いつでも、そして今も、ずっと追い掛けている、長くて青い髪。


「――…っ楊ゼンさん!」

手を伸ばせばその先に触れられそうな距離まで小走りで近付いてから、荒い呼吸の合間に、何とか一息でその人の名前を呼んだ。

「ああ、白夢じゃないですか!」
「……っあ、あの……」
「だ、大丈夫ですか?そんな急いで、何かあったんですか?」
「っいや、あの、大丈夫、です!それで、あの――…っ!」

パッと顔を上げたら、すぐ其処に、心配そうに此方を見る綺麗な顔。一瞬だけ、息が詰まった。ずっと伝えたかった言葉が、すぐ口の先まで出かかった言葉が、喉の奥に引っ込んでしまった。
ただ、廊下遠くの角に青い髪を見つけた瞬間、今でなければと思ったから、何も考えず追い掛けてしまった。そう、今でなければ。この仙人界で大役を任されている彼はいつも忙しいし、今日という日は特に仕事以外でも忙しいだろうし、私のような一道士が彼の時間を取ってはいけない。

……そう、そんな、私に――…。

「――…っ私に出逢って下さり、本当に、ありがとうございます!」

言いながら、持っていた小箱をバッと差し出す。勢い余ってお辞儀をするような姿勢になってしまったが、恥ずかしくてどうにも頭を上げられなくて。恐らくプルプル震えてしまっているであろう小箱は、しかしちっとも取ってもらえる気配が無くて。
……さ、流石に、重かった、だろうか。でも、いつか、どうにか、伝えたかったのだ。日頃の感謝の思いを、他ならぬ、貴方に――…。

「……コウ天犬に?」
「え?」

その言葉に目を開けば、其処には、大きくて白い犬。そのくりっとした目に、此方の目もくるっと丸くなる。え、あ……ああ、俯きながら言ってしまったから、変に誤解されてしまった!!!

「あ、いや!違っ……くもないですけど!コウ天犬に出逢えた事も大切ですけれど、それだけではなくて!!その、コウ天犬に出逢えたのは、何と言いますか、元を辿ればと言いますか、つまりですね――!!!」

何とか誤解を解かねばと、コウ天犬の白い尾に負けない勢いで頭をブンブン振り回す。そんなしどろもどろな此方に、彼は自然な仕草で口元に手を当てて、小さくクスッと笑った。

「冗談ですよ。分かっています」
「え……っか、からかったんですか!!?」
「ごめんごめん。白夢が可愛かったから、つい」
「っ!」

そんなクスクス笑いに、冗談だと分かっていても、『可愛い』というたった一単語の威力が強過ぎて何も返せない。悔しくて恥ずかしくてでも嬉しくて、押し寄せる色々な感情に歯を食い縛って堪えていたら、力の籠もった両手の中からスッと小箱が取られた。あっと目を見開いて視線を持ち上げれば、

「……此方こそ、僕に出逢ってくれて、本当にありがとうございます、白夢」

小箱の向こう、すぐ目の前に、そんな、穏やかで温かい笑顔。

「……楊ゼンさん――…」

いつでも、そして今も、ずっと追い掛けている、素敵で優しい、私の想い人。


『――…好きです、楊ゼンさん』


いつでも、そして今も、そうしてこれからもずっと抱き続けていくこの想いを、素直に彼に伝えられるのは、まだ、もう少し先――…


「……それで?」
「え?」
「他には、僕に伝える事は無いんですか?」
「え?いや、あ、あの――」
「……だったら、僕からも一つ伝えても良いかな、白夢?」
「……え――…?」


……かと、思っていたのだけれど。


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