適当ハロルド

 異端審問官でもあり、悪魔祓いであるハロルドは年中世界を飛び回っている。よって聖誕祭どころか、シェイアードにいる事すら稀だった。よって、この時期に法都にいるのは本当に久しぶりだ。
 ハロルドは一人、大聖堂にいた。警備を任されているからである。誰の命令でもない。彼自身がアルノルドに申し出たのだ。本来なら聖騎士や悪魔祓いの役目であり、ハロルドほどの人物が直々に、ということはまずない。

 それでも許可されたのは、今夏の一件があったからだろう。聖霊祭の最中に現れた者達――逆十字。その中心であった契約者が消えたとは言え、油断は出来ない。
 彼らは縦ではなく、横の繋がりを持っている。それに、今は大した脅威にならずとも、その存在だけで人々に不安を与えるだろう。女神の使徒として、それを許すわけにはいかないのだ。

 聖誕祭の準備は滞りなく、聖堂内は質素ながらも飾り付けられていた。魔術によって作り出された明かりは暗すぎず、明るすぎない。壁や天井に描かれた絵やステンドグラスが仄かに浮かび上がるよう。
 まだ朝も早い時間だが、悪魔祓いたちが忙しく走り回っている。それだけ逆十字を警戒しているということだろう。教皇アルノルドが姿を見せる上に、数年ぶりに聖人の儀式が行われるのだから。ピリピリするのも仕方ない。そんな中、のんびりしている(少なくても表面上は)ハロルドだけが浮いているようだ。

 普段は黒の聖衣に身を包む彼も、今日ばかりは儀式用の白の聖衣だった。金糸、銀糸によって複雑な刺繍が施された聖衣は、見習いのものより更に装飾が多い。
 胸元にはいつも通り、銀の十字架が煌めいている。純白のストールをかけ、ミトラを被ったその姿は正に聖人と言えよう。他の者たちとは雰囲気が違う。本人がどう思っているのかは分からないが。

「一応、問題はなしかねえ。あいつらのせいで仕事増えるって」

「ぼやくなよ」

 独り言に答える声。どこか呆れたようであり、咎めるようでもある。
 振り向く必要もない。葡萄酒色の髪を弄りながら、適当に返事をする。

「そりゃあ、悪うございました。マクレインさん」

「別に咎める気はないさ」

 くつくつと、喉を鳴らして笑ったのは、女性と見紛うばかりの美貌の青年だった。長い髪は、明かりを受けてさながら銀糸のように煌いている。菫色の瞳は宝石のようで、白の聖衣を纏った姿は麗しく、ハロルドでなければ見惚れていただろう。
 ハロルドが聖人ならば、彼は天の御遣いか。

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