地罪空罪(チザイクウザイ)――葬送 炎綱10年後捏造


フリリク→『地惑空落』の続きです。読んでないと多分話が見えません。続編では炎綱を重視したので、雲雀さんは敢えてあまり出してません。











★★★★★★★★★★


――ドン・シモン古里炎真は、ボンゴレアジト内を歩いていた。
近々共同戦線を行うため、ドン・ボンゴレとの打ち合わせに来たのだ。
しかし、急な呼び出しを食らって相手は留守にしており、戻るまで執務室にいるようにと指示された。
ぶっきらぼうな口調で対応したのは、ドン・ボンゴレの右腕たる嵐の守護者だ。
彼は昔の一件からシモンを良くは思っておらず、打ち解けようという意思すらない。
唯一、シモンの沼の守護者にだけは心を開いているようにも見えるが。
尤も、炎真自身も馴れ合いが苦手なため、下手に距離を縮められるのは避けたいところだった。
そのような点から、嵐の対応は決して気分を害するものではなかったのだろう。


「此処、か」


案内を断り、単独で執務室へと赴く。
ボンゴレ敷地内は絶対に安全とは言えないが、炎真自身が相当な実力者であるため危険は皆無に近い。
頑丈な扉を押し開け、中へと足を踏み入れる。
執務室に鍵を掛けない主の癖は、未だに直らないらしい。
重要な書類もあるだろうに……と思った炎真は小さく笑みを零す。
ドン・ボンゴレの威厳を保ちながら、細かいところは抜けているソレに彼らしさを感じて。
扉を閉め、特にすることもないために壁際に置かれた本棚を漁る。
技法書などの真面目な物しかないが、暇潰しぐらいにはなるだろう。
軽く考えていた炎真は、適当に黒い背表紙の分厚い本を取り出した。
中を開くと、ひらひらと一枚の紙が床に落下する。


「?」


ただの紙だと思い、さっと拾い上げる。
引っ繰り返して裏を見れば、写っているモノに炎真は息を呑んだ。
同時に沸き上がるのは、ひどく昏くて醜いドス黒い感情。
久しく感じていなかった、できることなら忘れていたかった――モノ。


「……っ」


手の中で、忌まわしい写真を握り締める。
クシャクシャという音が、消えぬ痛みを罪悪感を募らせる気がした。
映っていたのは、幸せそうに笑うドン・ボンゴレ。
その隣には、不機嫌な顔をしながらも穏やかな雰囲気を纏った――雲の、守護者。



――雲雀、恭弥。



「……こんなっ、ものっ!!」


炎真は執務机の背後にある窓を開け、写真を粉々になるまで破くと欠片を風に乗せる。
冷たい風は無情にも、在りし日の思い出の断片をさらっていった。
存在してはならない、から。
数秒後、軽くノック音がしたと思えば、待ち人が扉を開けて。


「お待たせ〜。ごめんね、遅くな……わっ!?」


扉を閉めた瞬間、急に腕の中に囲われた沢田は小さく声を洩らす。
距離があったはずなのに、炎真はいつの間にか目の前にまで来ていた。
骨が折れそうなぐらい力強く、彼は沢田を抱き締める。
その動作に、沢田は違和感を覚えた。


「エンマ……くん?」

「……」


炎真は何も応えず、相手の顔を自分の胸に押しつけるようにした。
直視できないのは、僅かに後ろめたさがあるのかもしれない。
許されない罪、赦されてはならない罪。
大地が犯した、大空が知らない罪。


「炎真君?」

「……遅い」


低い声で、若干怒気を込めて、炎真は文句を零す。
彼の様子がいつもと違うことに気づいた沢田は、慎重に言葉を選んで刺激しないように話を続けた。
――無知故に、過ちを犯すとも知らずに。


「ホントごめんね。急ぎの任務が入って、それを雲雀さんに……って、痛い痛いッ、炎真君力入れすぎッ!」


沢田は思わず顔を上げ、小さな悲鳴を洩らした。
――雲雀。
その名に、忌まわしい名に、炎真が反応したのは一目瞭然だった。
沢田は何も知らない覚えていない。
その残酷な事実が、炎真の罪悪感をいっそう掻き立てる。
押し寄せてくるのは、苛み続けるのは、制御しきれないほどの……。


