つまりおまえのせい

あ、とバニーの声がして、そちらを向けばテレビに真ん丸い月が映っていた。
いつものヒーローTVではなくストイックな口調のニュース番組だったが、そこには月ばかりでなくあいつの影もある。

「ルナティックの奴」
「わざわざ出てくるなんて…何を考えてるんだ」
「映りたいんじゃねぇの? 自己顕示欲強そうだし」

バニーの呟きに応えながらスラックスを履き、床に放ったままだったシャツを、腕を組んでいる奴に投げた。
頭にばさりと覆い被さったが、バニーは何を言うでもなくテレビに見入っている。

「僕は奴が嫌いです」
「ん、うん…気味悪い顔してるもんな」

俺がネクタイを首に掛けて言うと、キッと鋭い視線を向けてきた。

「何だか歯切れ悪いですね」

バレたか、と表情が一瞬歪んだが、バニーは気付かなかったようだ。
そうか? と応えて改めてルナティックの映る画面を見る。
録画したものを静止しているのか、こちらを見下ろすアングルで月を背にしている姿は、あの時と何ら変わりない。
マーベリック事件の最中に助けられたことで、俺の中の奴の心象は随分様変わりしていた。

「奴にも…あー、なんていうかな。ポリシーみたいなもんがあって」
「殺人にポリシーも何もないでしょう」
「そうだけど」

いつもより若干刺々しい空気をまといながら、バニーはシャツを着始める。
ブロンドのキラキラした髪をかきあげ、まあ、とバニーは前置いた。

「僕がバカになっているときに、あなたを助けたことだけは買いますが」
「おまっ、知ってたのか!」
「ええ。奴がいなければあなたは今頃塀の中だったかもしれませんし」

バニーは乱暴にシャツのボタンを止めながら空恐ろしいことを言う。
確かにあの時、ヒーロー二人に囲まれて鏑木虎徹史上五本の指に入るくらいにはピンチだった。
マーベリックが残していった謎は未だベールに包まれているが、バニーの顔はいくらか晴れやかだったから、俺としては満足しているくらいなんだが。

「ところで」

ネクタイを首にかけて右に左にしゅるしゅると玩んでいると、バニーが腕を組んでこちらを向き直る。

「いつまでそうしてるんです」
「え?」
「ネクタイなんか弄って。セックスアピールですか?」

話題のあまりの変わりっぶりに一瞬ぽかんとした俺は、しかしその言葉の意味に思わず顔が赤くなる。

「お前なぁ」
「僕が足りてないこと、知ってるくせに」
「いや…あの」

確かに気づいてはいた。いたが、だからってどうにかなるもんでもない…ような。
う、と俯いた俺の傍に近寄ってきたバニーは、俺が半端に掴んでいたネクタイを取る。
「低コストで紳士になろう」がキャッチコピーのお気に入りブランドで買ったそれは、バニーの手に収まると何だかチープに見えた。
くそ、若造兎のくせに。
内心毒気づいているといきなりふわっと抱き締められる。

「バ、ニ」
「これで我慢しますから」

いつになく殊勝な言葉にきゅんとしてしまった俺は、バニーの首元に鼻を押し付けて匂いを嗅いだ。
同じシャンプーの香りに心臓がどくどくいって、ああ俺今恋愛しちゃってんなぁなんて自分で思ってサムくなる。
頭の中を友恵がちらついたりして、最低だなとか思ったりもするけども、バニーの腕の中は驚くほど居心地がいいから困るんだ。
………ん?

「おい、我慢するんじゃなかったのか」
「無理でした」
「あほ! お前さっき朝勃ち抜いたばっかじゃねぇか!」
「下品なことを言わないで下さい。これだからおじさんは」

わたわたとバニーの胸から離れ、ネクタイをひったくって手早く結ぶ。

「バニーちゃんに合わせてたら干からびるわ。おじさんもう若くないの! アラフォーなの!」

一気に言ってバニーから離れると、ため息が聞こえた。
やや罪悪感を覚えてそちらを向くと奴は悲しそうな顔をしてテレビ画面を見つめている。
そこには依然ルナティックが映っていた。今度は動画だ。

「僕は…あの時あなたに敵意を向けて、あまつさえ傷付けたことをずっと後悔しています」
「そ、そらお前…マーベリックのせいだったわけだし」
「いいえ。愛の力があれば思い出したはずです。現に両親の記憶は曖昧だった」

急にスイッチが入ったようにネガティブに突入したバニーは、可哀想なくらい悲壮な顔をしていて俺の罪悪感は更に更に募っていく。
この兎は果たして分かってやってんのかナチュラルなのか、おじさんの心はさっきか揺さぶられっぱなしだ。

「自分が許せない…!」
「バニー…」

だが、しかし。

「そういうことはムスコを寝かせてから言え」
「……チッ」
「チッじゃねぇよ! お前、最近芝居がクサくなってるぞ」
「虎徹さんこそ老いてきてますよ。虎なんですから敏感にならないと」
「おっ、老いてきてるとはなんだ!」

雑言の応酬に熱くなっていると、腕ががっしり掴まれていることに気が付く。
え? と下を見たときにはもう遅かったらしい。バニーはひったくったネクタイで、奴はこちらの手首を巻いている。

「うをっ何してんだ!」
「別に」

何が別にだ、この兎! 抵抗するが足を払われて床に倒れる。
本当に老いてきているのかもしれない。
上に覆い被さる重みをどかすことが出来ないうえ、手首は完全にホールドされてしまった。

「バニー! もう出勤の時間だろうが!」
「いいえ、有給をいただきました」
「はあ!? 嘘つくな!」
「…嘘ですけど…じゃあ今から連絡します」
「お前はもっと社会人としての自覚をもちなさいっ」

わあわあと喚いてみるが、バニーは俺の上からどこうとしない。それどころか腰の下に腕を入れられ、体を持ち上げられた。
重っ、と不届きな声が聞こえたが、ベッドまで運ばれてシーツに寝かされる。

「虎徹さん、これ以上往生際が悪いようならその牙ごと口を塞ぎますよ」
「セリフもクサい!」

あとはもう何を言っても無駄だった。
サカった兎は一見冷静に見えて恐らく相当トんでいる。
何故こんなときに限って犯罪者はオヤスミしてんだ!
そんな不謹慎なことを思いながら上にいるバニーを睨み付けるが、PDAが鳴り響く気配は一切なかった。
テレビはつけっぱなしで、未だルナティックの話題を放送しているらしい。

『突如現れた犯罪者を粛正するルナティックの存在により、以前よりシュテルンビルトの犯罪は大幅に減少したと言ってよいでしょう』

お前か!
俺は内心、遠回りにこの状況を作り上げたといっていい奴をタコ殴りにした。



おわり



一番最初に書きましたが、あまりにひどいのでボツにしたお話(笑)
でもまあ晒し上げということで(^p^)/
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