似合わないのは、知っている。

今更なのも、分かってる。


……でも、だからって、


「……おぬしには似合わぬ」



そうバッサリと努力を切り捨てられたら、誰だってカチンと来るものでしょう?




「――…で、喧嘩になったって訳ね」
「……ん」

で、此方の努力を切り捨てた人と言い合いになり、その勢いで執務室を飛び出して駆け込んだ先は、親友の部屋。突然の訪問に驚きながらも席を勧めてくれ、こうして二人面と向かって座り、此方の状況説明をふんふんと聞いてくれた。

「つまり、喧嘩の原因は、蒼命がそんな恰好したから?」
「……ん、まぁ……」

呆れた様に蝉玉が言う『そんな恰好』を自分の目でなぞると、膨れっ面の頬の空気が溜息となって外へ漏れ出た。

今自分が着ているのは、下からいつもの靴に、いつもの長裾のズボンに――いつものとは違う、上着。いつもの長袖のではなく袖無しで、前の部分もいつものよりは少し開いている。でも腕には薄布を掛けているので、冷房のきいた執務室にいても問題は無い。それに少しは、いつもと違う恰好をしてみたいとふと思ったので。

そうして仕事をしに執務室に行けば、同僚が――そう、太公望が此方を見るなり、まるで変な物を見る様にあからさまに怪訝な顔をして、


『……おぬしには似合わぬ』 


そうハッキリと言われたら、

『……に、似合わ、ない?』

やっぱりそうかと思っても、でも心の何処かでは期待したくもあって。だから引き下がりそうな足を止めて、どうにか口角を上げて、

『……で、でも何か、少しはさ、見た感じはまぁ良くなったかなって――』

そう粘ってみたら、しかし太公望は溜息を吐きながら資料をトントンと整理し出した。

『いや、無い無い』
『……でも、ほんの、ほんの僅かでも――』
『だから有り得ぬと言っておろうが』
『………』
『とにかく部屋に戻っていつもの服に着替えてこぬか。それまでわし一人で仕事をしておくから』

そう目も合わせないで言われたら、幾ら何でもカチンと来て、

『……――〜〜っ悪かったわね、似合わなくて!!』

なんて叫んで、

『っ太公望のバカ!!!』

ついでにそう付け加えたら、太公望もカチンと来たらしくって。

『ば、バカとは何だバカとは!!ダアホはおぬしの方であろうが!!!』
『何でよ!!?』
『ったりまえだ!!んな浮わついた恰好で仕事をする奴をダアホと呼ばずに何と呼ぶ!!?』
『な――別に浮わついてないし、仕事に服なんて関係無いでしょう!!!』
『か、関係大アリだ、このダアホ!!!』
『何回ダアホって言うのよ!!バカ!!!』
『ダアホ!!!』

――と何回も何回も『バカ』と『ダアホ』のぶつけ合いをしてから、特別大きな『バカ!!!』を投げ捨てて執務室を飛び出て、かくかくしかじか、此処にこうしている訳で。

「はい、お茶とお菓子。取り敢えず美味しい物を食べれば元気になるわよ!」
「……ありがとう」

蝉玉から茶器を受け取り、その湧き上がる良い香りの湯気に、此方は湿った息を返す。

「………」

似合わないのは、知っている。

今更なのも、分かってる。

「……蝉玉は、可愛いよね」
「……は?」

でも、今目の前にいるそれが非常に似合う道士を眺めていれば、そんな身の丈に合わない事も思わず考えてしまう。

「突然どうしたの?」
「いや、やっぱり蝉玉は、可愛いなぁって……」
「……蒼命?」
「髪型も、服装も、仕草も、表情も、本当に女の子らしいよねぇ……」
「………」
「……やっぱり男の人はさ、可愛い女の子を、恋人にしていたいよね……」

そう机に頬杖をついてぼんやりと呟けば、茶菓子を持って首を傾げていた蝉玉が、不意に何かに合点がいった様にピンと身体を伸ばした。

「……まさか太公望、蒼命に対して何か文句でも言ったの!?」
「っ違う違う!!」

その怒り心頭っぷりに慌てて首を横に振る。

「寧ろ逆だよ!そりゃあ太公望は、こんな私でも良いって、言ってはくれるけどさ……」
「……何、惚け?」
「の、惚けでは、ないけど……」

いや、完璧に惚けでしょ……というツッコミをこんなにも悩んだ顔の蒼命にするのは酷だと判断し、蝉玉は尖った口を閉じた。

「じゃあ、何も問題無いじゃない?」
「……いや、何かさ、こんな自分で、申し訳無いなぁと……」
「そう?蒼命を彼女に出来るなんてさ、太公望の奴、仙人界一の幸運な男だと思うわよ?……あ、ハニーもだけど!」
「………」

