身勝手な恋人 R(高近)

高杉から珍しく電話が掛かってきた。
しかも言うに事欠いて「今すぐ来い。三秒以内だ」とだけ吐き捨て、すぐに切りやがったのだ。
ちょっといらっとしたけど、電話なんて本当に珍しいから何かあったのかなって心配になった俺は急いで車に乗り込んだ。
そうして着いた高杉のマンション。玄関を開けた奴の第一声は、

「遅い。三秒以内だって言っただろうが」

だった。

「おまえねぇ」

呆れた声でそう言うと、いつものように悪態をついてさっさと部屋の中に潜ってしまう。
普段とは違うスウェットにシャツというラフな格好の高杉は、どこかぼんやりとしていた。
俺は不思議に思いながらも靴を脱いで部屋に上がると、これ見よがしに転がる体温計と風邪薬を見つける。

「はーん、そういうことね。だから電話なんか掛けてきたわけだ」
「御託はいいから早く看病しろ。喉が痛い」

左目の眼帯は相変わらずだが、そう言われると何だか顔が赤いような気がした。
しかしこの男でも風邪なんか引くのか。
いつも手下を従えて猛然としているから、同じ人間かどうか疑わしかったくらいだ。
ヤクザでも弱る時は弱るらしい。

「看病なら取り巻きの恐持てさん達にしてもらえばいいじゃん」
「ああ? てめぇ俺の看病がしたくねぇのか」
「いや、したいとかしたくないとかの問題じゃなくてさぁ」

思わず笑ってしまうと、空のティッシュ箱が飛んできた。
あぶねーなぁなんて言いながら散らかった部屋に腰を下ろす。新聞やら雑誌やら、俺にはよく分からないけど赤い丸がついていた。
多分仕事に関することなんだろう。
危ないことをしてなきゃいいけど。

「…仕事は」
「今日は日曜だから休みですー。おまえと違って俺は普通のサラリーマンだからね」

それら新聞雑誌を分からなくならない程度に片付け、高杉の近くに寄った。
腕を触ると中々熱くて、心なしか目も潤んでいる。

(やっぱ顔だけなら王子…)

そんな高杉をじっと見ていると「何見てんだゴリラ」と再び悪態が飛んだ。
この毒舌王子め。

「で、おまえは何か食ったの」
「食ってない」
「食ってないのに薬飲んだのか?」
「うるせーな…薬はまだ飲んでねぇよ」

本当にただ転がしていただけらしい。
全く、ひねくれ度も王子級だ。
俺は床に落ちている風邪薬と体温計を拾い上げ、体温計の方を高杉に押しつける。

「粥でも作るから、熱計って寝てろよ」

熱が本当に辛いのか、高杉は黙って体温計を受け取った。
何だか素直な高杉は変なかんじだ。あの手下さん達が見たらどう思うんだろうなぁ。
獰猛にすら見える目がまああんなにうるうるになっちゃって。
俺みたいなのがあいつを見たら黙ってなんかいられないだろう。
俺は人知れず笑みを溢した。
そう、俺は真正のゲイなのだ。一時期は女の子と恋愛もしたしセックスだってした。
でもやっぱり違うんだって、この高杉に出会って気付いたんだ。
鬼兵組の若頭である高杉は、完全にノンケであるはずなのに何故か俺に惚れたとのたまいやがった。
なんとなく立ち寄った居酒屋のカウンター席。
俺の隣にたまたま座ったのが、一人でいた高杉だった。
顔がドストライクで、わざとコップの水を溢して話しかけたのだ。
「お友達」になれればいいかなーなんて思っていたそいつは、なんとその夜に俺を抱いた。
俺は散々喘がされて泣かされて、一瞬で高杉に惚れてしまった。
何せ出会った頃のこいつと来たら本当にかっこよくて男前で……まあそんな化けの皮に俺はまんまと騙されてしまったのだけれど。

「近藤」
「なに」
「おいゴリラ」
「なーにーもぉー」

まさかこんなゴーイングマイウェイ人間だったなんて。
そしてまさかこんな鬼畜性格だったなんて。

「粥はいいからこっちに来い」
「粥はいいって、おまえ薬飲んでないんだろ? そのまま薬飲んだら胃が荒れるんだぞ」
「口答えすんのかてめぇ。さっさと動け」

ああもう、これだから。
それでも嫌いになれないどころか、好きな気持ちが萎えないのは、多分俺がどうかしちゃってるからだ。
俺は諦めてコンロの火を止めると、カウンターの横を通り抜けて皮張りのソファに座る高杉の元に歩み寄る。

