塗り潰した罪、愛を唄って 5


「ふーん、ひばりチャンが死んだ、ねぇ……」
「オレだって、未だに納得できねーぞ」


ミルフィオーレファミリーのアジトにある一室で、リボーンは、真っ白な服を身に纏った青年、白蘭と会話をしていた。
あの病院から此処まで、通常なら一時間は掛かるが、三十分ジャストで辿り着くハンドル捌きは、さすがと呼べるものだろう。
リボーンは弾力性のあるソファに座っており、足を組みながらも出されたエスプレッソを口にする。
白蘭は立ったまま、好物のマシュマロをモグモグと食べ、テーブルに置かれた資料に目を通す。


「僕なりに調べたんだけど……エストラーネオの資料に、そういう薬はあったみたいだよ。ただ、それだけじゃ不充分だ」
「幻術を使える骸、なら、できるってことか?」
「ビンゴ♪ 損傷した臓器を幻覚で補い、ある程度身体を維持できるようになったら、薬を体内に入れる。それが身体に染み渡れば、意思を持たないマリオネットの完成だ」


悪趣味だよね、と青年が笑うと、お前も同類だろ、とリボーンは苦笑いを返した。
表沙汰になっていないだけで、ミルフィオーレファミリーは相当の悪事を働いている。
腕が立つ者が纏めているファミリーだから、ボンゴレも一目置いているのだ。
しかし、ドン・ボンゴレである沢田綱吉は、ドン・ミルフィオーレ、白蘭のことを快く思っていない。
任務達成のためなら、一般人さえ平気で巻き込む考えが、どうしても受け入れられないからだ。


「優しい子だったのにね、綱吉クン。家庭教師の君も残念でしょ」
「フン、ダメツナは、いつまで経ってもダメツナだったってことだ」
「でも、可愛い生徒を始末することは出来ないんだよね」


白蘭の問い掛けに、ボルサリーノを一段と深く被るリボーン、それは無言の肯定。
白蘭は含み笑いを漏らし、書類をゴミ箱に放り込んだ。
思惑の読めない紫の双眸が、天井を仰いで一瞬閉じられる。
何かと交信している、その様。
リボーンは白蘭を一瞥し、お前にしかできねえことだ、と低く告げる。
白蘭はそれに反応して瞳を開き、残酷なほど無邪気に笑った。


「鍵となるのは骸クンだね♪」
「―――ああ、骸の精神を錯乱させてほしい」
「幻術の制御不能により、マリオネットのひばりチャンは暴走する。運が悪ければ……」
「テメエ、どこまで知ってやがる」


何もかも知り過ぎだと、威嚇するように睨みつけてくる黒い瞳に愉悦を覚え、白蘭は口を閉ざした。
思い返すのは、この世界とは違う世界。
けれどそれは鏡に近く、この世界の未来でもある。
平行世界を飛べる能力を持つ白蘭は、この世界の未来を見たのだ。
本当に偶然、それは迷い込んだと呼ぶに近く、そして、見てしまった―――この世界で起きる出来事が、一足先に現実化されている、未来の世界を。


「一体どこまで……」
「僕は一度、これと同じ世界を体験している。正確には、見ているんだよ。だから……この世界が辿る結末も知ってる。君達は綱吉クンを失って、ボンゴレは滅びる」
「平行世界の能力か? 信憑性がねえな。何でお前が見た世界が、この世界の未来だと言い切れる?」


尤もな質問だと、誰もが思うだろう。
平行世界は、あくまでも別の世界の連なり。
未来を示す世界など、存在するわけがない。
リボーンの疑問に、白蘭は、アレは偶然だったよ、と語る。


「情報収集をしながら色んな世界に飛んだけど、他の平行世界とは違う感覚があったんだ。なんだろうね、ただの勘というより……綱吉クンの超直感みたいなものかな」
「ふん、てめーのつまらねえ勘と、ブラッド・オブ・ボンゴレを一緒にすんじゃねえぞ」
「信じてくれなくても構わないよ。だけど、僕が別の世界で体験したことが、今現在此処で起こってる。それは、紛れもない事実じゃないかな?」


意地悪く諭しながらの問い掛けに、リボーンはチッと舌打ちをした。
否定できない事実が、確かに此処には存在する。
それを無理矢理捻曲げて頑なに否定するほど、愚かではない。
言ってしまえば、そんなことはどうでもいいのだ。
自分の知らない世界のことなど、どう足掻いても理解しようがない。
不毛な非生産的押し問答をするために、わざわざ足を運んだわけではないのだ。


「てめーの言う通りだったとしても、馬鹿共にあんなふざけたことを続けさせてたまるか」
「でもさ、骸クンが犠牲になってれば、表向きは安泰じゃない? それはダメなの?」
「ハッ、今すぐ風通し良くしてやろうか?」
「ふふっ、冗談だよ。残酷だねぇ、人の心って。ただ好きっていう気持ちが、こんなにも狂わせてしまうんだから」


