負けた人に限定 勝った人は笑顔

負けた人には嫌で嫌でたまらない

勝った人には楽しくて楽しくてしょうがない


そうそう――世に言う『罰ゲーム』って


そういうものじゃなかったっけ……?



「――で、ハニーったらムードもへったくれも無いのよ!!!」
「あらら……でも恥ずかしかったんじゃないの?」
「そんなもんかしら?」
「そんなものでしょ」

今日は仕事が無く、かといって特別やる事も無く、昼食を食べ終わった蒼命は今こうして食堂で、隣に座る蝉玉と世間話に花を咲かせていた――といっても、ほとんど蝉玉の惚気と愚痴混じりの恋愛話だけど。

「でもさ――っと、蒼命、後ろ!」
「ん――…!」
「おお、蒼命、蝉玉」

其処に桃を片手にやってきたのは、同じく休みの同僚であり……一応、密かに付き合っている道士。

「た、太公望!」
「どーも!」
「おぬしら、何をしておるのだ?」

そう首を傾げながら、太公望が目の前に座った。それに目をらんらんと輝かせた蝉玉を敢えて見ぬ振りをして、太公望に身体を向ける。

「太公望こそ、何してるの?」
「わしは桃園にこれを取りに行った帰りだが……ひょっとしておぬしら、昼を食べてからずっと此処におるのか?」
「あ、うん!」

他愛無い会話なのに、蝉玉がやたらニヤニヤしているから変に恥ずかしくなる。……何も、そんな顔しなくてもいいのに。
前に蝉玉には色々お世話になったから、つい最近両想いになった事は一応報告しておいた。多分、今の所蒼命達が付き合っているのを知る人は、蝉玉と四不象位じゃないだろうか。
だから、蝉玉はこんな風に面白そうな表情で自分達を見るのだ。……何か、居心地悪いけど。

と、あ!と蝉玉が大袈裟に手を打ち合わせる。

「そうだわ!ね、トランプしない?」
「「トランプ?」」

突然の提案に、蒼命と太公望の声が綺麗に重なる。それにも満足したように、蝉玉はふふふっと含み笑いを零した。

「この前さ、面白いトランプが見つかったのよ。今取ってくるから待ってて!」
「あ、蝉玉!」

此方の返事を一切待たずに立ち上がったや否や、蝉玉は勢い良く食堂から飛び出していった。

「……何だろう?」
「……さぁのう」

蝉玉の言った方向を呆然と見つめる蒼命の横で、余り関心無さげに太公望がしゃくりしゃくりと桃を食べ始めた。と、桃一個を食べ切ったと同時に蝉玉が食堂に戻ってきた。……凄い速さ。

「じゃーん!!!」

そして満面の笑顔と効果音付きで、二人の前にバッと左手を付き出す。その手の中にしっかと掴まれているのは、見た目、普通のトランプの箱。

「……これが、面白いの?」
「勿論、面白いのは中身で――」

にこにこしながら蝉玉が箱からトランプを取り出していると、

「あれ?」
「おや、師叔に蒼命、蝉玉ではないですか」
「何やってるさ?」

いつの間にか、普賢に楊ゼンに天化と、続々と仙道が食堂に集まってきた。そして次々と席に付く。

「え、えーっと――」
「今から蝉玉達とトランプをやるの」
「お、面白そうさね!」
「僕達も混ぜてもらってもいい?」
「いいよね?」

と蝉玉を振り返ると、彼女は予想外の表情をしていた。

「………」
「?蝉玉?」
「あ、い、いや……」

いつもなら来るもの拒まず、去る者も追う感じの蝉玉が、この時はやけに難しい表情をしていて。蒼命が顔を曇らせる。

「あ……駄目、だった?」
「あー……まぁいいわ!何とかなるでしょ!」

何とかって……普通にトランプをやるのでは?

「で、トランプで何をやるのかい?」
「じゃあ――ババ抜き!」

人差し指をピンと立てて真っ直ぐに言う蒼命に、男性陣は少し困惑気味に互いの顔を見合わせた。

「……いや、まぁ……」
「……蒼命がそう言うなら、俺っちは別に……」
「それでも良いとは思うけど……」
「……普通、だのう」

しかし、そんな無難な意見達もお構い無しに、蝉玉だけが不敵な笑みを浮かべる。

「ババ抜きでも何でも大丈夫よ――ただし」

そして、トランプを机の真ん中にダン!と置く。

「罰ゲーム付きね!」
「……罰ゲーム?」
「このトランプ、罰ゲームが書いてあるのよ。だから最後までババを持っちゃった人は、切り直したトランプから1枚引いて、其処に書かれた罰ゲームをやるの!」
「はぁ……」

それが蝉玉の言う、このトランプの面白みか。純粋にババ抜きを楽しみたかったが、

「……面白そうだね」
「そうさね。ババ抜きでもそれなら燃えるさ」
「まぁ、僕は負けませんが」
「ふむ、ではやるか」

皆も乗り気だったので、蒼命も頷いた。ま、罰ゲームありというのも楽しそうだし。

「じゃあ、始めましょ――!!?」

と、蝉玉の顔が先よりも険しく――というかかなり厳しく、寧ろ殺気立った。

「ハニー!!?まった女の子追っかけて――!!!」

牙と角が出てもおかしくない形相に、無意識にビクッと身を震わせた此方を振り返り、

「ちょっとあたし行くね!!先始めてて!!!」
「あ、蝉――!!?」

再び此方の言葉を一切聞かず、蝉玉は椅子を蹴り飛ばして食堂から駆け出していった。

「………」

言い出しっぺが行ってしまった。倒れた椅子を直すと、残された五人はしばらく無言でトランプの山を見つめていたが、

「……まぁ、やりましょうか」

取り敢えず蒼命がそれを取って切り始める。そして、均等に配る。

「では、始めましょう!」
「じゃあ配ってくれたから、蒼命から時計回りで」
「はーい!」

という訳で、時計回りで蒼命、普賢、天化、楊ゼン、太公望という順番で罰ゲーム付きババ抜きが始まった。
最初に自分達の手札を整理する。見れば、蒼命の手札にはまだババは無い。

が、


――…な、何これ?


絵札面に書かれた罰ゲームの破壊力が、尋常ではなかった。思わずトランプを持つ指が震える。余りの恐怖に見開かれた眼に映るのは、

『異性の名を大声で叫ぶ。』
『異性に、自分に出来る最高の微笑みを向ける。』
『異性の事を様付けで呼ぶ。』

……等々、蒼命の背筋が思わず凍り付く内容ばかりだった。想像し難い文面に、青筋と鳥肌も立っている。
というか、


――全部、異性絡み!!?


『異性』という単語から始まる物しか無い。そして、それを見て嫌でもピンときた。だから蝉玉は太公望が来た時に、これでゲームをしようとしたのか。私達のどちらかに、罰ゲームをさせる為に。
しかし、乗り掛かった船――というか、ちらと見れば皆が意外と冷静な顔だったので、取り敢えず始めよう。負けなければいい訳だし。


――てか、絶対に負けられないっっ!!!

- 134 -

[*前へ] [#次へ]

戻る
リゼ