BBJの受難

ガンガン鳴り響くような頭痛で目が醒めた。唸りながら目を開けると、知らない景色がある。
……?
確かバーで呑んで、そのあとウチに来ないかと誰かに言われて。

「あ」

そうだ。確か僕は虎徹さんと呑んでいたんだった。
ヒーロー復帰祝いだとはしゃぐ虎徹さんは可愛くて、それを言ったらかなり驚かれたんだっけか。

『お前、休んでる間にキャラ変わってねぇ?』

そうですか? と応えておいたが、実際変わったのはキャラクターではなく僕の気持ちだ。
ヒーローを辞め、虎徹さんと離れていた約10ヵ月で、僕は気付いてしまった。
隣にあの人がいないというだけで、もしかしたら今この瞬間にもあの人が別の誰かを愛しているかもしれないと思うだけで、おかしくなりそうだった。
それが恋愛感情だと気付くまでに時間はかからなかったが、どうしてバディでいるうちに気付けなかったのかと死ぬほど後悔した。
あんなに近くにいたのに。
手を伸ばせば触れられる距離にいたのに。
そんなことを思いながら感慨深くアルコールを摂取していたら、せっかくの虎徹さんとの時間があやふやになっているなんて……悲劇だ。

「ん〜…」
「!?」

一人起き上がって頭を抱えていると、すぐ横で何かが唸りもぞもぞと動く気配がした。
え…ま、まさか、まさかまさかまさか!

「あー、あぁ。おぇ…飲みすぎた…くそ」
「こここ、こて、こてて」
「おおバニー。おはよう。せめーな。ハハハ」

せめーなハハハじゃない!
一体何が起こっているんだ!?
虎徹さんが僕のベッドに…いやここは僕のベッドじゃないから、えーと何故僕は虎徹さんのベッドに!?
混乱していると虎徹さんはノロノロとベッドを出ていった。
ジャージ姿だ。僕はといえば上は見たこともない変なガラのシャツを着ている。
下は、と確認しかけてはっとした。

(尻が…尻が痛い…)

ヒリヒリとひきつれたような痛みがじんわりとある。しかもあらぬ場所付近が。

(え? あれ? ん?)

僕は一体。

「ウワアアアアアア!」
「ど、どうした!?」
「僕が上だったのにウワアア! 僕が虎徹さんをアアアア!」
「とりあえず落ち着け! な!?」

転げるように戻ってきた虎徹さんは、髪もくしゃくしゃでジャージも乱れている。
普段身なりに関しては隙のない虎徹さんのそんな姿に、ショートしていた回路が回復してきた。
とにかく眼鏡をかけるんだ! と意味不明な指摘をしてくる虎徹さんに肩で息をしながら向き直る。

「こて、虎徹さん…昨日」
「あ、いや。昨日のことは、さ」

少し冷静になって聞けば虎徹さんはそう言って気まずそうに顔を背けた。心なしか顔も赤い。気がする。
やはり僕は虎徹さんにピーされてしまったのだろうか。まだピーなのにピーを失うなんてとんだ喜劇だ。
頭を抱えていると虎徹さんが慌てて僕の肩に手を置いてきた。

「だ、大丈夫だよ! 誰にも言わねぇし、ちゃんと責任もとる」
「責任て…どうやってとるつもりですか…結婚でもするんですか」
「結婚はできねぇけど、あー、毎日軟膏塗るからさ」

毎日軟膏を塗る…それは毎日僕の尻を貪るということですか。
そんなに僕の尻の具合はよかったんですか。
はっ、あなたを天使だと思って毎日写真におやすみのキスをしていた僕は本物の馬鹿ということですね。

「あの、バニー?」
「嫌です」
「えっ」
「あなたの肉便器なんか…! 僕は絶対嫌です!」
「にく…」
「この変態め!」

虎徹さんの拳が僕の喉にクリーンヒットしたのと、僕が指差したのは同時だった。


◇◇◇


「お前…早とちりもいい加減にしろよ」

言葉とは裏腹に虎徹さんはくつくつとおかしそうに笑ってこちらの頭をぽすぽすと叩く。
一方の僕は苦い顔をして目の前の軟膏を睨んでいた。

「本当になーんも覚えてねぇんだなぁ」

俺酒で記憶なくしたこと一回もねーぞなどと呑気に言う虎徹さんは、ベッドに仰向けで横たわる僕を哀れっぽく見下ろしている。
軟膏をフラフラと振る手が忌々しい。
――昨夜、このオッサンはあろうことか酔った僕の尻に火を点けたらしい。
最初はただのポーカー立ったらしいが、いつの間にか「それだけじゃ面白くない」ということになった。
バーにいた酔っ払い三人も加わり、僕が勝ったら虎徹さんを好きに出来ることになり、虎徹さんが勝ったら何故か僕の尻に火をつけることになってしまったのだ。
他の三人にもそれぞれ罰ゲームが課せられたが、虎徹さんもよく覚えていないらしい。

