犬も食わないなんとやら

「え?」

そりゃあ、驚いたってもんじゃない。
俺はまさに豆鉄砲くらった鳩みてぇに、くちをあんぐり開けてトシを見返してしまった。
二週間前にずっと抱いてたトシへの気持ちをぶちまけて、それを受け入れられて、俺はすっごくうれしかったのに。
さあいざ! ってときだった。
額とか鼻とかにくちづけて、緊張の初キッスも終えて、いよいよそれ以上をしようという瞬間。

『俺が上でいいんだろ?』

……。
あれ?
俺の一世一代の告白を受け入れてくれたってことは、俺に抱かれてくれる覚悟もしてくれたんだって勝手に思ってた俺は、目を真ん丸くした。
そもそも俺は妄想の中で何度も何度も、もう数えきれないくらいトシをヤっちゃってるわけで(しかもスゴいやつを)だからまさか俺がヤられる側だなんてことはイメトレさえしてないし、大体いやだ。
俺はトシを抱きたい。

「近藤さん」
「あ、いや…あの」
「大丈夫。優しくする」

いやいやいや。それぼくの台詞ですから。
ぼくが君を優しくするんですから。

「…あのさ、トシ」
「ん?」

なっがい睫毛の下の目が、俺を熱っぽく見る。
うわあ近くで見てもイケメンだ。肌綺麗だなぁ。同じ洗顔使ってるくせに。

「俺はさ、健全な男なワケよ」
「? 知ってるけど」
「だからさ。その、なんつうか…俺も上がいい」

思い切ってはっきり言ってみた。近かったトシの顔が離れていって(といっても十センチくらいしか間がないけど)じいっと俺を見ている。
ぐさぐさと刺さる視線に思わず目を離したら、顎を掴まれて無理矢理目を合わせてきた。
何だか女の子にするみたいなその行動が妙に恥ずかしくて、俺はトシの手首を掴む。

「あ、の」
「普通可愛い方が下だろ」
「かわ…間違っても俺は当てはまらないと思うけど」
「いいや、あんたは可愛いよ」

こいつ、こんな奴だったっけ。
俺は普段のトシを思いだそうとして、失敗した。
どうしよう。このままじゃ俺はトシにヤられてしまう。

「ちょっと待って。ちょっとでいいから」

グイグイ押してくるトシの肩を押し返して落ち着けよと言ってみるが、こいつも普通に大の男なわけで。
力いっぱい抵抗するがトシも力いっぱい推してくる。
ぐぐぐと暫く一進一退の勝負(?)が続いて、ようやくトシの力が抜けた。

「何だよ」
「いやそれ、俺の台詞じゃないの」
「キスまでしたのに」

あああどこまで噛み合わないの俺とこいつは!
頭を抱えた俺は、腕なんか組んで不満そうにしているトシを見る。
…何してんだ俺達は。

「トシは俺を抱きたいわけで」
「ああ」
「俺もトシを抱きたいわけで」
「……」
「目を逸らすなっ」

ジト目のトシは眉を根を寄せて俺の顔の下辺りを見ていた。
そんなんだから俺もちょっと意地悪したくなって、ぽそって言ってみる。

「トシって、俺の体が目的なんじゃないの」
「なっ」
「だっておまえ、いきなりなんだぞ。俺が言わなかったら一生こんな関係にはならなかったのに」

…我慢してたのが一気に流れ出すように、俺の口はペラペラ喋りだした。
やめとけって頭の中でもう一人の冷静な俺がサイレンを鳴らしてたけど、マシンガンになったように俺は尚もいらん事を言ってしまった。

「近藤さん」
「ああそっか。女には飽きたんだ? 面倒だもんね。俺なら妊娠する心配ないし、どっかに漏らされる心配も、」

ばしん、と音がして、次にほっぺたが熱くなる。
右の方に振ったあとのトシの手も見えて、ビンタされたんだと気付いた。
トシが俺を殴るなんて日常茶飯事だけど(こるも何だか悲しい)ビンタなんて初めてされた。
案外ショックを受けたらしい俺は、ドラマによくあるようにぶたれたほっぺたに触れる。

