だから俺は、 R

気付いたときには遅かった。ありえないと何度拒絶しても無理で、深みに入り込んでいく。
そしてそれが決定的になったのは、近藤さんが暗殺されかけた時期だった。



「敏感になるのは分かるけどよ、トシ」

苦笑した顔で俺を見ながら近藤さんが言うから、何を言い出すか分かって俺は眉をひそめる。
俺が腑抜けになっちまってるうちにあんなことが起こって、敏感にならない方がおかしい。

「さすがに二人ともいったらマズイだろ」
「駄目だ。小峰と旭山があんたを守れるとは思えねぇ」
「そういうことを言うんじゃないの」

パトカーに早くも乗り込んでいる二人は、何事かとこちらを覗き込んでいるが、外の会話までは聞こえていないはずだ。
近藤さんは奴らにひらひらと手を振ってひきつった笑顔を張り付けている。

「どうしてもっていうなら俺が代わる。あんたは屯所にいろ」
「シフトめちゃくちゃになっちゃうじゃん。総務課がまた泣くよ」
「じゃあ無給でいい」
「…あのねぇ」

呆れ半分でパトカーに肘をついた近藤さんだが、俺が真剣な顔のまま腕を組んでいると、ひとつ息を吐いた。
そしてそのまま助手席を開け、頭を突っ込む。

「ごめんアサヒ君、今日はトシと代わるからさ…あの、あとで包むから、総悟のお土産頼めるかな…」
「いらねぇよ。何考えてんだ」
「あ、ちょっ、小峰君も! 頼むね!」

更に言い募る近藤さんを押し退けて助手席に乗り込み、「はい」と手を上げた旭山をはたき、バタンとドアを閉める。
複雑な顔をしながら見送る近藤さんに、窓を開けて「大人しくしてろよ」と叫んだ。
はいはーいと間延びした声が返ってきて、俺ははーっと肩の力を抜いた。

「ったく、少しは自覚しろっつの」
「…副長も大丈夫なんですか?」
「俺の心配してる暇があんなら目ン玉剥いてろ。これ以上醜態さらせねぇぞ」
「はあ」

ハンドルを切る旭山が辛気くさい返事をしている間にも、屯所は後ろに遠ざかっていく。
バックミラーを見ると近藤さんはまだ駐車場に立っていた。
俺は財布を確認しだした後ろの小峰を睨み付けてから、再びため息を吐き出した。


◇◇◇


「えーじゃあこれも松永が注文するってことで、全事案解決だな」

幹部会議の終わりを告げる近藤さんのでかい声が響き、部屋の中は休めモードに移行する。

「あ、あと最後にひとつ。いいか?」

が、近藤さんはあぐらをかいたままやや抑えた声で言った。
その神妙な様子に周りは慌ただしさを消し、正面を向き直る。
近藤さんは頭をかきながら、どうにも言いにくそうに言葉を濁した。

「あのな」

改まった顔に固唾を飲む辺りは、しんと静まり返っている。
かく言う俺も予定になかった発言に何を言い出すかと、胸中穏やかではなかったが。

「その…俺はさ。皆の知らないところで勝手に死んだりしねぇから、だから…あんまりそう心配すんなよ。俺は大丈夫だから」

はは、なんて乾いた笑いつきで呟くように絞り出された言葉はまるで俺に向けられたように思ったが、幹部連中全員複雑な顔をしていた。
なるほど、過保護なまでに近藤さんを案じていたのは、俺だけじゃなかったか。
微妙な空気が流れる中、最初に沈黙を破ったのは、やはりというか奴だった。

「証拠でもあるんですかィ?」
「…証拠は、ないけど。信じてもらうしか」
「伊東クソヤローの件で全員気づいたンでさァ。うかうかしてたら、本気でてめーらの大将のタマとられちまうって」
「総悟、俺はそんなにヤワじゃないよ。ちゃんと」
「ちゃんと、怪我一つなく五体満足で帰ってくるって? 保証もねぇのにどうやって信じろと」

総悟は腕を組んで、真っ向から近藤さんに意見している。俺が散々言っても聞きゃしなかった近藤さんは、眉を下げて心底困ったような顔をしていた。

「正直俺ァ最近、アンタが死ぬ夢をよく見るんです」

夢見が悪いと青白い顔をして起きてきたのは、確か一日や二日じゃなかったと思い出した。動乱で、皆が皆思ったんだろう。
一番大事なときに俺という穴が空いて、迷惑もかけた。もし俺がまともだったら、違う結果になったはずだ。その点の後悔はもう、してもしたりない。軽率な自分を律するために前以上に鍛錬もしている。
なのに、不安は消えない。総悟の言う通り保証でもない限り、この不安はずっと付きまとうんだろう。
総悟は相変わらず近藤さんを見据えたまま、厳しい目をしていた。

「でも、それでも俺は死なないよ」
「近藤さん!」
「総悟の気持ちも、皆の気持ちも解ってるつもりだ」

そんな総悟と対照的に、近藤さんは静かな目をして話し出す。

「でも俺は死なない」
「どっからそんな自信が」
「とにかく!」

更に言おうとする総悟を遮り、腿をぱしんと叩いた近藤さんは完全にいつもの顔に戻っていた。

「まだ片付いてない案件もたくさんある。今まで以上に気を引き締めていこう」

それだけ言って立ち上がり、刀を腰に据えて伸びをする。総悟はまだ何か言いたげな顔をしていたが、こうなった近藤さんには何を言っても聞かないと知っているのか、不機嫌そうに舌打ちをしただけで終わった。
終始黙っていた俺は、近藤さんに倣って立ち上る。