「はい来ましたよ。何ですうわっ」

腕を組んで、仏頂面の(いつもだけど)高杉に向かうと、腕を勢いよく引っ張られた。

「ちょっ、高杉」
「黙れ」

そのまま高杉に抱き締められる感覚。
ふわっと香ったその匂いに、一週間程前が最後だったセックスを思い出した。
胸がドキドキとうるさくなる。
高杉も何だか体が熱いし、せっかく来たんだからこのまま……ん? 熱い?

「た、高杉! だめ! 禁止!」
「あ?」
「風邪が悪化するだろーがっ」

わたわたしながら腰に回る不穏な手を掴むと、ぺちんと尻を叩かれた。

「じゃあてめぇにうつして治す」
「たか…」

座ったまま俺を見上げてにやりと笑った高杉に、俺はもう抵抗なんか出来なかった。


◇◇◇


「あっ、ちょっ、と…待っ」
「うるせぇ。口塞ぐぞ」

ほんっっとこいつは!
俺は上半身の更に半分だけをベッドに乗せられて後ろから高杉を飲み込んでいた。
履いていたズボンはパンツごと膝まで下ろされて、もういっそ脱がしてくれればいいのに、動き辛くなった足は突っ張らないと体のバランスがとれない。
アメリカのセレブが使ってそうな黒色のツルツルしたシーツ(毛布?)をくしゃくしゃにして、犬みたいな態勢をしている自分の姿を想像して泣きたくなった。

「は、はっ、近藤よォ。随分ゆるいじゃねぇか。俺だけじゃ物足りねーのかよ」
「なっ、そんな…っ」

高杉以外には、と言おうとして、今度は力を込めて尻を叩かれる。
その刺激で中がきゅっと締まって、高杉のがいいところを擦った。

「うぁっ」
「オラ、頭下げんな」
「いっ」

ちょっと辛くなってツルツルのシーツに頭を落とすと、髪を掴まれて上を向かされる。
涎が口の端から垂れていくのを感じて、何だか更に恥ずかしくなった。
声が押さえらんないのも自分から腰を揺らすのも、本当はノンケの高杉にされてんのも。
全部恥ずかしくて居たたまれないのに、それが何だか気持ちいいようなくすぐったいような変な感じがする。

「た、かすぎ…」

息も絶え絶えで振り替えると、視界の端っこに高杉がいた。

「いいならいいってちゃんと言え」
「は、はぁ、くそ、ちょっとだけ…、止めて」

せめてズボンだけでも脱ぎたくて、腰を捕まえている高杉の手首を掴む。
すると逆に逆手を取られ、何だかAVにありがちな体がやや横向きになる格好になった。
高杉、と声を掛けても何にも答えてくれないし、顔を見ると眉根を寄せて何だか苦しそうにしている。

「あ…」

そうだった。
今こいつは熱が高いんだった。これ以上無理させたらきっと酷くなる。
もう一度、今度は少し大きな声で名前を呼ぶと、どこか据わった右目と目が合った。

「す、すこし休もう。ちょっと息整え、んぐぅっ」

何とか言ったら、高杉は突然俺の口の中に指を突っ込んでくる。
びっくりして体が跳ねると、高杉が笑う気配がした。

「うるせーんだよ…さっきからぐちゃぐちゃと。締めろオラ」

高杉の指に噛みつくわけにも行かなくて、舌や歯茎を縦横無尽に動くそれにどんどん涎が絡み付いていく。

「ふわ、んぅッ」
「美味しいです、って言ってみろ。前も後ろもぬるぬるで美味しいってな」
「い、言うふぁ…! うあっ」

ぱんっ、と高い音がして肉がぶつかった。
一気に鳥肌が立って肌が熱くなるのが分かる。
そのままの勢いまま抜かれてまた入れられ、俺は頭が真っ白になった。
掴まれていた髪も口の中の指も離され、ベッドの上に重い頭が落ちてがくがくと揺さぶられる。

「は、はぁッ、たか、たかすぎ…」

もう息も苦しくて、体がズルズルとベッドから崩れた。ただ尻を高く上げているだけで、目から自然に涙が出てくる。
高杉ははぁはぁと荒い息だけ吐いて、あとは腰を動かしていた。