「……」
「あんたが言わなかったら?」

最初、トシが何を言ってるかわかんなかった。
呆然としてみてると、トシは「はっ」なんて言って額を手の平で覆う。

「それ本気で言ってんのか」
「だっ…て」

トシの声音がすんげえ怖くなって、俺はちょっと逃げ腰になった。
さっきまでバカやってたのに急に空気が底冷えしたようで、内心トシを罵ったけどそんなこと当然本物のトシには言えるわけもなく。
ぎらぎらした目で俺をみる顔を正面から見れなくてちょっと目を逸らしたら、またもや顎を捕まれた。
今度はちょっと乱暴にがっしり掴まれて、情けないことにびくっとしてしまった。

「トシ、あの」
「黙ってな」
「え、む!」

結構な勢いで顔がぶつかってきたけど、やっぱりイケメンは技術も違うのかちゃんと唇にクリーンヒットする。
ぷちゅ、となんかいやらしい音がして俺はトシにキスされていた。
しかもさっきした初めてのキスより、大分……濃いやつ。

「んんっ、んぅ」

舌が絡み合って、唾液が弾ける音がして、俺の頭もアホになりつつあった。
気持ちいい。こいついつこんなこと覚えたんだ。ああ、こいつはもう27だったっけ。
あれ、俺はいつ大人になったっけ。
あれ、何で俺はトシに押し倒されてんだっけ。
あれ、確か俺はトシを抱きたかったはず…。
あれ?


◎◎◎


「あっうぁっ、やだっ」
「嫌じゃねぇだろ。気持ちいいくせに」
「おまっ、コレ…! 俺は女じゃないぞ!」

動かない腕を必死にこねくりまわして叫んでみても、トシはさっきのぎらぎらした顔のまま「知ってるよ」と言った。
あろうことか俺の腕を縛っているのはトシのしていた帯だ。

「やめろって…っ」
「嫌だ」
「うわっ、ソコだ、だめ」

乳首の辺りを露骨にエロく触られて、変な声が出る。
くそ、俺だって俺だって…。

「おっ、俺だってトシに触りたいのにっ」
「…ああ、その台詞キた」

だから! もうダメだこいつ!
このままじゃ本気で俺はトシに……そこまで考えて頭の中でトシに突っ込まれている自分を想像した。

「うえっ」
「なんだ、失礼だな」
「だっておまえ、本当に俺を抱けると思ってんのかよ! 俺に突っ込むんだぞ!」
「ああ」

んなサラッと…。

「あんた言ったな。自分が行動を起こさなけりゃこうはならなかったって」

いやらしい手の動きはそのままで、トシは低く抑えた声で言う。
その手がついに臍の辺りまで降りてきて、くしゃりと毛を撫でた。何だかぞわっときて、でもそれが変なかんじじゃないのが嫌だった。
こうするのは俺のはずだったのに。

「…俺はな」

いよいよパンツに手が届いてしまって、俺は目をつむった。そしたら目ェ開けろと有無を言わさない声で言われて、俺は咄嗟に開けてしまう。

「トシ」
「あんたが俺に告白してきた夜に、こうするはすだったんだよ」

え?

「真剣な顔して、なのに泣きそうで…すげぇそそったけど我慢した」
「わ、ぅあ」

固くなりつつあったそこを、トシが触る。
その衝撃に勝るとも劣らない衝撃の言葉に、俺は更に混乱してしまった。
だってそんな、ちっともそういう素振りなんかみせなかったくせに。
むしろ何で俺の下でこんな優秀な奴が働いてんだろうって、トシは本当にここでいいのかなっていつも思ってた。

「あんたが言ったように、体が目的なんだって思われたくなかったから」

きゅ、とトシの手がやわやわと触る。

「あっ」
「なのにあんたは、俺の気もしらねぇで…」
「だ、だって、そんな、」

分かるわけないじゃんか。おまえみたいに器用じゃないし、頭もよくない。
考えても分からないから答えを見つけるために告白したのに、逆に難問をぶつけられたって解るわけないよ!

