ヒーローより、愛を込めて

前略 楓様
お元気ですか。パパは元気です。ママと楓の写真を枕元に置いて寝ています。
おかげで毎晩いい夢をみているよ。
学校はどうですか。ちゃんと勉強できているかな。まあ、ママとパパの子だから心配してないよ。
おばあちゃんは元気ですか。この前電話で風邪を引いたと言っていましたが、大丈夫ですか。
あんまり無理しないようにと楓からいって下さい。パパの母さんだから、体は丈夫と思うけど。
そういえばそちらでは桜が咲いていますか。シュテルンビルトには桜がないから、オリエンタルタウンの桜が懐かしいです。
またお花見しような。おばあちゃんと楓と村正おじちゃんとパパの四人で。
お酒は飲まないよ。楓の好きなみかんジュースを一緒に飲もう。

また手紙を書きます。返事をくれたら嬉しいです。
愛する娘楓へ。愛するパパより

P.S.彼氏とかはまだ早いからな。体に気をつけて。



前略
お父さんへ
手紙なんか初めてだからびっくりしちゃった。どうしたの? 便箋がたまたま余ってたから書くけど、切手代だって小学生には高いんだからね。
おばあちゃんは大丈夫だよ。私も大丈夫。予防注射もしたよ。
勉強だって、ちゃんとやってる。この前国語のテストで満点を取ったの。国語は苦手だったから嬉しかった。お父さんも国語が苦手だったんだってね。おばあちゃんから聞いたよ。
こっちの桜はもう散りました。学校でお花見があったから行ってきたよ。
それから私が好きなのはみかんじゃなくてりんごだから。全く、全然知らないじゃない。
来年のお花見はバーナビーさんも連れてきてよ! 絶対!
そしたら許してあげる。
じゃあね。楓より

P.S.彼氏なんていないもん! お父さんも気をつけて。



「見ろよこの達筆! 将来が楽しみだなぁ」

虎徹は嬉しそうに便箋を広げ、声に出してバーナビーに聞かせた。
小さな花柄の可愛い便箋は虎徹の手に収まると何だか奇妙だったが、優しい父の眼差しで紙を撫でる姿にバーナビーも微笑む。

「来年のお花見は是非ご一緒させてください」
「マジ!? 行ってくれんのか!」
「ええ。楓さんは僕の大事な人ですから」

受け取っていた同じ花柄の封筒を虎徹に返しながら言うと、大事な人だとォ! と大袈裟に反応する彼にバーナビーは楽しそうに笑った。
オフィスには二人だけ。柔らかな陽光の差し込む部屋は、そこだけ春を切り取ったようだ。

「ええ。僕の大事な人の大事な人ですから、大事な人のひとりです」
「ぐ…なんか頭痛いわ」

さらりと大事な人という表現を使ったバーナビーには目もくれず、面倒そうに髭を撫でた虎徹はオフィスチェアに背を深くもたれさせた。
中々古いそれはぎしりと悲鳴をあげる。

「シュテルンビルトってあんまり四季がはっきりしてねぇよな」
「確かに。夏と冬だけってかんじがしますね」

バーナビーはブレイクにと淹れたコーヒーを喉に流し込んだ。すっかり温くなっているが、自分好みに甘くしたそれは冷えても美味い。
虎徹といえば来客用にストックしているクッキーをむしゃむしゃと食べていた。
彼の好きなナッツのクッキーばかりが缶から減っている。

「それにしても今時手紙とは古風ですね」
「だろー。テレビでさ、こんな時代だからこそ手紙の心遣いがいいんだって言っててさぁ。バニーも食う?」
「いえ、いいです。ていうかあなた食べ過ぎですよ」
「美味いんだもん」
「言い訳になってません」

一頻りいつもやり取りを終えたあと、バーナビーはちらりと虎徹が書きかけている手紙を見た。
彼の大雑把な性格からは考えられないほど丁寧で読みやすい字で書かれた文面は、バーナビーと記そうとしたのだろう。最後の行はバーナビまで書かれて終わっている。
そこでふとバーナビーは今までこういった類の手紙を出したことがあっただろうかと考えた。
近況報告や素朴な疑問など、わざわざ時間をかけて配達される手紙を用いずとも電子メールで事足りている。
手紙の選択肢すらなかったように彼は思った。

「…虎徹さん、レターセットの余りがありますか」
「ん? あるけど。何、バニーちゃん手紙書くの?」

後半、にやにやしながら聞く虎徹に「ええ、まあ」と歯切れ悪く言って虎徹が差し出したレターセットをバーナビーは受け取る。
新たに買ってきたのだろう、明らかにガールズ向けと思われる可愛い蝶のレターセットはまだ残りがかなりあった。
一枚取り出してファイルに丁寧に挟み、鞄に入れる。

「封筒はいらねぇの?」
「ええ。ありがとうございます」
「いえいえ。誰に書くんだ?」
「秘密です」
「何だよけーちー」

ぶうと口を尖らせる虎徹を他所に、バーナビーは鞄の上から便箋をそっと撫でた。


◇◇◇


こんにちは。
改めて手紙を書こうとしたら、あなたしか浮かばなかったので。
お元気ですか。僕はとても元気です。最近のシュテルンビルトは晴天続きで、洗濯物をランドリーで洗うのがもったいないほど。
そうそう、ベッドルームのカーテンを新調したんですよ。
深緑色で、とても落ち着きます。
ワインセラーも新しいのを買いました。
あなたが持ってきたりリクエストしたものを入れようと思っています。
そういえば、あなたは焼酎とかいうアルコールをよく飲みますが、僕にはいまいち美味しさがよく分かりません。
今度是非レクチャーして下さい。
美味しいフレンチのレストランも見つけたので、一緒に行きましょう。
フォーマルというわけでもないので安心してください。

