……その罪深い人は、一体誰なのだろう。


「……あ、そうだ!」


こんなにも輝く笑顔でその純粋無垢な心を示す一人の少年に、それはそれは暗く恐ろしい戯れを教えたのは。



「僕――…『肝試し』をやってみたい!」



言い出しっぺが彼――そう、他でもない、天祥でなければ――…!!!




夕食の片付けも終わり、そのまま食堂で食後のお茶を楽しんでいる時の、皆の会話の途切れた一瞬に爽やかに響き渡った、天祥の声。

「……肝試し?」

それを彼の兄が拾えば、天祥はうんうんと大きく頭を振った。

「だって、さっきからみんな暑い暑いって言ってるから、肝試しってそういう時にピッタリなものなんでしょ?みんなでやれば楽しいと思うんだ!」
「……肝試しとは何だ?」

天祥に引っ張られる形で席に着いていたナタクが意外に興味を示すと、雷震子も面白そうに歯を見せて身を乗り出す。

「あれだろ、夜に怖い所とか行って、ビビらないかどうか根性を試す奴だろ?」
「うん!面白そうだよね、ナタク兄ちゃん!」
「……む」
「天化兄様はどう?」
「ん、まーやってみても良いさね」

天祥の煌きに惹き込まれる様に肝試し賛成派が広がる中、自分以外の残り四人はまだ賛否の意思を示していない。皆の顔を見比べていくと、まだそれ程関心を寄せている表情ではなく、少し安堵する。ん、天祥には申し訳無いが、賛成が多数派にならない内にどうにかしなければ――!!!

「――あ、そういえば」

と、内心で一人気合いを入れたのも束の間、

「肝試しって、二人一組でやるんだよね?」

その天祥の言葉に、土行孫を抱える蝉玉がピクンと反応した。……あ、雲行きが怪しくなってきた。

「……そういえば、そうだったわね。暗闇に、二人……」
「うん、だから、僕はナタク兄ちゃんと組みたい!」
「じゃあ勿論、私はハニーと組むわ!ね、ハニー!」
「んな、勝手に決めるんじゃねえ!!」
「照れなくてもいいわよー!!」
「照れてねぇ!!!」
「それとも……他の女の子と組むつもりなの、ハニー?」
「あ、いや……」

なんて肝が冷える蝉玉の微笑みに、その場にいた天祥以外の全員が背筋を凍らせ、遠巻きに皆の会話を聞いていた此方も笑顔を引き攣らせる。いや、蝉玉の微笑も恐ろしいが、この状況も恐ろしい。これでは何の抵抗も出来ないまま、肝試しの話が実現に向けて進んでしまう。……どうにかして、良い口実を考えなきゃ……。

「――ね、どう、楊ゼンさん?」

っヤバい!遂に机の向こう側の最高権力者に話が行ってしまった!!早く止めなければ――!!!

「……良いではないか」

が、予想外に、何故かすぐ隣から静かに賛成の声が上がった。な、何、を……?

「この所の暑さには皆参っておるからのう。此処らでイベントの一つでも企画して盛り上がれば、夏も元気に過ごせるかもしれぬ」

――…った、太公望!!!??

「それは僕も良い案だとは思いますが……しかし、此処にいる人達は参加する側でしょうから、企画は僕がする羽目になるじゃないですか。真夏に向けて、片付けなければならない仕事も結構あるのですが……」
「ああ、その事は心配無用だ」

あ、貴方だけは、最後まで私の味方でいてくれると思ったのに――…!!!

「わしとこやつで計画するから。のう、蒼命?」
「……へ?」

と、心の中で激しく愕然としていたので、自分の名前が挙がった時、一瞬何が起きたのか分からなかった。すると天祥が理解不能状態の此方に眩しい位の眼差しを向けてきて、その光の強さに更に混乱が深まる。

「え、蒼命姉様も手伝ってくれるの!?」
「え、へ、え?」
「まぁ蒼命が関わるのならば、安心して任せられますね」
「おー期待できるさねー!」
「……それは、わしだけでは不安だという事か?」
「わぁー楽しみー!!」
「ハニー、楽しみね!」
「え、ああ、おお……」
「え、え、へ、え?」

気が動転したまま『え』と『へ』を意味無く繰り返す口を、ハッと慌てて閉じる。このままでは変な人になってしまう。いや、しかし、私は、肝試しは……肝試しだけは――…!!!

