愉快な愉快なある日の珍事件 4
守護者達に収集をかけたアーデルハイトは、ボンゴレ本部の地下通路を歩いていた。
辺りは薄暗く、手探りで進むには少々骨が折れる。
彼女の隣りには、砂漠の守護者――加藤ジュリーが共に歩いている。
収集をかけても来ないだろうと判断した彼女が、道中で半ば拉致?してきたため行動を一緒にしているのだ。
二人は暫く無言で歩いていたが、やがて沈黙に堪えられなくなったジュリーがぼそりと呟く。
「本当にこんな所に人がいるんかねぇ」
「雲雀は嘘を吐かない。指示された場所はこの辺りのはずだが……」
応えながらふと立ち止まり、アーデルハイトは周囲を見渡す。
彼女が此処に来た理由、それは雲の守護者――雲雀恭弥に関係があった。
というのも、彼もまた沢田綱吉の横暴による被害を受けていたからだ。
短気ですぐに力で捻じ伏せる彼が、今まで我慢できていた方が奇跡かもしれない。
因みに彼がアーデルハイトに直接電話をかけた日が、偶然にも獄寺がShitt-p!に電話をかけてきた日となる。
雲雀の電話を受けた彼女が食堂へ行ったことは――もうおわかりだろう。
雲雀は粗方の事情を説明し終えた後、ボンゴレ本部の地下通路に来るように指示を出した。
――其処で面白いものを見てから僕の所に来なよ、と不吉な言葉を残して。
アーデルハイトは気が進まなかったが、本部の様子が気になることも確かだった。
仕方なく彼女は仲間を集め、皆で赴こうとしていたのだ。
ところが――炎真達が先に飛び出して行ったため、その予定は無残にも崩れ去ってしまった。
「……あれ、そのドア開いてんじゃね?」
薄暗い闇が続く中で、ジュリーはある一点を指差す。
そこはドアが少し開いているらしく、部屋の中から僅かに光が漏れていた。
(……馬鹿な。さっきは何も見えなかったのに)
自分が見落としたことにアーデルハイトは不審を抱いたが、躊躇いなくドアノブに手を掛ける。
何が出て来るかわからない中、彼女の行為は勇ましいものに思えるだろう。
彼女はドアノブを握り締め、勢い良く引っ張った。
しかし……。
「……失礼した」
部屋の中を直視した瞬間、アーデルハイトは何事もなかったかのようにドアを閉める。
そのまま離れるように歩きだせば、何があったのかとジュリーは首を傾げた。
けれど、彼女は何も話すつもりはないらしく、立ち止まろうともしない。
むしろ、関わりたくない遠ざかりたいという風に見えた。
気になった彼はドアを開けようと手を延ばすが、それよりも早く、内側から破壊的な勢いでソレは開いた。
「ちょっと待ちなさいあなたっ!!」
「へっ? まさか……骸ちん!?」
部屋から出て来た予想外の人物に、ジュリーは目を丸くする。
――六道骸、霧の守護者にして最強の幻術使い。
見目麗しく、才色兼備という言葉が合う青年……のはずなのだが。
「ソレ……趣味っ!?」
「馬鹿言わないでくださいっ! 任務ですよ任務ッ!!」
ジュリーの問いに、骸は物凄い剣幕で怒鳴りつける。
まあ……彼の格好を見ればジュリーが疑うのも仕方ないかもしれない。
いつもは縛っている髪を解いて垂らし、左肩だけ露出した黒のロングドレス。
紫の薔薇が刺繍として施されたストールに、ダイヤモンドをちりばめた黒のハイヒール。
髑髏のピアスとネックレスが、ミステリアスな女性らしさを引き立てている。
先程は仕上げに真っ赤なルージュを塗っていたところを、運悪くアーデルハイトに見られてしまったわけだ。
どう見ても女にしか見えない“彼”を見破った彼女の観察眼は凄まじいものだろう。
彼女自身見破りたくもなかっただろうが。
いっそ粛清してしまえばよかったのに……とある人物が見たら言いそうだ。
「任務!? 嘘だ〜慣れすぎてるじゃん。まさか骸ちんにそんな……」
「三十回も女装任務させられたら嫌でも上手くなりますからっ!」
「ええっ! 骸ちんそんなに女装が好きだったの!? クロームちゃんの身体を使ってそんな破廉恥な「いい加減にしやがれ腐れ妄想野郎ッ! ボンゴレが全部悪いんですよあの色惚け馬鹿がっ!!」
もはやキャラを壊す勢いで罵倒する骸。
普段の彼は冷静沈着だし、こんなギャグ担当要員ではない。
その彼を狂わせるのだから、敵は相当な力の持ち主だろう。
ジュリーは冗談だって〜と笑っているが、この男の言うことは果たしてどこまでが本当なのか。
ある意味では、骸と性質が良く似ているのだろう。
本心を霧に隠す者と砂に隠す者……で。
「で、色惚けって沢田綱吉のこと?」
「ソレ以外に誰がいるんです誰がっ!」
ヒールの踵で、骸は思い切り床を叩く。
その様すら魅惑的な女性に感じられ、ジュリーは思わず首を左右に振って思考を飛ばした。
自分には決してそんな趣味はないと言い聞かせて。
「……ああっ! もしかしてアーデルハイトが言ってた守護者達への被害ってやつ?」
今思い出したとでもいうように手を叩くジュリーに、骸は盛大に溜息を吐く。
もう言い返す気力も残っていないようだ。
「でもさー断ればいいんじゃね?」
「……もしあなただったら、クロームを野蛮な男だらけの住処に放り込めますか?」
「ムリムリっ! オレちんのクロームちゃんをそんな危険な所になんてっ!」
「……あなたのではありませんが、つまりはそういうことです」
骸は諦め気味に呟く。
単刀直入に言えば、骸が断れば媒介であるクローム髑髏に矛先が行く。
それを阻止するために、嫌々ながらも女装をして代わりに任務を請け負っているわけだ。
勿論、こうなることは沢田の想定済みである。
事態の重要さを感じたのか、ジュリーは真面目な顔して暫く考え――やがて口を開いた。
「じゃあさ〜炎真なら止められんの?」
「おや、助けてくれるんですか?」
「女装してる骸ちんも笑えるけど、まあクロームちゃんが可哀想だしねー」
容易く想像できた返答に、あなたらしいですね、と骸は笑う。
ジュリーはひらひらと手を振ると背を向け、元来た道を急いで戻り始めた。
恐らく既に建物内にいると思われる……救世主を求めて。
さあ、マフィア界始まっての前代未聞珍事件も、残りはあと一つ……。
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