「言ってくれればよかったのにっ」
「言ったら言ったで、同情で頷いたんだってあんたは思うだろ」

お、思うかも…。

「時期を待ってたんだ、俺なりに」
「でも、でも俺は」
「諦めろ。俺の方があんたを好きだ」

うわっ! 何てこと言うんだこいつ!
ばふんと音までしそうな勢いで俺は赤くなった。
しかも不覚にもカッコイイとか思ってしまって、きゅんとときめいた自分が恨めしい!

「優しくするから。な」

同じことをまた言って、トシは動きを再開した。
優しくするなんて、そんなそんな……!

「イヤァァァ!!」

無理でした。


◇◇◇


ヒソヒソと隊士の噂話が聞こえる。噂の原因は俺の横でいつにも増して不機嫌オーラを撒き散らす男だ。

「てめぇら」

ひっ、と誰かが息をのむ。俺の予想じゃ山崎あたりだと思うが、部屋の空気は更に重く冷たくなっていく。
今日の副長なんなんだよ、と皆の心の声が聞こえてそうだ。
その、原因の副長の顔には、くっきりと頬を殴られた痕がある。
まあ……つけたの俺なんだけど。

「さっさと意見を言いやがれ」
「ま、まあトシ、もうちょっと考えてみようぜ」
「そうですよ。いつまで生理前の女みてぇにイライラしてんですか」

そーちゃん! 君は火に油を注ぐプロか!
トシが何も言い返さずに「チッ」と舌打ちをしたときは、大体マジギレしている。
案の定、ご機嫌斜めの副長は怖い顔をして舌打ちをした。

「あ、あーそうだ。ちょっと用事を思い出した。いいか、トシ」

思いっきり棒読みだったが、トシは素直に立ち上がってくれたから内心ほっとする。
部屋の空気が一気に軽くなるから、口の中でごめんなぁと呟いて部屋を出た。

「あの、あのねぇトシ。仕事にプライベートを持ち込むのはさぁ」
「へえ、俺達にプライベートなんかあったのか。初耳だな」

怒ってる。これ以上ないくらいに怒ってる。
そりゃ拒んだのは悪かったけど、だからってずーっとこんな態度取られたらどうしようもない。
ここはガツンと言ってやろうと口を開くと、トシの方から声が聞こえた。

「殴られたのは別にいい。百歩譲って、拒まれるのも理解はできる」
「……」
「でもなぁ、だからってあの叫び声出してからのサヨナラはねぇだろ」
「う…」
「女連れ込んだ俺が無理矢理迫ってぶん殴られたみたいな噂が広がってんじゃねぇか」

ぐうの音も出ない。
あのあと、トシをぶん殴って逃げた俺は、朝まで眠れず結局会議室でじっとしていた。
俺の一発の当たり所が悪くしばらくトシがノビているうちに、そんな噂が出来上がってしまったらしい。

「ごめん」
「ま、あんたの身の振り方次第で許してやらなくもないけどよ」
「はあ。身の振り方?」

もう一つ先の部屋まで行って、トシは腰を下ろして言った。
不機嫌そうに頭をがしがしやっている姿を見ると、自然に正座になっている。
何を言われるのか身構えていたら、トシはびしっと人差し指を立てて言う。

「あんたが下になること」
「下?」
「ああ」
「……なんの?」
「セックスの」

ううっ、そうきたか。トシは腕を組み明後日の方を向いてその後も何事か呟いていたが、最後に少しこっちを向いて、

「どうする?」

と聞いてきた。
…どうするも何も。

「わ、かった」
「本当か?」
「男に二言はない!」

もうヤケだと勢い勇んで言った俺に、奴はにやっと笑った。人の悪いその笑みは、俺でさえ見たのは久しぶりで何だか悪い予感がする。

「あんた明日、休みにするから」
「え、何で?」
「多分明日は足腰立たねぇだろうからな」
「は?」
「今夜、昨日のリベンジ」

……。

「はあああ!?」
「昨日はお預け食らった上に殴られて、挙句隊士達に妙な目で見られたんだぜ。それくらいはなぁ」

人の悪い笑みはだんだん確信に満ちた表情に変わってきて、はめられたと思ったときにはもう遅かった。
詰め寄ったトシから視線をはずすと、昨日みたいに顎を掴まれて正面を向かされる。



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