「……どうしたの、蒼命姉様?」

そう小首を可愛く傾げる天祥にも他の皆にも大変申し訳無いが、出来ない事は出来ない。

「……わ――…」

さぁ、勇気を出して言うんだ。しっかりやんわり断るんだ。『私はやらなければいけない事があるから、参加は難しいかな』って――…!!!

「――…私に出来る事があれば、参加しようかな」

……はい、駄目でした。天祥の期待に満ちたキラキラ目に、見事に敗北しました。

「本当!?ありがとう、蒼命姉様!!」
「……ん、任せて!」


嗚呼……負けず嫌いで頼られ好きな自分の性格を此処まで恨めしいと思った事が、かつてあっただろうかぁっっ!!!


なんて心の葛藤も空しく茶会もお開きになった所で、早く計画を立てよう!と太公望を半ば強引に引き摺っていく。そのまま反論も何も一切無視して執務室に連行し、中に入って扉を閉めるが否や、目の前の裏切り者をグッと睨む。

「っ何で賛成したの!?しかも、私を巻き込んで!!」
「別に巻き込んだ訳ではなかろう。あの場におぬしがいたから」
「太公望は知っているでしょう!?私が……その……」
「おお、知っておるぞ」

其処でポンとわざとらしく手を打って、事も無げに太公望はさらっとのたまった。

「おぬしが――…大の怖がりだという事はのう!」
「………」

そう、私は、中々の力を持つ仙道なのに、その実お化けを極端に恐れているのである。そしてその事は、今意地悪くニヤリと笑った太公望しか知らない。
そんな恥ずかしくて情けない事実を誰にも言えないし言いたくないので、ひたすら隠している。情けない自分を晒したくないという気持ちもあるし、自分は何故か周りに良いイメージを持たれているらしいので、それを壊す様な真似はしたくない。だからこそ、その虚勢が脆くも崩される様な暗く恐ろしい戯れ――『肝試し』には、絶っ対に参加してはいけないのに!!!

「〜〜知っていたのに何で助けてくれなかったのよー!!」
「しかしだな、皆乗り気であったし、あの状況では最早打つ手は無かったであろう」
「でも、私が参加しなくても良くなる様には出来たかもしれないよ!?」
「あの場でおぬしだけ不参加になったら、もしかして蒼命は怖がりなのかと変に勘ぐられると思うぞ?」
「まぁ、確かに、そうかもしれないけれど……」
「それにおぬし、天祥に参加する様に誘われたり、絶対参加してほしいと言って泣き付かれたりしたら、どうするのだ?」
「う……それは、断れない……」
「だろう?それにああいうのはな、逆に企画の中心にいた方が、自分の好きな様に動けるのだぞ」
「………」

太公望の言う事一つ一つが正論過ぎて、段々と言葉の勢いが削がれてしまった。最後に口を尖らせ閉めると、太公望が眉尻を下げて笑った。

「案ずるな。当日まで、わしがちゃんとサポートするから」

だから、怖がるものは何も無い。そんな呟きと共に、ポンポンと優しく頭を叩かれた。それに妙に安心してしまって、太公望がいるなら大丈夫かと思ってしまう自分は、単純なのかな。


それから数日間、まさに有言実行、太公望がサポートどころか中心となって、肝試しの計画が着々と進んでいった。
まず手始めに、太乙と太公望と共に脅かす為の映像宝貝を作った。基本を作り終えたら、自分は用事を作って映像の中身は二人に任せてしまったが。代わりにかなりの数集まった参加者のリストを作り、くじを作ってペアを決めていった。まぁくじといっても、頼まれれば少し調整もしたので、蝉玉は土行孫と、そして天祥はナタクと、他にも公認カップルや兄弟姉妹がペアになったりも。また生身の怖がらせ役として、妖怪仙人達にも協力してもらう事となった。
会場は近くの森に決定、森の奥をスタート地点として、二人一組で道なりに歩いていき、ゴールは住居のある所。その道の脇や道を覆う様な樹々に、太乙が自信満々に持ってきてくれた映像宝貝を設置すれば、かなり本格的なイベントである事を実感した。

「……よし!これで大丈夫かな?」

そうして最終チェックも終え、後は今夜の本番、スタート地点で案内係をして、明日宝貝の撤収をするだけ。

「皆快く協力してくれて良かったよ!」
「……まぁ、おぬしがその笑顔で頼めばのう……」
「………」

への字口で何やらぶつぶつ言っているが、そう言う貴方こそ、女子仙道達の協力を惜しみなく受け取っていたではないか!なんて事は勿論言えず、太公望と同じ形の口になるので精一杯だった。

- 101 -

[*前へ] [#次へ]

戻る
リゼ