こいにおちて R

「ごめん」

俺を見下ろす二つの目は、欲に濡れて爛々と光っている。
顔の横にある右手は少し震え、早鐘を打つ鼓動すら聞こえてきそうだ。
ごめん、ともう一度呟かれた声は、限りなく弱々しくて頼りない。

「ごめん、トシ…」

謝るなよと言いたかった。でも声は出なかった。
その暗く澱んだ瞳に圧倒されて尚、俺は歓喜に奮えていたのだ。
いつか言うのかどうか俺自身にも分からなかったが、それでも諦められないことだけは気付いていた。

「俺、おまえのこと、変な目でみてる」

だからこれは、俺にとって都合のいい夢か、もしくは近藤さんがよくやる悪戯か。
そんなもんじゃないことは、もちろん充分解っていたが。
俺の左手首を拘束する近藤さんの手は震えていた。怖がるなよと頬を撫でたいのに、わななく頬は外気に曝されてその熱をなくしていく。

「ごめん、ごめん。もう我慢できねぇんだ」

掠れた声は苦しげだった。う、と俺の喉が勝手に声を出している。
喉元を這う舌にぞくっと鳥肌が立って、目眩すらした。あれだけ切望し、次の瞬間には触れてしまいそうな自分を殺していた日々が脳裏によぎる。

「気持ち悪いよな。ごめんな」

俺の鳥肌に気付いたのか、泣きそうにまた謝られた。
違うんだ、そんなんじゃない。俺だってずっとこうしたかった。
でも、声が出ない。否、出せなかった。口の中の異物は近藤さんが持ってきた手ぬぐいだ。
無理矢理突っ込まれて、出そうにも舌で押しだせない位置にあるそれに言葉の排出を拒まれている。

「ぐ、う」
「今日だけ、だから。犬に噛まれたとでも思って…」

無理だ、そんなの。あんただって十分分かってんだろ。今の時点でもう、俺たちは元に戻れやしない。
――そうはいっても、戻りたいとは少しも思わなかったが。
勃起しているそれを押し付けられて胸が高まる。
その恥態が見たくて頭をあげると、近藤さんは慌てたように俺の目を見た。

「…っ」

月明かりにぼやける瞳は揺れて、今にも滴を溢しそうだ。
アドレナリンが大量に出ていくのが自分でわかる。触りたいと、もっと見たいと欲が広がった。

「そんな目で見るなよ」

自分がどんな目をしているかは分からないが、近藤さんが苦しそうに言うからそれは勘違いだと伝えたかった。
ぐす、と鼻をすする音がして、近藤さんは俺の上からどく。
何をするかと思えば、半分とれかかっていた自分の帯で俺の腕を縛った。呆然としていると、いきなり下半身の方に顔が向くから驚いた。

「ん、勃ってる…」

思わず漏れた、といった風情の低い声が聞こえて、それから春のまだまだ冷たい外気に自身が晒された。
歓喜に震えた吐息も触れて、どうにかなりそうだ。息があがる。
みたい。あんたが俺のをくわえてる瞬間を。

「ふっ、は」
「う」

顔をあげると、もう壮絶だった。月明かりの拙い明かりでさえ、焼き付いた光景ははっきりと脳内に残る。
暗い色の舌がちろ、と俺のもんに触れてはじめて、視覚と体が突然リンクした。
濡れたそれの感触はいやに生々しく、涙が溜まる。あの近藤さんが、どれだけ望んだか分からない温度がそこにあることが信じられない。
だんだんと激しくなる口淫は、近藤さん自身歯を立てないようにしているのか、快感しか生まなかった。
今までされたどんな行為より気持ちいい。

「うッ、く、ふぅっ」

声を抑えきれないなんて初めてだ。手を伸ばしてその肌に触れたがったが、拘束されている腕がきしむばかりで。

「んん、ぐぅ」
「う…ぅう」

ジュッと粘る液体を吸う音がして、快感が脳天まで突き抜けた。
いつもの月明かりがもどかしい。もっと近藤さんの顔が見たかった。
ぐんと質量を増す俺のものが苦しかったのか、くぐもった声をあげるのがいじらしい。
そしてふと気付いた、近藤さんの右手があらぬ場所にある。

「だって」

俺の視線に気付いたのか、近藤さんは慌てたように言った。

「ほぐさなきゃ…入んない…」

こいつが自分で自分の穴を解しているなんて信じられない。何よりも男らしい自分を好んで、何よりも男らしくあろうとしていたこの人がこんなことをするとは。
ショックにも似た衝撃が理性の部分を刺激した。
腕を引くと縛りが甘かったのか、簡単に拘束が外れる。

「ごめん」

また悲痛な謝罪が聞こえた。
だが右手の動きが止まることはなく、むしろぐちゃぐちゃと水音が増した。
ぐ、と手を伸ばす。帯は呆気なく布団にばらけ、両腕は自由になった。
唾液を吸ってすっかり重くなった手ぬぐいを取り出すと、歯に当たる感触にぞくりと震える。
近藤さんは口淫と後ろを解すのに夢中で、俺には気付いていないようだった。

「んぐぅっ、ふあ」

意外にも長い睫毛に涙をつけて、ゆっくりと俺のを舐める舌はかなりいやらしい。

「近藤さん…」
「!」

びくっ、と近藤さんの肩が跳ねる。
思わず出た声にしまったと思ったが、こちらを向く顔にそれも吹っ飛んだ。

「ト、トシ」

普段の近藤さんからは想像も出来ないような情けない声がして、ずざっと畳を擦る音がする。
今まで寛げていた着流しの襟を隠すように持って後ずさる姿に、嗜虐心を煽られるように興奮した。

