ブラックスター 2

「あ、バニー、バニー…」

腹にしがみついている腕をそって引き剥がして今度は背中に誘導してやると、虎徹さんはすすり泣きながら素直に手の平を馴染ませた。
中を穿つと苦しげに泣くから、泣かないでと呟く。

「痛い…バニー、くるしい」
「我慢して。ちゃんとイかせてあげます、から」

ベッドサイドのぼんやりした明かりは虎徹さんの顔すら見えないほど頼りないが、彼からは僕が見えているらしい。
それだけで充分だとでもいうように涙でいっぱいの目で僕を見るその顔は、言葉とは裏腹に溶けそうだ。
重そうな前髪を払うと、バニーと呼ぶ掠れた声がする。

「もっと…なあもっとしてくれ」
「ええ。気持ちいいことだけします」

うん、と言う彼の目から一筋涙が溢れる。
掬い取って口に入れると、息を詰める音がした。虎徹さんはこういう行為を嫌う。
汚いからやめろと何度も言われたが、僕は彼の全てが欲しかった。
僕は虎徹さんを癒したいわけじゃないんだ。ただただ愛したかった。
愛して愛して、僕の中の何かが満たされるまで愛したい。

「ゥあっ、あぁ、きもちい」

背中を滑る手が震える。腰に密着している虎徹さんの足がガクガク揺れて、そこだけ熱い。
は、と息が漏れた。頭の奥が痺れる。
切なそうな声がたまらない。ずくずくと熟れていくように胸が甘いものが広がる。
気持ちいい。あなたが僕で感じていることも、あなたの体内が包み込む自身も。

「イきたいぃ…バニー、イきた、ぁ」
「中で? 前も触りましょうか」
「わかんな、はぁっ、ぅう」

声に色が増す。膝の裏にあった左手を離して泣き崩れる中心に触れると、途端に中が締まって思わずイきそうになった。

「んぅ、んうぅっ、イかせて、バニ…バニー」
「大丈夫…、ちゃんと掴まってて」

汗がパタパタと虎徹さんの首元に落ちる。
こちらを見ているのかそうでないのか、呆けたような瞳はゆらゆらと揺れていた。
息があがる。僕も、虎徹さんも。

「あ、あぁあ、ああッ」

ベッドが軋む。二人分の無理な動きに耐えるように旧式のスプリングが跳ねた。
ぐちゅぐちゅと音を立てて左手で虎徹さん自身を扱き、体内に埋まる前立腺も刺激する。
虎徹さんは泣きながら壊れたように喘いで、僕の名前を呼んでいた。

「うあ…っ! ……!」
「虎徹さ、ん」

ぎゅう、と中が蠢く。びくびくと何度も痙攣する体を宥めて、流れ落ちる涙の通った頬を撫でた。
ぱた、と虎徹さんの両腕がベッドに落ちる。
左手に溢れる精液は熱く、未だ手の内にある拍動はおののくように震えている。

「は、く」

今動かせば辛いだろうことは分かっているが、腰を動かさずにはいられなかった。
力の抜けた体を突き上げ、自分の快感を追う。
盗み見た顔は暗がりでよく見えないが、開けっ放しの口はもう何も紡がない。

(虎徹さん)

頭の中で彼の恥態を思い出し、突く度本人の意思とは無関係に痙攣する内壁に酔う。

「イく、っ」

イった瞬間、自己嫌悪もまた襲う。
彼の肩を掴み、ぎゅっと抱いた。
その背に刻まれた鞭の傷痕は、触れるにはあまりにも生々しくて涙が溢れる。
結局あなたを汚しているという点では、僕も同じであることが悔しくて悲しかった。


◇◇◇


「水を飲んで下さい」

ミネラルウォーターのペットボトルを差し出すと、喉をこくりと鳴らすものの手を伸ばすことはない。

「包帯巻き直しますから、起きれますか?」
「……」

パサパサと枕の上で髪が波打つ。
背中の傷痕はさほど酷くないが、化膿すれば厄介だ。
頭の後ろに手を入れ腰を固定し、ゆっくりと起き上がらせる。

「ごめんなバニー」

かなり掠れた声が耳に入った。

「寄りかかって下さい」

ん、と呟いた虎徹さんはこちらの肩に頭を預けて息を吐く。
僕は無言のまま、だが出来るだけ優しく消毒液を染み込ませたガーゼを貼った。
窓の外はまだまだ暗い。夜更けの部屋はどちらのものでもなく、目的に特化したシンプルな部屋だった。
虎徹さんは黙ってされるがままだったが、包帯を巻き終わる頃には器用に腕を伸ばしてペットボトルを掴めるほどには回復したようだ。