では。
バーナビー・ブルックス・Jr.より、愛をこめて。



虎徹はデスクに綺麗に畳まれてあった紙を広げて、顔が赤くなるのを感じた。
宛名のないその手紙は何度か書き直した箇所があり、少しシワになっている部分がある。
おかしなところでずぼらなバーナビーの性格がよく滲み出ていた。
しかも。

(愛をこめて…なんて)

ラブレターでも何でもない文面なのに、しっかりとした筆跡からはバーナビーの心が伝わってくるようで虎徹は妙に気恥ずかしくなる。
隣のデスクにバーナビーはいない。荷物はあるから出社してはいるのだろうが、一体どんな顔をしてこの手紙を置いたのか。

「ったく」

虎徹はしばらく文面を眺めたあと、綺麗に折り畳んでデスクの引き出しに入れた。

「あ、おはようございます」

引き出しを閉めた瞬間、見計らったようにバーナビーがオフィスに入ってくる。
全くもっていつもの彼だったが、その手にはクッキーのパッケージが握られていた。

「おはよう…あの、バニー」
「何ですか? ああそうだ。あなたが気に入っているようだったのでナッツクッキーのお土産です」
「え? あ、ありがとう」

青いモンスターがクッキーを食べ散らかしているイラストの載った袋を渡し、バーナビーは席につく。
その間手紙について何か言うこともなく、いつものようにPCを起動させる。
クッキーを両手で持ったままバーナビーの方を向いていた虎徹は、先程の妙な気恥ずかしさを抱えたまま、同じようにPCを開いた。

「あー、今日はよく晴れてるな」

余りの気まずさに耐えきれず虎徹が言うと、バーナビーは画面から目線を外しもせずに「そうですね」と言う。

「こんな日は太陽の下で洗濯物を干したいな」
「そうですね」
「カーテンを開け放って陽の光を部屋いっぱいに入れたりとか」
「ええ」
「そういえばこの前」
「虎徹さん」

鋭い声が虎徹に刺さる。バーナビーの方をみると、わなわなと震えてレンズの向こうの眉を歪めていた。
う、と言葉に詰まった虎徹はクッキーのパッケージをデスクに置き、バニーちゃん? と呟く。

「一体何の羞恥プレイですか。それとも天然ですか」
「羞恥…い、いやいやいや! だってお前…」
「僕だって恥を忍んで手紙を書いたんです。黙って受けとるのが男というものでしょう」
「あのな、手紙っていうのは恥を忍んで書くもんじゃないの。ていうか、あ、あんまりバニーが何も言わないから」

ゴニョゴニョと言葉を濁しクッキーの袋を弄る虎徹は、横で更に赤くなっているバーナビーをまともに見ることが出来ずにPCを凝視した。
なんなんだ一体この過酷な環境は、と思いながらも、生来の質か受けとったからには言わねばならない言葉を口に出す。

「ありがとな。嬉しかったよ」

にこ、と笑うと照れくさそうに「どういたしまして」とつっけんどんに言ったバーナビーは、やっぱり書いてよかったと内心綻ぶ。
だがやはりぽやぽやとした気配はそのままだったらしい。
この日一日二人が撒き散らす甘酸っぱいオーラに毒され、トレーニングルームには砂を吐きたいヒーローが続出する事態となった。


◇◇◇


こんばんは。今は夜だから、こんばんはと書いてみました。バーナビーくんは元気ですか? 俺はすこぶる元気です。
シュテルンビルトは昨日から春の嵐が吹き荒れて、正直困っています。バーナビーくんも書いていたランドリーに頼るしかないようですね。
それから、焼酎だけども、あれはワインと違ってかなりクセが強いからバーナビーくんには合わないかもしれません。
スマートに呑めるようなアルコールの方がバーナビーくんには似合っています。
でも割とフルーティな焼酎もあるから、それを紹介しますね。きっと気に入ると思います。
そうだ、ナッツクッキーをありがとう。とてもおいしかったです。
俺も何かお土産を持っていきたいので、好きな食べ物を教えて下さい。

また今度。鏑木虎徹より。

P.S.フレンチ是非行きましょう。



バーナビーは爆発した。もちろ本気で爆発したわけではないが、頭の中がショートした。
デスクに置いてあった蝶の便箋には、優しく丁寧な字でバーナビーくんへと書いてあった。読まなければよかったと瞬時に思ったが、読まなければ読まないでまた違う種類の悶絶をすることになるだろうからと色々考えた挙句がこれだった。
隣のデスクは空だ。荷物もない。ということは昨日珍しく残業したときに置いたのだと推測できる。
あまりの恥ずかしさにいたたまれず、バーナビーはとりあえず歩こうと立ち上がった。
コインを数枚引っ付かんで休憩室の自動販売機に向かう。
が。

「あ、おはよう」
「!!」

ドアを開けた瞬間、まさに手紙を書いた人物がいた。バーナビーは悲鳴をあげそうになるのを何とかこらえ、噛みながらも挨拶を返した。

「見た?」
「な、何を」
「手紙。つかバニー、おじさんを通して」


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