「各自部下に伝えておくように」

それだけ言って静まり返る部屋を辞した。


◇◇◇


ふーっと煙を吐き出して、遠くを見る近藤さんの隣に行って、俺も煙草を取り出した。

「…お前が一番、言ってくるかと思った」
「総悟が全部言っちまったからな」
「ふぅん。でもエラく静かだったじゃん」

縁側は驚くほど平和で、雀が長閑に虫をつついている。
この人が煙草を吸うのは、大概何かを抱え込んでたり、ストレスを感じてるときだ。
しかもその姿は、ヘビースモーカーの俺から見ても――隠し続ける感情を差し置いても、絵になる姿だった。

「言っても無駄だからな。ゴリラのミソじゃあ理解も難しいだろ」

は、と笑いながら言えば「ひっでぇな」とこちらもまた笑いながら言う。
大気の動くけたたましい音がした。
もうすぐ雨が降るだろう。

「総悟のあの目…昔々の誰かさんみたいだった。びっくりしたよ。いつの間にあんなに成長しちゃったんだろうね」
「俺らが年とるはずだな」
「ハハハ。やだねぇ、おっさんになるの」
「あんたは充分おっさんだろ」
「ひでっ! なんか今日のトシSくさくね?」
「意趣返しだよ。どっかの誰かが苦労させるから」

二人分の煙は空気中をたゆたって、今日も環境と肺を汚染していく。
それなのにこんなところでぷかぷかやって、一体何をしてんだか。

「守ってくれんだろ」
「……」

ああ、全くこいつは。
さらっと言ってくれるなよ、くそったれが。
しかもそれが間違いでないから、何も言い返せない。
普段何にも考えてないように見えてどこにそんな思考を讃えてンのやら、大将の器じゃねぇとあんたは言うが、充分素質アリだ。
俺でさえこの通り。

「守るさ、もちろん」
「かっこいいなァとーしろーくん」
「まずはストーカーをやめろよ」
「む、ストーカーじゃないからね俺は!」
「ああそうかい」

信じてねぇなと呟いた近藤さんは、それでも楽しそうに煙草を吸っていた。


◇◇◇


「げほっごほっ」
「…何やってんだてめーは」

ぎろりとこちらを睨む二つの目は、会議室よりも更に爛々と輝いていた。
その手には煙草が握られている。――近藤さんが吸うものと同じ銘柄のそれは、甘い香りとは裏腹にとんでもなく吸いにくい。
近藤さんは体質だけなら、俺よりも煙草が吸える人間だった。

「頭にマスタードが詰まって死ねよ土方」
「ったく、無理して吸って大事な近藤さん泣かすなよ」

俺がこいつの部屋に来たのは一体いつぶりだろうか。
まあ、仕方ないだろう。滅多にこいつが自室にいることはないから。

「近藤さんはアホだ」
「かもな」
「何も分かってねぇ」

最近のこいつは、若い時分を思い出させていけない。
煙草をグイグイ足で押し潰して、総悟は眉根を寄せていた。
どいつもこいつも、俺はいつまでフォロ方でいればいいんだ。

「ほらよ」

俺は小峰が結局買いやがった生菓子の小さい菓子折りを、総悟の頭に載せる。
するって奴の顔面を滑り落ちたそれは、器用にも膝の上に落ちた。
無言のままそれを手に取った総悟は、誰から贈られたか瞬時に分かったらしく、ぎゅっと四角い箱を掴む。

「茶を淹れて待ってるんだと」
「……」

今だけはお前に譲ってやるよと心の中で呟いた俺は、奴の隣に放ってあった煙草を取った。
特に抵抗もせず固まっていた総悟は、突然顔を上げたかと思うとジ〇リのキャラかよと疑いたくなるような転げっぷりで廊下を駆け抜けていった。

(まだ子供だな)

あの頃の俺は果たして、あんな風に自分に素直だっただろうか。
随分翳った空は、今にも泣き出しそうだった。
見上げて、縁側に座った俺は煙草をまじまじと見る。
声に出して銘柄を読むと、鼻の奥にあの甘い匂いが漂うような気がした。

(駄目だな。全然駄目だ)

あの頃の俺がもっと素直にあの人を求めていたなら、今頃きっと…良くも悪くも、違う現実があったのにと思えば思うほど焦燥も募り理性も磨り減っていく。
遅すぎたんだ。気付くのも、理解するのも。
もっと求めたい。もっと互いに、そういう意味で熱を高め合いたい。

「ふー…」
「あれ、副長。珍しいところにいますね」
「山崎かよ。総悟ならいねぇぞ」
「え、マジすか。局長んとこにはいなかったのに」

今いったからすれ違ったんだろ、とは何だかイラついて喋る気にならなかった。
山崎は書類を翻し、「冷えますよ」と一言いって去っていく。
その背中が、何故かいつか見た若い近藤さんに被った。山崎のくせにと呟いて、守ってやると、守り抜くとも呟いた。

「死なせねぇよ」

だから俺は、ここにいる。




おわり










あとがき
うわー総悟以外羅漢の勢いで悟ってますな!
もっともっと人間な彼らを書きたかったんですが…久々のトシがっつり桃色片想いが書けて楽しくもありました。
今度は近藤さんを困らせたいですね。

笙さん、すみませんなんかへんなかんじになりました(^o^)/
次はドロドロギラギラな土方さんをば書きたいと思います(笑)


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