寒さと切なさ(銀マダ)

大したことねーよと電話の向こうで言っていた声が、あんまり細かったもんで、俺はガラにもなく大層不安になり、またしてもガラにもなくフルーツ(と言ってもバナナ三つ)を買って、例の安アパートに向かった。



◇◇◇



「あれ、銀さん」

同時にケホッと咳をした長谷川さんは、自宅でも掛けているグラサンを珍しく取って俺を出迎えた。
短い眉に細い目。かさついた肌はそれでいて濡れているようにしっとりしていて、思いのほか上気していた。
色っぽいと思う前に痛々しいと思った俺。なんて良心的になったんだろうねェ。

「見舞いなんかよかったのによ」
「見舞いじゃねェ。顔見に来ただけだ」

そう言ってバナナを突き出すと、長谷川さんはハハッと笑って、ありがとよ。そう一言いった。
今にも倒れそうなほどふらついてるっつーのに笑う余裕があんのかと不思議にも思ったが、このひとは元来こういう性格なんだろうな。
バナナを受け取って「うつるから帰ったほうがいい」なんて少し寂しげな顔をしてるアンタ。
ああもう、こんなとこに立たせてたら治るモンも治らねェ。なのに俺はそこに突っ立ったままだった。
寒々とした風が抜ける。
また長谷川さんが咳をした。

「看病してやるよ」
「ぷっ、何その上から目線……」

顔色は悪いのにしっとりと濡れる肌に触れたいと、瞬間的に思ったことを打ち消すために滑り出た言葉に、長谷川さんは少し笑う。
だから俺はマフラーを外して、長谷川さんに巻いた。
何? 優しいじゃん? と茶化す体を押して部屋の中に入る。暖房器具が置いてあるが、スイッチは入っていない。
 
「ンな寒ィとこで寝てたらいけませんよって教わらなかったか」
「節約節約」
「病気のときまで節約考えんな」
「あのね、フリーターのオッサンは結構金回り厳しいの」
「薬は?」

言葉を無視して聞くと、首を横に振る。
俺のマフラーを巻いたまま悪いな、とひとこと言って布団に横になる体は、かなり辛そうだ。

「だと思ってよォ。新八が薬持たせてくれたぜ。飲め」
「……今腹が空だからまだ飲めない」
「じゃあ何か食え」
「戻しそう」
「あァ? 男のクセに軟弱だなテメーは」
「さっきの優しいって前言撤回ね」

横になった長谷川さんはため息をつきながら毛布を被る。
寒そうに丸まって、テキトーに帰っていいからなんてことを言う。
追い出せよ。辛いんだろ。他人がいちゃロクに休めもしねェくせして。

「お?」

他人てのが気に食わなくて、俺は長谷川さんの寝ている布団に歩み寄る。
ぽん、と頭に手を置くと不思議そうな顔がこっちを向いた。

「どうした銀さん」
「ンな寂しい顔すんなよ」
「え?」

寂しいのは、どっちだよ。

「俺があっためてあげるからねんねんしなさい」
「ちょ、何言ってんの銀さん、幼児プレイ的なアレ? ねぇ、今俺風邪だからさ」
「だからなんだってんだコノヤロー」

俺は他人じゃねェ。他人だけど、他人じゃねぇ。

「銀さん体温は低いけど一応人肌よ? あったけェよ?」
「いや、そういう問題じゃなくて」

ああ。

「いんやそういう問題だね」

なんでこんなに。

「ん、でも気持ちいい。銀さん筋肉あんのにやわけェな」
「何ソレたぷたぷって言いてェの?」

こんなに、切なくなる。
半ば強引にこの痩せた体を抱いてから、そういう仲になった。
でもまた恋人ってわけでもねェ。珍しく俺が煮え切れていないというのも原因のひとつではあるものの、長谷川さん自身が壁をつくってる。
俺を未だに客人扱いしてンのも、頼ってこねェのも、全部全部。

「……んーん」
「眠い? 寝とけ」
「んー……」

こっちを向いている目がはっきりした二重瞼になった。
静かに言うと小さく返事をする。眉根を寄せている辺り、まだきついらしい。
代わってやりてェと思う俺も、相当だ。

「ぎ、さん」
「何?」
「うつしたら……ごめんな」
「……うん」

そのまま寝息を立てる。中途半端に伸びた髪に指を絡ませると、小さく寝息が乱れる。
こんな気持ちを抱えたままでよく添い寝なんぞ大それたことができるモンだと自嘲もするが、煙草臭い部屋と煙草臭い体臭に包まれているとどうでもよくなった。
冷えねェようにあっためてやんなきゃ。
そう、思った。

「好き」

本当に。
何でこんなに、好きなんだ。
頼ってくれよ。甘えてくれよ。任せてくれよ。頼むから。
他人行儀の応対なんてモンいらねェんだ。
互いの性感帯も知り合ってる仲だってのに、肝心の心は通じ合ってねェ。
こんなにも切ないことがあっていいのかよ。
大人の、ヤロー同士の恋愛なんざこんなもんだと割り切りたくねェんだ。
頼りたい、甘えたい、任せたい。どうしようもない。
俺、いつからこんな面倒な性格になっちまったんだろうな。

「俺のモンになってよ……」

かさついて熱い頬に手のひらを乗せて、小さく言う。
返事をするように、毛布の中の体が丸まった。






おわり
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