いつもなら苦笑いで肯定する蝉玉の最後の言葉にも、今の自分は女の子のする可愛い発想だなと、そして自分には一生出来ない発想だなと、そんな事を考えて心の凹みが増す。

「……ま、つまりさ、もっと女の子らしくなりたいって事?」

真っ直ぐに此方を見る蝉玉らしい、身も蓋も無いズバッとした言い方に、

「……まぁ、そう、だね」

あっさり首肯する事も出来ず、ぎこちなく頷く。でも、そう、それが結論。

「……でも、やっぱり今更だし……私には無理だよね――…」

ただ、そう、それは今更なのだ。髪型も、服装も、仕草も、表情も、もう変えようが無いし、今更変えた所で何があったかと心配されるのがオチだ。というか、修行一筋・仕事一筋で来た自分に女の子らしさなんて似合わないし。
それを知っているし、分かってもいる。

『……おぬしには似合わぬ』

……何より、ハッキリとそう言われてしまった。だから、諦める他無いのかもしれない。

「――…」

でも、今目の前にいる道士の様な素敵な女子を見れば、そんな身の丈に合わない事も思わず考えてしまう。加えて太公望の近くに可愛らしい女子がいるのを見た日には、考えたくない嫌な展開もどうしても考えてしまう。

そうして、似合わなくても、今更でも、何も変えられなくても、心の何処かで望んでしまう。


……私も、太公望に相応しい様に、少しでも女の子らしくなれればなぁ――…。


そんな儚い望みを溜息に混ぜてほっと吐き出し、ふと手の中の茶器を見れば、僅かに波立った水面には眉尻が情けなく下がった困り顔の自分。……ああ、こんな暗い表情、可愛さなんて程遠い――…。

「――…ふっふっふっ……」

と、突然、不気味な笑い声が聞こえてきて。段々と音量の増すその方を見れば、肩を揺らし、口の片側を吊り上げて蝉玉が笑っていた。……ん、怖い。

「ど、どうしたの蝉玉?何か変な物でも食べた?」
「こういう時の為に、とある『計画』をちゃーんと用意しておいたのよ!ね!!」
「え、計画――?」
「「――…ええ!!!」」

突然飛び込んできた高い声達にハッと振り返ると、

「あ――…賈氏に黄氏!」

其処にいたのは、武成王の奥さんに妹さん。話す内に仲良くなり、今では敬称無しで呼び合う、結構頻繁に食堂でお茶会する面々が集まり――というか、仁王立ちで此方を取り囲んでいて。

「……?」

その中央、まるで儀式の生贄の様な心境でビクビクと縮こまっていれば、おもむろに蝉玉がニッと笑って。

「大っ体、そんな中途半端な姿だからいけないのよ!そんなのつまらないわ!!やるならもっと徹底的にやらなきゃ!!!」
「え!?」
「そうよ、勿体無いわ、そんなに可愛いのに。もっと女性らしい服も似合うと常々思っていたのよ!」
「姉様のお墨付きなんてよっぽどよ。これはもう、オシャレするしかないわよね!」
「ええ!!?」
「で、計画通り、私が服担当で、賈氏が化粧担当で、黄氏が髪型担当ね!」
「え、だから計画って――!?」
「蒼命は肌が綺麗だから、薄化粧も映えるわね!」
「え、あ、ありがとう賈氏……」
「髪もツヤツヤだから、オシャレのし甲斐があるし!」
「ど、どうもです、黄氏……」
「では……」
「ふふ……」
「早速……」
「……え、あの……ちょっと怖いですよ、皆さ――?」
「「「いざ――…『蒼命大改造作戦』!!!」」」
「っひゃあ――…!!?」

蒼命の悲痛な叫びが、蝉玉の部屋に木霊した。


……が、救世主は現れず、蒼命は為す術無く『大改造』されたのであった。

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