「……もう雲雀さんに会わないで」

「え、何で「いいから、絶対会わないでよッ!!」


駄々を捏ねる子供だと知りながらも、炎真は声を荒げて叫ぶ。
思い出してほしくない、思い出してほしくない。
思い出すな、思い出すな。
浅ましく狂おしい唯一の願いが、何度も脳内で木霊する。
止められない、抑え切れない、欲望の塊。
自然に腕に力が入れば、沢田の顔が少しばかり歪んだ。
それに気づく余裕もなく、炎真は刻み込むように言葉を紡ぐ。


「ツナ君は、僕のモノなんだから……」


沢田の耳元で投下され、ゆっくりと染み込んでいく甘い言の葉。
人が抱く想い、それこそが呪いだと言ったのは何処の誰だったか。
沢田は頬を染めつつ、柔らかな笑みを向ける。


「嫉妬? 心配しなくても雲雀さんとはそんな仲じゃないよ」

「……」

「だって、俺が愛してるのは炎真君だけだもん!」


屈託なく、そうしてとびっきりの笑顔を湛える様に――どれだけの罪があったことか。
奪われた記憶は、償い切れぬ罪を幾重にも重ね、ただ真実を塗り潰していく。
罰があるとしたら、一方だけが覚えているこの感情にあるのか。


「ねえ、仕事終わったら二人で出掛けようよ」

「え?」

「もうすぐ炎真君の誕生日でしょ? サプライズもいいんだけど、どうせなら本当に欲しい物をあげたくてさ」

「欲しい、物……?」

「そう。だから一緒に見に行こうと思って。当日はお互い仕事入っちゃってるし……」


沢田が小さく溜息を吐く中、炎真は思考を巡らせて考える。
自分が一番欲しい物を、心に訊ねるように。
否、もう答えは出ていたのかもしれない。
だから、敢えてソレ以外を求めた。
得られないことが、罪であり罰だと、そう思ったから。
けれど――彼にはやはり、これしか思い浮かばなかった。



「……僕は、ツナ君が欲しい」

「へ?」


沢田はただでさえ丸い目をぱちくりさせる。
月日が経っても小動物に似た可愛らしさに、炎真はふっと笑った。
手放したくない――そう日に日に強く思う。
一方、言われた意味がわからない沢田は、頭に疑問符を浮かべて。


「うーん……俺は炎真君のモノなんだけどなぁ。君だけを愛してる、なんて言葉にしたら安っぽく聞こえるかもしれないけど、それでもホントに。君が望むなら雲雀さんとは会わないし……って、え、うそっ、ねえっ、なんで泣いてるの!?」


炎真の頬を伝う雫に、沢田は驚きを隠せずに戸惑ってしまう。
自分が泣いていることに、言われて初めて気づいた炎真だったが、意識的に涙を止める事は叶わなかった。
沢田の表情は段々と翳り、声のトーンも沈んだものになる。


「……俺が、君を悲しませてるの? どうしたら、笑って、くれるの?」

「……違う、違うんだよツナ君」


全てを吐露できず、乞うように否定の言葉だけを炎真は繰り返す。
優しく、あやすように、いとおしむように、華奢な身体を抱き締めて。


「だったらどうしてッ「ねえ、ツナ君」


遮る声は、どこか切なそうで。
それなのに精一杯に笑っている顔が、ひどく痛々しくて。


「ずっと、一緒にいてくれる?」

「当然だよ! 炎真君と離れるなんて考えられないッ!!」


勢い良く断言して抱き締め返す沢田に、炎真はまた透明な雫を落とす。
満たされる、感覚。
偽りの、造られた情でも、触れられることに心は歓喜して。
ああ――やっぱり、君以外に欲しいモノなんて。



「……僕は、ツナ君が欲しいな」

「またそれに戻るの?」

「うん、貪欲だから。君の全てを、ちょうだい?」


哀しげに揺れる睫毛に口づけ、炎真はそのまま沢田の唇に己のを重ねる。
受け入れた接吻(キス)は、甘くもほろ苦い味を双方にもたらして。
そうして、大地の抱えるモノなど、大空は何一つ知る由もなく。
















――心が、とは言えなかった。
仮初めの幸せ、何がきっかけで崩れ去るかわからない。
それとも先に、脆弱な僕の心が潰れてしまうだろうか。
だけど今はただ、この腕の中の温もりを感じて。





――どうか君が、真実(つみ)に気づくことのないようにと。

















fin
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