他人事のように呟く白蘭は、テーブルに置いてある袋から、最後のマシュマロを取り出して口の中に放り込む。
弾力のあるそれを歯で噛み砕けば、もう無くなっちゃったか、とつまらなさそうに袋を投げ捨てた。
リボーンが床を見遣れば、あちこちに同じ袋の空が散らばっている。
これら全てを一人で食べたのか……無意識に想像すれば、リボーンは不気味な甘ったるさを感じて、口元を軽く掌で抑えた。
甘党の破壊者は、何も気にせず涼やかに笑う。


「ねえ、リボーンクン。僕はサディストだから、骸クンを壊しちゃうかもしれないよ」
「……何を今更。オレはかまわねーぞ。最初から、そのつもりだ」


リボーンの声は、冷たくも痛々しいトゲはなく。
虚勢を張っていることが、白蘭には手に取るようにわかった。


「ハハッ、利己主義だね。不器用な優しさだよ、君は。骸クンを救ってあげたいんだよね。あの二人の犠牲になった、哀しい咎人を。愛する綱吉クンのために、彼の罪を塗り潰した―――報われない魂、を」
「考えすぎだぞ。オレはただ、面倒事を終わらせたいだけだ。で、お前は引き受けるのか?」


間髪入れずに否定を口に出し、リボーンは今回の本題を切り出す。
白蘭は、うーん、と唸ってはいたが、その瞳は策略家の色を灯していた。
見え透いた悩み方に、リボーンが苛立った頃を見計らい、白蘭は勿体ぶった調子で告げる。


「―――報酬次第でね」
「ほう、向こうの世界のオレは何て言ってた?」


予想外の返答に、白蘭は些か目を丸くする。
未来を見たとはいえ、細かいどうでもいいような事柄までも記憶していたら頭が情報で埋まってしまう。
故に、会話全部を覚えているわけではないのだ。


「信じてないんじゃなかったの?」
「興味があるだけだ。多分、今のオレも同じ事を考えてるだろうな」
「へえ、そっちから先に聞かせてよ」


白蘭の好奇心に応え、ニヒルに、黒き死神が嗤う。
唇から零れ落ちるそれは、禁断の報酬。


「―――ボンゴレをくれてやる。滅ぼすも支配するも、好きにすりゃいい」
「ふーん、大胆な賭けに出たね」


クスクスと笑い声を零す白蘭は、返答に対して全く驚いていなかった。
それを確認し、リボーンは腑に落ちたように、苦々しく言葉を続ける。


「お前の話を信じるなら、今まで謎だった答えが漸く解ける。全てを恐怖と暴力で支配する強大な力を持ちながら、ボンゴレと同盟を結んだのは―――知ってた、からだ。直接手を下さずとも、ボンゴレが滅びの道を辿る事を」
「ふふっ、僕は平和主義者だからね。やっぱり“こっちの犠牲”は最小限に済ませたいじゃない?」


食えない奴だ、とリボーンは深々と溜息を吐く。
話が突飛過ぎて今でも信じられないが、一つを否定すれば、パズルはバラバラになって、何も繋がらなくなる。
所詮踊らされているだけなのか、示された未来に、ただ。
抗う術もなく―――。


「ボンゴレ、ね。正解だよ。向こうのリボーンクンも、同じことを言ってた」
「気が済んだならさっさと遂行しやがれ」


テーブルの脚を革靴で勢い良く蹴り、リボーンは素早くソファから立ち上がる。
あれ、帰るの、と一層笑みを深くした白蘭を、冷たく流し目で見れば、乱暴にドアを開けて部屋を後にする。
イタリアの紳士という雰囲気など、想像もつかない派手な音と共に、ドアは完全に閉められた。


「リボーンクン、怒っちゃったねぇ。何から何まで、あの世界と一緒だ」


部屋に一人取り残された白蘭は、ぽつり、と残念そうに零す。
いや、そう見えるだけかもしれない。
狡猾な悪魔を宿す、白蘭の本心を覗ける人間など、誰もいないからだ。


「責められるべきは誰なのかな。ひばりチャンを殺した綱吉クン? 派手な女遊びを繰り返して、綱吉クンに殺されたひばりチャン? 綱吉クンの罪を、自分の心と引き換えに塗り潰した骸クン? ああ、それとも、彼らを狂わせた、このマフィアという闇世界、なのかな」


答えの出ない、虚しい言葉遊び。
それを何度も、唄うように繰り返してから、白蘭は備えつけられた電話に手を伸ばす。
受話器を持てば、指先が番号を押していく。


「あ、もしもし、正チャン。例の夢物語さ、現実になっちゃったよ。うん、そう。言ったでしょ、楽観的とは違うって。ハハッ、わかればいいんだよ。だからね―――」


最後の仕上げに取り掛かって来るね、と言い終えて、白蘭は電話を切った。
指に輝く白いマーレリングが、気高く燃え盛る熾烈な炎の最期を―――美しく唄い上げる。
刹那、白蘭の表情に悲哀が混ざった、ように見えた。


「さてと、報酬のために働いてこようかな♪」


しかしそれは、幻覚だったのかと思えるほど一瞬で。
次の時に浮かべていたのは、玩具で遊ぶ子供にも似た、心底楽しげで純粋な笑顔だった。

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