眼前の豪雨に目を瞑るは、洞穴の奥に座る人一人。

周囲の大気と共に震えるは、膝を抱えて縮こまった身体一つ。


と、洞穴の入口で一際大きく水の跳ねる音がした。それは手で塞がれていた耳にも届き、膝頭の間から恐る恐る目を上げると、何処で見つけてきたのやら、大きな葉を傘代わりにした、最強の道士が立っていた。傍らには、いつものふっくらした体毛をぺったりと身体に張り付かせている、最強の霊獣もいる。

「――…何、です、か?」

そうどうにか声を出せば、彼は葉を岩壁に立て掛けてから、座り込む此方に近寄ってきた。

「………」

そして此方の爪先のすぐ前に立つと、人形の様な瞳で何も言わずに此方を見つめる。

「……何ですか?」

さっきより震えの無い声と視線を再度向ければ、

「……貴女こそ、何をしているのですか?」

そう問い返されてしまった。

「……な、何って……見ての通り、雨宿り、ですよ?」
「私が見た限りでは、単なる雨宿りにしては、随分と怯えた様子ですが」
「!な、誰が!!おお、怯えてなど――!!!」

なんて、カアッとなった瞬間、彼の背景がピカッと光り、


――…ガアァァン!!!!!


洞穴の中にまで響き渡る轟音で、雷が鳴った。

「ひっ!!!??」

反射的にバッと耳に蓋をし、ギュウッと身体を小さくする。

「……おや」

……ああ、見られた、見られてしまった。よりによって、この人に。

「……雷が怖いのですね」

疑問系ではなく、断定系。まぁ、こんな所を見られてしまっては、最早どうこうしても誤魔化す事は出来まい。

「……少し、だけです」

それでも何とかなけなしの虚勢で見栄を張ると、彼は何かを思い出した様に自分の懐を探る。何をしているのかと見つめていれば、其処から取り出されたのは、最強の宝貝。

「……雷、公鞭……」

その名の通り雷を生む、此方にとっては悪魔の宝貝。それをジトッとした眼差しで凝視すれば、彼も手元をジッと見る。
それを使えば、此方に精神的ダメージを与えられるのは確実だと、バレてしまった。ああ、私をからかう為には手段を選ばないこの人に、知られてしまった――…!!!
と、外に降る雨音に負けそうな声量で、彼がポツリと呟く。

「……それは残念ですね」
「え?」
「それでは、この宝貝で貴女を守れないという事になりますから」
「………」

……一瞬、何を言われたのか、理解できなかった。

「……え?」
「雨は止みそうにありませんね。今夜は此処で雨宿りをしましょう、黒点虎」
「……そうだね」

何事も無かった風に外を見遣る主人に千里眼を瞬かせつつも頷き、霊獣はプルルッと身体を震わせて水滴を飛ばす。その様子を、ああ、可愛い、なんてボンヤリ思った。

「………」

岩壁に凭れ、相変わらず外を見たまま、彼は此方を見ようともしない。


……彼が、私を、守る――…?


と、その輪郭が閃光の中に浮き出て、また地を割る様な雷鳴が轟いた。今まで通りビクッと身体は震えたが、心臓が煩いのは、雷のせいだけではない気もして。
自分に自分で首を傾げていると、ようやく彼が此方を向いた。

「……良い事を思い付きました」
「……何ですか?」
「これを使えば、貴女の雷恐怖症を改善できるかもしれませんね」
「!!?」

言うに事欠いて、何を面白そうにそう言い出すのか。宝貝を向けられ、思わずギクリとしてしまったではないか。

「……け、結構です」
「遠慮はいらないですよ」
「遠慮ではないです。命を大切にしたいだけです」
「酷いですね。危害は加えませんよ」
「いえ、心に深い傷を負いそうですので」
「尚更酷い言い種ですね。苦手の克服に協力しようとしただけなのですが」
「……克服、しなくても、大丈夫そうです」
「何故?」
「……余り、雷が怖くなくなりました」

これは、虚勢でも見栄でもない。一人で洞穴に入り込んでいた時と今では、気持ちが違う。そう、今は其処まで雷が怖くない。

「それは良かったですね」
「……ます」
「はい?」
「っだから……来てくれて、ありがとう、ございます、申公豹」
「!」
「………」
「………」

不機嫌な感謝の後の静寂に、ふっと綺麗な笑い声が落とされた。

「……何が可笑しいのですか?」
「いえ、貴女が素直にお礼を言ったから、この様な天気になったのかと」
「な、そ、雷雨の方が先でした!!!」
「ええ、それは知っています」
「〜〜――…!!!」

意地悪な言葉に睨みを返し、けれど向こうの端整な笑みは一切崩れず。

「……私が傍にいて、初めて良かったと思いましたか?」
「……その問いには、答えません」
「答えないとは、何よりも肯定的な返答ですね」
「……では貴方は、私の傍にいて良かったと思った事は……あるんですか?」
「さぁ、どうでしょうね」
「………」
「……私は今、此処にいます」
「……?」
「この豪雨の中、此処まで来ました」
「………」
「……それでは返答になりませんか、白夢?」
「――…!」

その言葉の直後の落雷に、しかし身体は震える事を忘れて。


――…そして、驚いた唇に笑んだ唇が重なる、口付け一つ。

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