過ごした時間は、嘘にしたいから アラウディ×ジョット 捏造


――床に投げ捨てられた数多のボトル。
ジンやウオッカなど、どれもアルコール度数が高いものばかり。
ベッドのスタンドだけを点けた部屋の中では、棚に寄り掛かった主が浴びるように酒を飲んでいた。
ベッドの上には新品のスーツが無造作に投げ捨てられ、横には書類が散らばっている。
書類については、明日の式における日程を事細かに記入したものだ。



「結婚おめでとう、ジョット」



前触れもなく、つまりはノック音もなく、祝辞と共にドアが開かれた。
ところが寝室を訪れた青年は、即座に銀色の瞳を細める。
今までの経験上、多少の散乱具合は覚悟していた。
しかし、部屋中に漂う酒の匂いと、まるで空き家にでも入られたかのような状態は想定外だった。
――自然と、青年の口元に笑みが浮かぶ。


「ねえ、そんなに飲んで大丈夫?」

「……」


主は答えず、ただ手元にあったグラスを傾けて残りを飲み干した。
無視されたことに不機嫌を覚えた青年だったが、主が何も聞こえていないことには気づいていた。
目も虚ろで焦点が定まっていない。
元々酒には強い主だが、これはそういったレベルの問題ではないだろう
自殺と取られても不思議でない無謀な自棄酒は、しかし青年の笑みを深めるだけだった。


青年は一旦寝室から出ると、冷水を半分近く入れたバケツを一つ携えて戻ってきた。
普通ならここまでしないかもしれない。
というより、立場の問題から畏れ多くてできるわけがない。
だが、それを容易くやってみせるのが青年だ。


「いい加減目を覚ませ酔っ払い」


青年は主に歩み寄るとバケツを傾け――相手の顔にバシャッと勢い良く冷水を浴びせた。


「つめたっ!!」

「氷水から氷を抜いてやっただけでも感謝しな」

「アラ、ウ……ディ?」


無理矢理覚醒させられた主は目を見開き、アラウディの姿をまじまじと見つめた。
何故お前が此処にいる?
部屋には鍵が掛かっていたはずだが?
勝手に侵入したのか?
水の冷たさも忘れ、疑問符ばかりが頭に浮かぶ中、アラウディは淡々とした声で言葉を紡ぐ。


「新郎がひどい顔だ。“最愛”の花嫁に恥を掻かせる気?」


強調するように発された単語に、主はとても傷ついた顔をした。
それは見ている方の胸が引き裂かれるようで。
けれど主は必死で作り笑いを向ける。
アラウディには、それが腹立たしくてたまらなかった。
流せない涙を頑なに堪える姿は、追い討ちをかけたくなるほど哀れで。


「僕と違って彼女は子を残せるからね。大切にしなよ」

「っ……」

「ああ、ごめん。それじゃまるで彼女が子を成すだけの道具みたいだね」

「……そ、んなこと」


主の瞳から、抑え切れなかった涙が溢れ出す。
持っていたグラスが手から滑り落ち、耳障りな音と共に砕け散った。
けれどアラウディは何も動じず、穢れない眼差しでジョットを真直ぐ見つめてくる。
銀色が責め立てる罪が、傷心気味の胸を鋭く鋭く抉って。
それでも主は震える指先を恐る恐る延ばし、拒絶に怯えながらも――未だに諦め切れない想いに縋った。


「アラウディ、オレは今でもお「安易な慰めはいらないよ、ジョット。君が彼女を捨てられるわけないじゃないか。優しい君が、後継者を作ったら彼女と別れるなんて――できるわけがない」


アラウディは容赦無く突き放し、延ばされた手を振り払った。
――マフィア界で最大勢力を誇る、その名はボンゴレファミリー。
その主であるジョットは、後継者を作るために婚姻を結ばなければならない。
格式高いファミリーの女を娶り、身体を繋げて命を生み出さなければならない……逃れられぬ運命。
愛してなどいない、けれど遺伝子の交配の為に……心を、殺して。


「言ったはずだよ。僕が欲しいならその女と別れてって。唯一の譲歩として、その女が子を宿してからでも構わないとも言ったはずだけど」


アラウディは再度条件を掲示しながら、自分の醜さを嘲っていた。
彼にできるわけがない。
人の心を利用して捨てるなんて……優しい彼には。
相手の女だって、本当に彼を恋慕っているわけではないだろう。
政略結婚としか思っていないかもしれない。
それでも――ジョットにはできないのだ。
己が心を利用されることはあっても、決して他者の心を利用したりはしない。
自警団を立ち上げた精神は、今もまだ根づいているのだ。
ジョットは暫く黙っていたが、やがて困ったように微笑んで呟いた。



「お前はいつだって……そうだな。自分は縛られたくないくせに、オレのことは平気で縛る」


「言いたいことはそれだけ?」


皮肉混じりの愚痴も、冷め切った口調で返されればもう何も言えず。
僕はもう戻るよ、とアラウディは背を向けたが、次に聞こえてきた一言にふと足を止めた。



「オレが女だったら……迷わずお前と結婚しただろうな」



「っ……!」


普段のジョットからは想像もつかない言葉に、アラウディは不意を突かれて顔を歪める。
酒が入ってるからこその言葉、なのか。
ジョットは再びボトルを取り、覚束ない仕草で蓋を開けようとした。
これを開ければ、もう軽く二十本以上は超えているだろう。
酒に強いとはいえ、あまり傍観していい量ではない。


「――君は馬鹿じゃないのっ!」


アラウディはボトルを奪い取り、ふらついているジョットの身体をぐいっと引き寄せた。
酒のせいか、いつも以上に熱が高まっている。
とてもではないが、明日式を挙げる新郎には全く見えない。
ああ、本当に弱くて脆すぎる。
マフィアのドンのくせに、本来ならば違う世界の者同士であるはずなのに、どうしてこんなにも目が離せなくなるほど……。
だから突き放せない。
どんなに冷たく接しても、呆れるほどに自分は彼に甘いのだ。
そう、根本から捨て切れない。


「アラウディ?」

「自分で選んだ道を今更嘆くな。それは――」



――僕にも言えることだけど。
その言葉を呑み込んで、アラウディはジョットの唇を奪った。
ただ触れるだけのキス、それ以上熱を絡ませることはなく。
――これ以上の唇の裏切りは許されないから。



こんな形で、君の中に僕を残すことはずるいんだろう。
許されないことなんだろう。
それでも――諦めてほしくなかったし、諦めたくもなかった。
生まれて初めて僕を魅了したのは、他の誰でもなく君だけだったから。



「アラウディ、オレはお前のっ「ダメだよ。君がそれを告げるのはずるい。君の“最愛”を――裏切らないで」



ああ、ずるいのはどっちだろう。
お前の方じゃないか、そう罵ってやりたくてたまらない。
こんな熱を残されて、それでお前以上に愛してもいない彼女と契るなんて――できるわけがないのにっ!
ああ、どうしてお前はこんなにもオレを魅了するッ!!



「――ジョット、愛してる」

「!?」


密着させられた身体に、耳元で囁かれる告白。
逃げられない、逃れられない。
それなのに、そこまで追い詰めて思わせて――銀色は雲のようにするりと抜けていく。


「……お前なんか、嫌いだ」

「それでもいいよ。だけど僕は君を愛してる――今夜だけは、ね」














あまりにも短すぎる期限の中で、偽りではない肌を二人重ね合って。





どうか今だけは、この人といさせてください……。















fin


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