「で、僕が負けてあなたは火をつけたんですね」
「あーウン」
「ウンじゃないですよ。…信じられない、こんな頭の悪いティーンエイジャーみたいなこと」
「お前だってやる気だったじゃねぇか。これで虎徹さんの尻は僕のものだ! って言ってよぉ」
「なっ、そっ」

酔っ払いは何を言い出すか分からない。
僕は頭を抱えた。そもそもポーカーなんて僕が一番得意なカードゲームなのに、負けたなんて…。
恐らく僕の真似らしき高い声を出して不機嫌そうな顔をする虎徹さんだが、僕の眼前に軟膏をちらつかせる。

「だから、俺が塗ってやるって。自分じゃよくわかんねぇだろ」
「結構です。大体僕は何故あなたの家にいるんですか」
「だってお前んちオートロックな上指紋認証と網膜認証まであんじゃん。ベロベロのお前じゃ無理だって」
「……」

忘れていた。虎徹さんの生態情報を勝手に登録したことはまだ僕しか知らない。
危なかった。

「で、でも同じベッドで寝る意味が分かりません」
「あれはお前が入ってきたの!」

何だと…!?

「最初はお前がベッドに寝てただろ」
「…覚えてないです」
「まあいいや。で俺はソファに寝てたと。したらお前がフラッフラになりながら自分がソファに寝るって言ってきて」
「なるほど」
「どうしてもソファに寝るって言うから譲って、俺がベッドに寝て」
「はあ」
「そしたらまたフラッフラのお前がベッドに来て、一緒に寝ましょうよ〜って」

なんてこった。酔っ払った僕は相当積極的らしい。何もしなかったのが奇跡だ。
寝たまま頭を抱えていると、虎徹さんはケラケラ笑い出す。

「面白かったぞー。酔っ払ったバニーちゃん。目が据わってて『僕はあなたのために死ねます!』とか『やっぱり死にません! あなたのために生きます!』ってドヤ顔してきたり」
「ああああうるさいですうるさいです」

最悪だ。こんな醜態を晒した上に尻を火傷したなんて安いコメディ以下だ。
頭の悪いティーンエイジャーは僕じゃないか。
大きくため息をつくと頭をさわさわと撫でられた。
バニーちゃーんと虎徹さんの優しい声が聞こえる。

「もうアルコールは飲みません」
「俺もそれ五百回くらい思ったけど、結局飲んじまうんだって。大体酒好きのお前が禁酒なんか、逆に体に悪いぞ」
「でもこんなことになるならマシです」

じゃあさ、と虎徹さんは軟膏を引っ込めてにこりと笑った。
人好きのする笑顔は、もう天使だった。
可愛い。昨日の僕は本当によく襲わなかったと思う。自分を褒めてやりたい。

「お前が限界迎える前に、俺が止めてやるよ」
「……」
「だからこれからも飲も。な?」

天使の皮を被った小悪魔め…僕を惑わせて一体どうする気だ…。
それでも僕は頷いていた。
頭を触る温かい手がとんでもなく気持ちよくて、たまにはこんな子供扱いでもいいかなんて思えてくる。
僕は尻を庇いなから起き上がり、ずれた眼鏡を押し上げた。
笑う虎徹さんに向き直り、軟膏をお願いします、と言う覚悟を決める。
その時だった。

「…ぷ」

噴き出すような声に続き、天使の皮を被った小悪魔は盛大に笑い出す。

「あはははは! ば、バニーちゃんめっちゃ似合う! はははは!」
「!?」

起きた時見えたシャツの変な柄は、思いっきりキメ顔をしたバーナビー・ブルックス・Jr.のプリントがされていた。

「バニーがバニー着て…だはははは! はぶっ」

僕は枕を投げつけ、ぶっ飛んだ軟膏を見事にキャッチし、シャツを破いて脱いでやった。
向こう側に倒れたオッサンは何かギャーギャーと喚いていたが、完全に無視をする。
それから丈の短いジャージも脱ぎながら洗面所に立て籠った。

(悪魔め…!)

本当に襲ってやればよかった。
僕は軟膏を洗面所中に撒き散らした。





おわり










あとがき
救いようのないひどい話ですみません。
バニーを壊すのは大変楽しいです←
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