腐男子、バニーちゃんA

「ねえバーナビー、それってワイルドタイガーのストラップ?」
「あ、見つかってしまいましたか」

二人揃っての撮影は久々だった。
今回は前にあったような際どい水着ではなく、フォーマルな衣装の撮影だ。
いそいそと用意されたスーツを着てスタジオに向かうと、ワイルドタイガーさんでーすと盛大に迎えられて少し照れる。
遅れてきたバニーへの出迎えに黄色い悲鳴が加わったことは、言うまでもないか。
そうして撮影が始まり、十着は着替えたであろうと言うとき、ようやく休憩の声がかかった。

「タイガーさんのスポンサーの方が下さったんですよ」

休憩中だというのに髪や顔を触られて休む暇もなさそうなバニーだが、嫌な顔ひとつせずにこやかに応対している。

「じゃあ、ワイルドタイガーはバーナビーのストラップつけてるの?」

スタイリストの女性が俺をちらりと見ながらバニーに問いかけた。
残念ながら俺はつけてない。なんせもらってないからな。

「彼はそういうの、つけたがらないんですよ」
「じゃあ持ってはいるわけね!?」
「さあ…持ってるんですか?」
「えあっ?」
急に振られて頬杖から顎がカクンと落ちる。
ふふ、と少年を見るような目で微笑まれ、何だか気まずくなった。

「あ、あー…持ってはないけど、可愛いよな」
「それって、欲しいってこと!?」

スタイリストさんが俄に色めき立ったので、一瞬まずいと思ったがバニーはいたって笑顔だ。
ほっとして「ええまあ」と返すと、何故か満面の笑みを伴った納得顔でその場を離れてしまう。
不思議なやり取りだったなと思っていると、笑顔のままのバニーが髪をくしゃっとかきあげながら「あなたにしては上出来ですね」と言ってくる。

「?」

バニーはケータイのワイルドタイガーストラップをいじりながら、こっちに目線を合せてくる。

「なんていうか…もうそろそろ次のステップに行ってもいいと思うんですよ。アニエスさんはああ言ってましたが、僕的にはもっと大胆に行動してもいいと」
「ちょっと待てちょっと待て! バニーちゃん、さっかから何を言ってんの」

俺は慌ててバニーの声に割り込むが、奴は整った眉を歪めて「え?」と疑問を口にした。
いやいやいや。え? あれ?

「あなたも聞いてるんですよ…ね?」
「な、何を?」
「僕達をそっちの業界でも売り出そうって戦略…え? まさか何も聞いて…えっ?」
「え?」
「…え、え?」

え? の応酬で互いにゲシュタルトを崩壊させつつ、固まっていると何やら向こうが騒がしい。
ぽかんとしたままそちらに目をやると、さっきのスタイリストさんが数人の女性達と何やら喋っていた。
何故かはりつめた空気が漂う中、バニーがいきなり音を立てて立ち上がる。
そして俺の腕を掴み、乱暴に引っ張りあげた。

「いたッ、何すんだよ!」
「ちょっと来てください。すみません皆さん、すぐに帰ってきますので」

後半はバニーがスタジオに響かせて言った言葉だ。何故かキャーと悲鳴があがる。
俺は色々と反論したが、結局離してもらえずスタジオの外まで連れてこられた。
誰もいないそこで、急に手を離される。

「バニー! 突然何だ!」

怒りに任せて怒鳴ると、バニーは静かな声でおじさん…と呟いた。

「二週間前に、僕はアニエスさんに呼ばれました。そこでタイガー&バーナビーの路線改革というか戦略変更というか…そんな話をされました」
「路線改革?」
「ええ…なんでも男性同士の恋愛は…特に有名人は、大きな商業効果を生みやすいと。加えて言えば元々巨大市場でもある」
「えと…さっぱり意味が…」
「ああもう、だから、僕達はこれからバディというよりも、カップルのヒーローとして活動していこうということですよ!」

な、なにぃ!?

「てっきりあなたにも話が通っているかと…道理で話が噛み合わないと思いましたよ」
「だ、そっ、な! ええっ!?」
「言葉はちゃんと喋ったらどうです」

いつもの冷たい視線が絡まる。
なんてこった。俺は力が抜けて背後の箱に座り込んだ。

「なんだ…てっきり俺はバニーちゃんが別次元の人になっちまったとばかり」
「何ですかそれ」

ここ何週間か悩んでいたことが解決して、俺は深くため息をついた。
なんだ、そういうことだったのか。
俺とバニーがカップルヒーローか。そうかそうか。
……。

「ってそれもどうかと思うけど!?」
「なぜです? 僕はいい戦略だと思いますよ」
「だってお前、自分がその…なんつーか、変な目で見られてイヤじゃねぇの!?」
「これだからおじさんは…前にも言ったでしょう。あくまでファンタジーであって現実世界に当てはめたりはしないんですって。まあ、サービスとして密着してみたりキスしてみたりはするかもしれませんが」

キス!?
目眩がした。


◇◇◇


最近、シュテルンビルトで真しやかに流れる噂を、俺は知っている。
それはヒーローであるワイルドタイガーとバーナビーが、実は付き合っているのではないかというものだ。
誰一人として肯定も否定もしないため、元々巨大だったマーケットは更に肥大しているらしい。
無論そんな目でヒーローを見ない純粋なファンもいるわけで、俺はそんな人々に心の底から拍手を送りたい。

『だってアンタに言ったら、絶対変に意識して失敗するでしょ』

俺より俺を理解した発言をしたアニエス・ジュベールは、思惑通り今までヒーローに興味を示さなかった種類の――いわゆる二次元のサブカルチャー分野を得意とする女性の目をヒーローTVに向かわせることに成功したのだ。
その功績は大きく、アポロンメディアCEOであるアルバート・マーベリックより直々の感謝の印が送られた。

「いつまで不細工な顔してるんですか」
「元からこんな顔ですけど」
「拗ねないでくださいよ」
「拗ねてないですよ」
「まあ、とっても仲がおよろしいんですのね。可愛い会話だわ」

ほほほ、と女性司会者が笑う。

「別に仲はよくないっすよ」
「昨日、あれだけ一緒に飲んだじゃないですか」
「プライベートも! 素敵ですわねぇ」

何としてでもソッチの方向に向かわせようとする魂胆が丸見えなうえ、バニーはそもそも自分から波に乗っている。
俺は認めない! 絶対認めないぞ!

「タイガーさんて、酔うと目がふにゃふにゃになるんですよ。ハハ」
「いやだわバーナビーさんったら」

誰か、誰か助けてくれ!





おわり





あとがき

ひどすぎる(笑)
久々のうさとらがこんなんかい!
どノンケの虎徹さんが書きたかったはずなのに…あれ、赤い兎が邪魔をしたよ(^o^)/


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