「あ、み…みるな」
「近藤さん」
「ごめん、ごめんっ」

未だねばついた液体を手に残したまま頭を抱える近藤さんは、涙声で謝りながら部屋の隅まで移動する。
それを無言で追いかけ、今度は自分の乱れた帯を取って近付いた。

「我慢できなかったんだ…! だってお前が! トシがっ」

ついに決壊したように言葉を紡ぐ近藤さんは、涙声というか泣きながら手を振り回している。かなり混乱しているようだったから、優しく髪を撫でた。が、近藤さんは怯えたように身を竦ませて泣いている。

「俺がなんだって?」
「うぅ、ちがう」
「違わない。俺に抱かれたかったんだろ」

頭を抱えたままの腕を取り、迫った襖に押しつけると抵抗らしい抵抗も見せないまま伏せた顔から涙を溢した。
羞恥と後悔、自責でいっぱいなのだろう頭の中は、きっと恐慌状態に違いない。
意味のない単語をつらつらと言って力無く項垂れている。

「…抱いてやろうか」

我ながら最低だな、と思った。
近藤さんの想いに付け入って、隠した本心すら暴くこともなく与えてやろうというこの魂胆には自分で呆れる。
でも、止まらなかった。
この人が自分を抑えきれなかったように、俺もまた欲を抑え込むことはしない。

「あんたの中にさ、俺のコレ入れて。突きまくってイかせてやるよ」

卑猥な言葉を口にして震える頬に唇を近付ける。
直接触れているわけでもないのに、焦れたように熱さを感じる皮膚が甘く疼いた。


◇◇◇


「だめ、だめだよ…トシっ」

戦く声は、耳に滑り込むたび新たな熱を引き出して、目が霞む程興奮している自分がいる。
口の中のそれはぐんと嵩を増して、大量の先走りを迸らせていた。

「ぅああっ、はぁ、あ」

中に埋め込んだ指を包む肉壁はまるで女のそこのように蠢き、俺の指を食い千切らんばかりに締め付けている。
上を見上げれば弱りきった近藤さんの顔が見えた。髭まで垂れた唾液は喉まで濡らし、上下する胸と相まってひどく扇情的だった。

「あッ、あぅ、う」
「…足閉じるな」

最早意味のある単語は出てこないのか、揺れる瞳は欲に染まってぐらぐらと煮えている。
抵抗はする気もないようだが、腕は後ろ手に縛った。
ともすれば無意識にか閉じようとする足を押し留め、口と指でなぶる。

「何でお前が…ッ」
「今更だろ」

言いながらズッ、と指を他の部分より硬い部分に這わせた。

「っあ!」

壁に半分凭れていた顎が上に跳ね上がる。
びくっと動いた中心から口を離すが、痙攣するように震えるそこはますます濡れそぼった。
指を折り曲げ、しこりをしつこく撫でると、近藤さんの呼吸が荒く激しくなっていく。

「や、だっ、そこ…あぁっ」
「気持ちイイか?」
「わかん、なァっ、ぅあ」

どくどくとうるさい音が自分の鼓動だと気付くまで、ゆうに五秒はかかった。
ひっそりと自慰に耽る姿を垣間見たとき、圧し殺すまでもない声に息だけを詰まらせていた近藤さんは、今はそれすらままならず開けっ放しの口から喘ぎ声を漏らしている。
そうさせているのが自分だと思うと、それだけで理性は溶けていった。

「なぁ、指だけでイけるんじゃねぇか?」
「そんっ、イけない」

肩で息をしながら必死で言う様子が可愛くて、もっともっと泣かせたくなる。
狭い穴にはすでに三本の指が入り込み、中を犯しながら甘く熟れる前立腺を刺激してやった。

「ひっ、だめ…っ」

塗り込む先走り以外のぬめりも加わって指を出し入れしやすくなる頃には、近藤さんはもう何をされてもどこを触られても感じるようになっていた。

「はぁっは、はっ」
「辛そうだな。まだ一回もイってねぇし」

とろけそうな瞳をぼーっとさせて、近藤さんは小さく頷いた。
まだこちらの声を理解するくらいの理性は残っているらしい。

「イ、イかせて…」

わざとポイントをずらして指を動かすと、儚い声をあげて焦れたように腰を揺らす体がたまらない。
混沌とした頭の中を支配するのは、もう近藤さんを抱きたいという欲求だけだ。
これほど強烈に性欲を覚えたのは久しぶりだった。
情けないくらいに息があがる。

「なァ、もう、入れていいか」
「う、うん…っ、トシの欲しいっ」

性急にねだられて一気に欲が爆発した。
重い足を持ち上げ、ずっと解してぐずぐずになったそこに自分のものを宛がう。
ぼんやりと青白い部屋に浮かぶ近藤さんは、こういうのもおかしいがとても綺麗だった。
何か神聖なもののような気もして、手を伸ばす。何の目的もなく伸ばされたように思えた俺の手は、肩にあるもう塞がって引き吊れた皮膚になった銃痕に触れた。

「トシ」

熱に浮かされた声が、合図だった。

「ぅあっ、あ!」

ぐちゅっと空気と水気の弾ける音がして、一番太い部分が中に入る。
ぎちぎちと締め付けるそこは指で感じるよりも更に熱く、拒絶の動きが顕著だ。

「…狭いな」


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