「…イくぞ」
「ふぁ、や、なか、は…中は」
「締めるてめぇが悪い」

そう高杉は言っていたが、がくがくな俺はよく理解出来ず意味のない声を上げるばかりだ。

「く…っ」

背中にどさりと何かが覆い被さってきて、それ何だか妙に熱いなぁと思っていたら、本当に尻の中に熱いものが流れ込んでくる。

「はっ! だ、だめだって言ったのに!」
「はぁっ、はぁ…熱ィ」
「え」

叫んでからぐるりと振り替えると、高杉が俺の上から崩れ落ちていた。
そのままどさりとカーペットの敷かれた寝室の床に倒れる。
これは、あれだ……。

「救急車!」

いやでも高杉の、まだ萎えてないし俺はこんな格好だしわぁぁ中から出てきたどうしよう。
わたわたとてんぱっていたが、とりあえず倒れた高杉をくしゃくしゃになったベッドに寝かせることにした。
見た目は軽そうだが筋肉のしっかりついた体は重くて中々持ち上げるのに力が必要で、ベッドに寝かせた頃にはもう汗だくになっていた。

「全く…」

太ももに垂れた精液をようやく拭いてベッドを背もたれに座って、息をつくと遅れたように疲労感が襲う。
はーっと息を吐いて重い頭を抱えた俺は、上で眠る高杉を見た。

(顔だけ王子め)

こんな顔してヤクザの若頭だっていうんだから、今のご時世顔だけじゃ人間は判断できねぇなぁ。こんなんじゃ俺のがそれっぽく見えるし。
一応オデコに貼っている何年前のか分からない冷えピタは、落ちた重そうな前髪と相まって随分幼く見える。
ふふ、と思わず笑ってズボンを探していると、現実離れしたようなインターホンの機械音が鳴った。
はいはいとおっさん臭く言いながらズボンを履き玄関に向かう俺は、はっと気付く。

(高杉のマンションに訪ねてくるって一体…!)

恐る恐る覗き穴を見ると予想は的中して、高杉の部下とは思えないヤンチャなナリをしたお兄ちゃんが二人いた。
面識があることはあるが……正直恐い。

「アニキ、やっぱり若頭ァ近藤のだんなとアレしてんですよ。野暮になんねぇうちに帰った方がいいっすよ」
「うるせぇな。オヤジからの呼び出しなんだ。連れてかねぇわけにゃいかねぇだろ」

しかも何だか聞き捨てならないことを口走っている。
俺は猛烈に恥ずかしくなって、でも開けなきゃ開けないで高杉が困るだろうしで混乱していた。

「近藤のだんな、タフそうですもんね。若頭の尻ぶっ壊れちまいやしねぇですかね。へへへ」

何だって!?

「下卑たこと言うんじゃねぇボケ! もう一回押せオラ」

アニキは常識人はらしい。
それにしたってとんでもない勘違いをしている。
高杉はこのテのそれが一番嫌いなのに。
一人パニックに陥っていると、またしてもインターホンが鳴る。
不自然じゃない間を保って、俺はドアを開けてみた。

「わか…! こ、近藤のだんな」
「あ、こんにちは〜。すみません、お邪魔してました」
「いえいえ! とんでもねぇ。すんませんが若頭いらっしゃいますか?」
「あー、それが」

アニキじゃない方の金髪くんはニヤニヤ笑って一歩引いたとこに下がったが、常識人のアニキは丁寧な口調で聞いてくる。
俺が高杉は熱を出して倒れたのだと説明すると、二人は顔色を変えて勝手に部屋に上がり込んできた。

「若頭は寝室ですか」

アニキが聞く。俺ははぁと曖昧に頷いた。
そうして二人が寝室に行こうとすると、まさに寝室の入口が勢いよく開く。

「てめぇ近藤、逃げてんじゃねぇよ」
「た、高杉!」
「若頭っ、よかった。熱が出たって」
「何を勝手に上がり込んでんだてめーらは。近藤、さっさと来い」
「いやあの…部下さんが何か用事みたいだよ」
「そうなんすよ。オヤジがお呼びで」
「知るか。早く来い」
「それはダメだろ、社会人として」
「あぁ? てめぇまた口答えすんのか」
「シマに関わる大事なお話だそうで…」
「」
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