ねぇ 知ってる?

私が貴方を追う理由


大変だし 疲れるんだから

ちゃんと理由があるんだよ


ねぇ 知ってる?



貴方じゃないと……追わないんだから!



「……また、ですか?」

嘘だ、と思う気持ちを含ませながら恐る恐るそう訊ねると、目の前に座る楊ゼンに、それは重く深い溜め息をつかれてしまった。

「……また、ですね」
「……また、逃げたんですか?」
「……また、ですね」

同じ言葉を繰り返す楊ゼンの顔には、呆れと諦めが同時に見てとれた。正直、蒼命も全く同じ心境である。寧ろ、それに加えて疲れ切った楊ゼンを哀れにさえ思ってしまった。

二人をこんな暗い気持ちにさせた張本人――いるべきこの場から忽然と姿を消したのは、蒼命の仕事仲間にして、本日は楊ゼンの仕事を手伝うはずの――勿論、太公望。

「……あんっの人は〜〜……」

そのニョホホとした顔を思い出したら段々ムカムカしてきて、蒼命から普段は見せない怒りがじわじわと滲み出てくれば、楊ゼンさえもギクッと身を強張らせた。

昔から隙さえあれば、いつもいつも太公望は仕事をサボっていた。そして何故か、いつもいつも蒼命が捜索を依頼されてきた。別の仕事や用事をしているにも関わらず、だ。その度に色々な場所を駆けずり回って、ようやく見つけたなら長々と説得して、どうにか力業で強引に仕事場まで引っ張ってきていた。
最近は毎回探すのも面倒なので、蒼命が見張りを兼ねて一緒に仕事をする事で、文句を言いながらも逃げる事は無くなった――のに。

今朝だって、今日も楊ゼンの手伝いをお願いねって、重ねて頼んだばかりなのに……!!!

「……すみませんが、また探していただけますか?今日中に済ませるべき仕事が、見ての通りあんなにありますので……」

あんなに、を目で追えば、なるほどそれは机の上に積み切った事に驚く位の量だった。息を吹き掛けただけで崩れそうな、まさに書類の頂。

「……あ、あの仕事、私がやりましょうか?」
「いや、それは僕にとってはありがたいのですが、こう蒼命が代わりにやってしまっては、師叔が味をしめかねないですから……」
「……はぁ……」

そう嘆くように言う楊ゼンの気持ちも良く分かるが、釈然としないのも事実。
私は、太公望の単なる仕事仲間である。なのにだ、太公望のサボりを食い止め、或いは逃げた太公望を探し出す仕事ばかりこなしていては、私は太公望の単なる世話役なのかと疑いたくなる。

……かと言って、目の前で肩を落とす困り顔の依頼人を放っておく事も出来ず、蒼命は溜め息を吐いて首を縦に振る事しか出来なかった。


「あ〜〜……」

そんな事があってから、午前中からお昼を跨ぎ、おやつの時間も過ぎるまで、彼の部屋も食堂も庭も貯蔵庫も桃園も、いそうな所は全て探した。

「……何でいないの〜〜……」

しかし、今日は全く見つからない。目撃者さえ、いないのだ。明らかに意図的に逃げているようだ。これではまるで、子供同士の追いかけっこだ。

「むー……」

こんな事、前には無かった。どんなに時間がかかっても、いるだろうなと幾つか目星を付けた所で、必ず太公望の事を見つけていたのに……ちょっと悔しいのは、何故だろう。

「……もう、太公望ってば……」

腕を組んで一人廊下を歩きながら今後の計画を立てていると、

「――蒼命さん!」

不意に男の人の声に呼ばれ、振り返る。見れば、顔見知りの道士が此方に向かってきていた。
……ひょっとして太公望の居場所を知っているのかな、と淡い期待が顔を出して、その分口角がパアッと上がる。

「こんにちは!」
「こんにちは!あの……今日も、お綺麗ですね!」
「あれ、そんなお世辞を……でも、ありがたく受け取りますね!」

そう笑えば、相手の顔はすぐに赤く染まる。何故かはよく分からないけれど、取り敢えず本題を訊こう。

「で、どうしました?」
「あのですね……今夜はお暇ですか?」
「え、今夜……ですか?」

太公望の居場所では無いのか、と少し残念だったが、今夜……あの人を取っ捕まえて楊ゼンの元に届ければ、もう特にやる事は無い。其処まで結論付けてから、此方を不安そうに見つめる道士に向き直ってすぐに笑顔を浮かべる。

「ええ、大丈夫で――っ!!?」

す、と言い終わる前に、突然後ろからガッと口を塞がれた。そのままギュッと肩を引き寄せられて驚く間も無く、顔の横からビッと人差し指を立てた橙色の手袋が現れた。

「すまぬが、こやつはわしが予約済みでな」
「たっ――太公望!!?」

それは、自分が今までずっと探し続けていた、まさにその人だった。

「予約って、何の話――というか今まで何処に行ってたの!!?」

ようやく解放された口から何とか叫ぶと、けれど太公望は此方を見ずに道士だけを見た。

「では、失礼するぞ」

そしてポカンとする道士を尻目に、蒼命を後ろに引き摺りながら歩き始めた。

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