『頭脳明晰な策士』


自慢ではないが、何度かそう評された事がある。

しかし自分は、それをひけらかす気も、それに甘んじる気も無い。


……まぁ、ひけらかすも甘んじるも何も、そんな事が出来る訳も無いのだが。


「………」


何故なら、どんなにこの脳をフル稼働させた策でも、



「――…あ、おはよう太公望!」



こやつの前では全くと言っていい程、意味を成さないのだから――…。




さぁ、今こうして食堂で『こやつ』こと蒼命から、それは満面の笑みで爽やかな朝の挨拶を貰った訳だが、

「………」

此方はそれに同じものを返せない。いや、それも当然だと思う。――そう、彼女の周りに視野を広げれば。

「おはよう、望ちゃん」
「ああ、師叔、おはようございます」
「スース、まだ眠そうさねー!」
「あ、本当だ!ね、ナタク兄ちゃん!」
「……そうだな」

……何をこんな朝っぱらからそんな大量の男共に囲まれているんだか、こやつは。

「まだ眠いの?」

男共の中心で蒼命がキョトンとした顔を傾けた。いや、昨夜も睡眠はたっぷり取ったが、朝という事でこの不機嫌そうな顔が寝不足っぽく見えるのだろう。

「……いや、別に、眠くはないが……」

かといって不機嫌な理由など言えば周りに何を言われるか分かったものではないので、ボソボソ返しながら朝食を取りに向かおうとしたら、

「大丈夫?」

いつの間にか蒼命がすぐ隣にいて、思わずドキリとしてしまう。

「な、何がだ?」
「ん、何だか顔色が良くない気がするから」

此方の変化を敏感に感じ取ってくれる真っ直ぐな眼差しに、少し機嫌が上向きになる。……まぁ、根本的な原因はこやつにあるのだが。

「ま、今日から三日もお休みがあるから、いつもよりゆっくり出来るよね!」

朝食の用意を手伝ってくれながら蒼命がそうニコニコする通り、今日から自分達は三連休だ。

「でもいつもはズレるのに、珍しく三日間とも重なったよね。何でだろう……」
「………」

此方の前の席に着いて感心した様に零す彼女は気付いていない。それは、目の前にいるこの自分の策略であるという事を。
ま、策略といっても単に竜吉公主経由で燃燈に遠回しなお願いをし続けただけだ。いつもわざと休みをズラしてくる楊ゼンが此処の教主といっても、燃燈の発言力の方が大きいという事は、策士としてすぐに見抜ける事実なのだから。そして燃燈の弱点が公主であるのも周知の事実であるし、公主と蒼命は仲が良いから蒼命に関する事だと公主も協力的なのだ。

さて、此処までは当然の如く順調だ。こうして朝早く会えた訳だし、臨機応変に今後の策を練ろう。まず第一に、相手の状況確認。

「……おぬし、今日はどう過ごす予定なのだ?」
「ああ、今日は――…」

えーっと、と天井を一瞥した丸い目が此方に戻ったと思ったら、

「午前中は道徳と天化と天祥とナタクと雷震子と修行で、午後は子供達と遊んで、でその報告をしに楊ゼンの所に行って、夕方は夕飯の食事当番で、あ、空き時間に一人で修行して、それで夜は武成王一家と聞太師に呼ばれてて……」
「……ほぉ」

矢継ぎ早に出てくる彼女の予定に、リアクションが取れない。いや、臨機応変も何も、自分の入る隙間も無い。今日は無理か……まぁこんな事態にも想像がついていたので、三日間も休暇を確保した訳だし……となれば――。

「あ、明日はどうだ?」
「明日……は、午前中に蝉玉と碧雲と赤雲と料理の教え合いをして、午後は周に行く予定」
「!では、スープーに乗っていくか?」

チャンス到来とばかりに少し前のめり気味に提案すれば、蒼命も嬉しそうに身を乗り出してきた。

「あ、太公望も来る?」
「ま、やる事も無いしのう」

なんて平然と軽く答えたが、心も軽く弾んでいる。よし、向こうに行ってからスープーに散歩に出てもらえば、ようやく二人きりに――!

「じゃあ太公望と普賢は四不象に乗ってきて。私は自分の宝貝で行くから!」

が、同じく軽く返ってきた彼女の言葉を反芻すれば、重い疑問が圧し掛かってきた。

「……普賢?」
「ん。美味しい茶葉と薬草のお店を教える約束したからね」
「………」

……マジかい。

「……予定、入り過ぎではないか?」
「そうだね、私が休みって事でみんな色々誘ってくれてさ。嬉しいから全部オッケーしてたら、何か大変な事になっちゃった!」
「………」

そんな彼女の曇り無き笑顔に、明後日についてもどす暗い予感しかしないので今はもう訊かない事にした。


――…三連休、合わせた意味が無いではないかぁっっ!!!


そんな悲痛な叫びが、自分の中で木霊する。それを面と向かって彼女に言えない自分に気付けば、悲愴感が更に倍増した。



「………」

その叫びは、今も心の中で空しく響いている。

やる事も特に無く、さて桃でも食べに行くかと一人廊下を歩いていれば、窓の外にいるわいるわ、道徳と天化と天祥とナタクと雷震子と蒼命。また飽きもせず修行など……――と、

「うわぁ!」
「っ天祥!」

振り回した槍の柄に躓いた天祥を、誰よりも速く蒼命が支える。

「危なかったねー!」
「………」

その細い両腕で抱き締められる形の天祥に胸の奥がチリと熱くなり、口の奥がギリと鳴った。……いやいや、相手は、年端もいかない無邪気な子供だというに……――って、

「ありがとう、蒼命姉様!」
「あはは、どういたしまして!」
「――…っ!!!」


――そ、そのまま蒼命に抱き付いただとぉ!!?


思わず窓に両手をバンと叩き付ける。その衝撃より目の前の光景の方が衝撃的過ぎて、手の痺れなんか全く気にならない。

「――お、太公望殿!」
「!……ぶ、武成王……」

真横から大きな声を掛けられてその方をハッと見れば、問題の天然道士の父親がギョッと面食らった顔になって。

「……何でそんな険しい顔してんだ?」
「っ一体全体、黄家はどういう教育をしておるのだ!!!」
「な、何だ突然?」

八つ当たりなのは百も承知、しかしそう訴えなければ気が済まなくて。と、訝しげな武成王の視線が窓の外に移れば、ああっとその口端が上がった。

「あー天化達、また蒼命殿と修行してんのか。あの仙道さん、相当の腕前だからなぁ」
「な、おぬし、手合わせした事があるのか!?」
「ああ、前にちょっとな。しかし、見た目以上に強いよな!」
「………」

いつの間に武成王とも仲良く……そういえば今夜、こやつの家族と聞仲と一緒だとか……とモヤモヤしながら睨んでいれば、息子達から此方に顔を向け直した武成王が二カッと歯を見せる。

「しかし何だ――…まさか太公望殿が、ヤキモチとはな!」
「!!!??」

流石は武成王、ガハハと笑いながら豪快に遠慮無く問題発言を放り込んできた。

「ち、ちち、違うわ!!んな訳あるかっダアホ!!!」
「ははっ、人間味があっていいじゃねぇか!照れんなよ!」
「照れとらんわぁ!!!」

威勢良い笑い声を廊下に響かせながら去る武成王を憎々しげに凝視してから、外からも聞こえる高らかな笑い声の方に怨みの籠もった目をキッと向ける。


〜〜っこんな恥ずかしい思いをするのも、全部全部おぬしのせいだからな、蒼命!!!

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