ただ今逃避行中 2

「大丈夫だって。大袈裟なんだよ」

布団にもぞもぞと戻って毛布を被る。恥ずかしいったらない。もうほんと、何なんだこいつは! 天然どころの話じゃないよ!

「近藤さん」

唸っていたらトシが上から乗ってきたから、踵で尻を蹴ってやった。いた、と大して痛くもなさそうな声が聞こえたが、構わずガシガシやる。
いたいいたいと半笑いで言うトシは、がばりと毛布を剥ぎ取ってきやがった。

「いいじゃねーか、逃避行カップル」
「…重い」
「は、俺には散々乗ったくせにな」
「もぉぉぉ!」

極悪な笑顔で言ったトシを毛布ごと吹っ飛ばしたのに、何がおかしいのか面白そうに笑っている。
昨日はあんなに…あんなにかっこよかったのに。
ぶうと口を尖らせると、寝癖のついたくしゃくしゃの髪に手の平が乗る。
昨日、あんだけ俺をむにゃむにゃした手が、びっくりするくらい優しくて、ちょっと嬉しくなった。全く自分でもいやになるくらい単純だ……。
それからごろんとうつ伏せになった俺に倣って、トシも横に寝転がる。

「帰ったらわらわらくんだろ、あんたの周りには」
「…トシ」
「こういうときくらい独り占めさせろ」

…やだ何この子可愛すぎるんだけど。
きゅんきゅんしながらトシを見ていると、にやっと口角が上がる。

「そりゃ…俺だってトシを独り占めしたいよ」

顎の下で腕を組んで、照れ隠しにトシのケータイをいじくった。

「あと五時間くらいはゆっくり出来るし、なあ近藤さん」
「ぅん…鰻食べたい」
「じゃあちょうどいい。腹減らそうぜ」
「え?」

言うが早いか、トシは俺の頭をがしりと掴んで、思いっきり顔を近づけてきた。
いやいやいや、まさかだっておまえ、さっき「無理させたし」って言ってたじゃん。
腰とか関節とかやばいんだよ、尻の穴なんかびりびりしてて……。

「優しくするから。な?」
「な、じゃない! 無理です! 無理ですトシくん!」

ぐぐぐって迫ってくるトシの顔を一生懸命手の平で押し返すけど、関節の痛みでままらなくて、あああ近い近いトシ近い!

―――ピリリリ、ピリリリ

「あっ、電話だ! トシでん、」
「いいよ。どうせ大したことじゃない」
「いやいやいや、ダメだよそこは……っと、もしもし!」

バイブと一緒に存在を伝えていたトシのケータイの着信は、ザキだった。

『副長! 公務中にすみません、大事な話が』
「あ、俺だけど何? なんかあった?」
『局長でしたか! すみません、副長は…』

ケータイを奪い取ろうとするトシの手をぺちんと払って、今トイレだよと応える。
トシに渡したら切りかねないし。

『実は、指名手配中の攘夷派の目撃証言があったんです。お二人が滞在してる場所で』
「マジか。名前は? うん、うん…なんだ、暫くは身を隠すと思ってたのに。さては奴さん、根比べは苦手みたいだな」
『ええ。しかも女連れです。案外いい度胸かもしれませんよ』

その後も二言三言交わして、俺は電話を切った。隣ではふてくされたような顔のトシがあって、攘夷派の名にクソをつけて大層罵っている。
あと五時間はゆっくり出来たのに、と思わないでもなかったけど、でもやっぱり俺達にはこういうことのほうが似合ってんだ。
泥だらけになって息切らして、必死に攘夷派追って駆けずりまわる方が。

「はあ…やっぱり奇跡は長く続かねぇか」
「奇跡?」

パンツとズボンを吐きながら聞いたけど、トシは「いや」とはぐらかしてしまった。

「ま、鰻は江戸でだって食えるし。まったり出来たし」
「物足りない」
「いつんなるか分かんないけど、今度はプライベートで来ようよ」
「本気でいつになるかわかんねぇな」

諦めたように笑いながら言って浴衣を脱いだトシは、やっぱりすんごくかっこよかった。仕事だったけど、トシとふたりでこれて本当によかったと思う。
窓の外の長閑な風景はまるで平和なのに。
ちょっとだけ寂しかったけど、でもちょっとだけ嬉しかった。

「よし、じゃあ行くか。本物の逃避行中の指名手配カップル捜しに」

だってトシと駆けずりまわんのは――

「おう」

結構たのしいから。



おわり





おまけ




「ねぇねぇ菊の間の男二人連れさ、本物だったわよ!」
「ええっ、あの二人警察じゃなかったの」
「やっぱアレじゃない? 抑圧された性欲がつい隣にいるこいつに、ってなるのよ」
「ああ…戦場じゃゲイカップルが大勢できるってアレね」
「タイプは違うけどどっちも顔はよかったのに〜!」
「どっちがどっちかしらね…」
「やーだーもう! 上はあのごついほうに決まってるわよ!」
「いや、案外イケメンくんのがグイグイいってたりして」

噂好きの仲居さん達の、格好の餌食になっている二人でした。ちゃんちゃん。
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