった?」
「いや、何故だかふと目が覚めてしまったのだ。そのまま眠れなくてぼんやりしていたら、何やら気配を感じてのう」
「そう……」

なら、良かったけど……でも、優しい彼の事だ、気を遣ってくれているのかな……そう考えていた此方の顔を覆うように彼の右手が広がり、そのまま両頬を軽くぶにっと潰されてしまった。

「で、こんな夜中に男の部屋に忍び込むなど、一体何を考えているのだ、おぬしは」
「……だって、せっかくの日だし」

驚いて、そして、楽しんでほしいから。そんな事をブツブツと続ければ、彼の厳しい表情がやれやれと和らぎ、更にはそれは嬉しそうに、加えてちょっと意地悪そうな笑みを浮かべた。

「……しかしまぁ、今年はいつも以上に贅沢なプレゼントだのう、蒼命」
「え、中身知ってるの?」

そう、今年は奮発して、丼村屋に頼んで特別なお菓子を頼んだのだ。彼の大好きな果物を多種多様に調理してもらった、お菓子の詰め合わせ。私も少しだけ作って、丁寧に運んで、綺麗に包んだ、自信のある贈り物。あと、消え物だけというのはあれなので、最近傷みが目立っていた茶器の新品も入れてある。
しかし、その事は仙人界の誰にも言わず、念入りに隠してきたのに……また分かりやすい言動をしちゃったのかなぁ……気を付けていたつもりではあったが、いつもながら、やっぱりこの人の目は誤魔化せないのか……と俯いた顔は、しかしすぐに彼の右人差し指で顎からくいっと持ち上げられ。闇夜に浮かび上がるその整い過ぎた微笑に思わず身体を起こそうとしたが、いつの間にか彼の左手が背中にあって、布団の上――というか今更気付いたが彼の身体の上から逃れられなくて。

「え、何――!?」
「こんな深夜に、それも丁度わしがいるこの寝床に、わざわざおぬしが来てくれるとはのう」
「!!?っ違、そ、そんなつもりは――!!!」
「あと、あの赤い帽子だが、わしは明日被っていても構わぬが、代わりにいつものわしのこの帽子は、蒼命に被っていてもらおうかのう」
「えっ!!?そ、それは、その、ちょっと……」
「何だ、わしの帽子が被れぬと言うのか?」
「いや……だって……」
「だって?」

ムッとした顔にズイッと近寄られたので反射的にうっと頭を引き、しかし引き下がらない彼にうーっと唸ってから、自意識過剰だとは重々承知の被れない理由をぼそぼそと白状する。

「……は、恥ずかしい、から……」
「恥ずかしい?」
「……た、太公望の、その……こ、恋人だって、そんな宣言を、している、みたいで……」
「………」
「………」

ああ、今此処が、暗い部屋で良かった。もしも昼間の此処ならば、すぐ其処の窓から差し込む陽の光で、自分の顔が其処に掛けてあるサンタの帽子並みの色になっているのが、彼にバレてしまっていただろうから。
とにかく恥ずかしくてドキドキしていたら、手の中にあったいつもの彼の帽子を取られた。それにビクッと身体を震わせたら、

「……そうか……」

静寂に落とされた、それは穏やかな声色の呟き。納得の色も感じられて、ほっと肩から力が抜けた。今回は、流石に引いてくれるらしい。

「――…ならば」

……というのは、浅はかな期待で。続く力強い声色に目を上げれば、ニイッと白い歯を見せられて。

「尚更、おぬしにはこれを被っていてもらわねばのう」
「え――わぁっっ!!?」

そのまま白い帽子をグイッと目元まで被せられて、

「っちょ、ちょっと何、太公ぼ――…っ!!!」

う、とすぼめた唇を、柔らかくて熱いものに塞がれた。視界も塞がれて、けれどそうされていなくてもぎゅっと目蓋を閉じているから、結局何も見えないのに変わりは無いけれど。
熱くて、圧があって、角度を変えて、かなり長くて。ようやくはっと息を吐ける時が来ても、また塞がれて、ずっと続いて、更には侵入されて、息が出来なくなって。今の自分の顔は、先よりも強い羞恥心と極度の酸欠で、益々赤くなってしまっているに違いない。

「……っは……た……」

震える唇のせいで彼の名前すら紡げない此方に、恐ろしい位に優しい青目をした彼が囁く。

「今夜こそは逃がさぬぞ……のう、蒼命――いや、サンタさん?」

ああ、また、こんな聖夜なのに、悪魔に囁かれた。いや、悪魔のような顔をした彼という事ではなく、自分の中の悪魔に。

あの帽子のお陰で、いつも以上に彼と長い時間を過ごす事が出来ると。何より、彼にもっともっと触れてもらえるだろう、と。

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