「ありがとな」
「いえ。さすが治りも早いですね」
「本物の鞭だったらこうはいかねぇな」

ごく、と僕の肩に寄りかかったまま水を飲む虎徹さんは、ペットボトルから口を離すと深い深いため息をつく。

「…少し調べました。このような“営業”は、過去にもあったようですね」
「さすがだなぁバニーちゃんは…興信所に頼んだのか?」
「まさか。自分で調べましたよ」

物凄い行動力だねぇ。呑気な声で言って彼はシーツに沈む。
半分入っていたミネラルウォーターは空になっていた。ぽこんと気の抜ける音を立ててペットボトルは床に転がる。

「ヒーローやるにゃ、譲歩も妥協も必要ないのかもな」

――つまり選択の余地はないのだと、彼は言いたいのだろうか。

「あなたの選んだ道は間違っています」
「分かってるよ。背徳の女神様はずーっと俺を見てんのさ」

背徳の女神。果たして彼に取りついているのはそんな可愛らしいものだろうか。
僕はシャツも着ずに虎徹さんに背を向けてベッドに腰掛け、彼を見ながら髪に触った。

「僕はあなたの恋人です」

この前言われた言葉を思い出す。撮影に臨んだ日の翌朝、彼が僕に言った言葉は本心だろう。
大人の付き合いだとか男同士だからだとか、色々な制約と柵に縛られた恋愛をする人間のさだめのように、彼は苦しそうに笑ったのだ。
スポンサーは虎徹さんを裸に剥き、玩具の鞭で強かに打つという悪趣味な場面をフィルムに収めさせたという。
常人よりは鍛えている彼の体はそれでも、血が滲み肉が盛り上がる程度には傷を負った。
慣れてんだ、と虎徹さんは言う。
でもこんなことは慣れちゃいけない。

「バニー」
「だからあなたの綺麗な部分もそうでない部分も、ちゃんと受け止める責任があります」

金色に近い琥珀の目が、驚いたように見開かれる。太い睫毛は僕のものとは違い真っ直ぐ前に向かって生えて、それが彼の人となりそのものを表しているように思えた。
ヒーローを続けるために捨てたプライドや葛藤、苦しみや痛みを、一緒に背負いたい。

「お前、ほんとハンサムだな」
「茶化さないで下さい」
「茶化してねぇよ」

明るい部屋のベッドの上で、僕達は意味もなく無言の数秒を過ごした。
ふと、虎徹さんの手が伸びる。それを拾って握り締めると、ふわりと微笑んだ彼は「眩しい」と一言言った。
電気を消しますかと問うと、消したらバニーが見えないだろなんて矛盾したことを言うから、心配になって顔を近付ける。

「大丈夫ですか?」
「もうそれ聞き飽きた」
「心配なんです」
「心配の安売りしすぎだ。俺って繊細に見えて実は結構図太いんだぜ」
「……知ってます」

微笑むと、虎徹さんも笑った。
あのときの苦しそうに笑顔でなくて、心からの笑みだった。

「バニーがいてよかった」

お前がいなかったら、多分俺は――そこまで言った唇を、僕は塞ぐ。
琥珀に散らばる漆黒の虹彩は、定点カメラで捉えた星のようだった。

「僕もあなたがいてよかった」

愛しているとか、救いだとかはさしおいて、今の僕達には互いの存在が今ここにあることが、何よりの救いだ。
目の前で細められた瞳に広がる宇宙は、優しげな顔をした僕を映している。
バニー、と呟いた彼の声を吸い込んで、未だ深い夜の気配に身を任せた。






おわり
可哀想なおじさんもえ。
このあとしっかり遅刻したバニーちゃんは、スーツメーカーの広報さんを一時間待たせればいいと思います(^o^)/

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