「……一体全体、貴女は何をしているんですか、白夢?」

そんな冷たい声と冷え切った眼差しに、しかし此方は温かい眼差しを向け、熱の籠もった声で答える。

「ご覧の通り――…温まっているんですよ、申公豹様」

ご覧の通り――…そう、両腕を目一杯広げて、足もしっかりと広げて、全体重を前に傾けて、厚くてふわふわな体毛を頬で、腕で、掌で、お腹で、そして全身で堪能している姿。あー温かくて幸せ……と白夢がふふーっと笑っていれば、降りしきる白い粒の中に申公豹が白い溜息を吐き出した。

「全く、何て子供じみた事をしているんですか……」

少し離れていただけなのに、油断も隙も無い……と緑色の大きな葉っぱの傘を手に呆れ顔で歩み寄ってきたので、白夢はぷいっと反対方向に顔を向け、膨れた頬をふわふわにくっ付ける。

「……だって、今日は特に寒いじゃないですか。雪も降っていますし」
「だからといって、一介の仙道が……それに、貴方も貴方ですよ、嫌なら身体を振って白夢を弾き飛ばしなさい、黒点虎」
「えー、白夢にそんな事出来ないよ、申公豹」
「そうだよねー、黒点虎は何処かの誰かさんと違って優しいもんねー!」
「……まさか、その優しくない何処かの誰かさんに、雪を逃れるのに相応しいこの樹まで連れてきて貰った訳ではありませんよね?」
「……此処まで背中に乗せて連れてきてくれたのは、優しい黒点虎ですから」
「……成程」

その笑みを含んだ納得の声色が予想外で、ちょっと言い過ぎたかと背筋が冷たくなったが、しかし顔を背けたまま、白夢は黒点虎に身を預けて動かない。身体は温かいし、ふわふわは気持ちいいし、黒点虎も許してくれているし……それに、このままならば、まだ、一緒にいられるし――…。
と、白夢の視界の隅で、緑色の何かが白色の上に落ちた、瞬間、

「――…っ!!?」

口を大きく広げて、肺一杯に冷たい空気を吸い込んで、身体中に熱い血が巡って。

「っな、何、何を――!!?」

白夢は慌てて黒点虎から離れようとしたが、離れられない。何とか首を曲げて後ろを見ようとして、しかしすぐに後悔した、というか、硬直した。
だって、すぐ目の前に、それは整った微笑み。腕にも、手の甲にも、背中にも、自分の全身に沿うようにある、彼の存在。

「いや、背中が寒そうだったので」

私にも、やろうと思えば、優しい事の一つや二つ、簡単に出来ますからね。そんな意地悪一色の声に、何の対抗心ですか!!!と白夢は心の中では激昂したのだが、実際には口をパクパクさせるだけで何の解決にもならない。心臓はドクドクと煩いし、何処にも力が入らないしで、もうどうしようもない。

「〜〜――…っ!!?」

なんて何にも出来ないでいる内に、白夢の指と指の間に、彼の指が割り込んできた。厚手の手袋ながら金属部分は冷たくて、しかし手袋で良かった、冷たくて良かったと何処か安堵している自分もいて。だって、この手の熱が彼にバレたら、また何を言われるか分からないから。
何とか白夢は身を捩って黒点虎の体毛に顔を埋め、自分でも分かる位の紅潮を隠そうとしたものの、彼には通用しない気がして。いや、もう既に分かっているだろうし、でも分かっていない振りをしているんだ。今だって、彼にならば、皮肉の一つや二つ、簡単に言える筈なのに、何も言わない。

「……とても温かいですね」

それどころか、そんな優しさに満ちた温かい声を出して。次いで、あなたもそう思いませんか?なんて質問に、頭が熱に浮かされたのか、白夢は思わず素直に頷きそうになった。
……が、ああ、もう、頷かなくて本当に良かった。だって、少し間を置いた後、どうですか、黒点虎?と笑いを含んだ声が耳を撫でたものだから。

「……で、貴女は温かいですか、白夢?」

と、自分にではなかったと油断したところでそう申公豹に耳元で囁かれたが、色々な要因でふわふわするこの頭を絶対に縦に振るものか!!!と白夢は唇をぎゅっと噛み締めた。



……温かくて、貴方と一緒にいられてとても幸せです、なんて、絶対に言ってなるものかぁっっ!!!!!

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