ごめんね(銀マダ)

銀さんは思ったわけだ。
こんな苦しい恋をするのは、もうホントに、これで終いだって。



俺は今、長谷川さんのアパートにいる。
部屋探しでなんだかんだあったけども落ち着ける安アパートが見つかってよかったよ。
最悪ね、万屋に住まわせてもよかったんだけどね、銀さん何するかわかんねェから。
まだまだ現役の二十代ですよ俺。こんな好きな人間が目の前で衣食住。一緒に衣食住。
耐えられるワケねぇって。

「えーっと銀さん、何か用か?」

俺のほうを向いて警戒心なんてモン豆に入れて食っちまったような顔で、長谷川さんはそう言う。
何だよ、用がなけりゃ来ちゃいけねーのかよ、ってさながら乙女のように考えちまうんだわ、銀さんはね。

「んー」

だから平静を装った。
悟られないようにそっと、息をつく。グラサン越しの目が訝しげに細まる。

「べっつに」

そうなんだよ。別に用はねぇんだよ。
アンタに会いたいから来たんですよ銀さんは。
アンタが欲しいから来たんですよ銀さんは。
気付いて欲しいとは思ってる。でも気付いてくれるなよ、とも思ってる。
こういうのなんて言うんだっけ。

「あ、ジレンマ」
「はぁ?」
「ジレンマなんだよ」
「それがどうした」
「しらねーよ」

ますます眉根を寄せる長谷川さんは、それでも俺を追い出すことなんてしない。
分かってるんだ。アンタは鈍い。鈍くて優しくて、それでいてずるい。
マダオのくせに。
マダオならマダオらしく俺のものになんなさいよ。

「なぁ長谷川さんよ」
「あん?」

煙草に火をつけた音が聞こえる。
煙草なんかに構ってねぇで銀さんに構ってくれよ。そんなもん吸うより、俺のを吸ってくれよ。
あ、やべ。下発言は駄目だ。俺一応主人公だもの。ヒーローだもの。

「ヨリとか……戻さねェの」
「突然だなオイ」
「ラブストーリーはいつだって突然なんだぞコノヤロー」
「どのへんがだよ」

どのへんも何も、全部ラブだろうが。
俺から醸しだされる何というかこう、ふわふわしたピンク色のオーラが見えねェのかよ。
俺結構ピンク似合うよ? 桃夜叉でもいいよ?
息を吐いたら、不機嫌だと思ったのか、長谷川さんがひとつ咳払いをした。
つまるところ、俺は。 

「…あんな女のどこがいいんだか」

だからね、ついね。言っちまったワケだ。
だってしょうがねぇ。
あんまりにも両想いでよ、あんまりにもすれ違ってるから見てるこっちはやきもきすんだ。
手ェだしていいのか悪いのか。
頑張って我慢してるんだよ銀さん。超偉い。

「何でそんなこと」
「俺のほうがもっとアンタを好きなのに」

あ。

「……え?」

ああ。

「な、なに?」

やっちまった。

「……」

長谷川さんを見る。
顔が赤かった。手を伸ばすと、びくっと跳ねる。

「ごめん」

構わず指で頬に触れた。そしてその俺の腕を掴む、浅黒い男の手。じんじんと鼓動が聞こえる。その心音全部、俺のモンにしたいよ。
 
「アンタのかっさかさの唇とか、欲しいって言っちゃダメ?」

変わらない表情が出来てるか?
まだ手首は掴まれたまま。心なしかその力が強くなっていってる。
熱が、伝わって。
グラサンの奥で揺れる目が、見えずらいのが難点だ。はずして、そこにもちゅうして、それからそれから。

「も、もう言ってんじゃねェか」
「そうだね。欲しいよ、長谷川さん」
「酔ってんのか?」
「酔ってたらもっとスゴイこと、してたかもな」

それから。

「なぁ」

心臓がばくばくいってる。
オイオイ、ヒーローの名がすたるぜ。こんなオッサン相手にどきどきするなんざ、俺ってばだいぶアブノーマル。
でもいいよ。
気付いたことに嘘はつかねェ主義なんだ、銀さんは。
でもアンタは違うだろ? 俺よりも長く生きてきた中で、無意識になるほど染み付けてしまった。
嘘と、沈黙を。

「銀さん」

名前を呼ばれただけでぞくぞくした。
顔色の悪い長谷川さんが俺の手をぱっと離す。
ダメですよ、隙なんか見せたら。
勢いで形勢逆転。今度は俺が手首を捕まえた。逃げを打つ太い手首をがっちりと掴んで、引き寄せる。

「うわっ」

上半身だけが傾いで、俺の腕に圧し掛かった。
ふわりと香る煙草のにおい。

「ぎ、銀さ」
「ごめんね」


この意味が、わかるだろ。





おわり
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