塗り潰した罪、愛を唄って 3


「―――当然ですよ。この花は、僕に向けられたものではありませんから」


椿を好むものへ、それは捧げられた。
青年は全てを知り、受け入れるだけ。
生かし続けるための道具は、見向きもされず、やはり道化を演じるしかないのだ。


「あ? 誰に向けられたっていうんだ?」
「―――さあ。僕にはわかりかねますね。彼に聞いてみてはどうです?」


―――埋もれた真実、近しく、遠く。
問い掛けて全てわかるなら、悩む必要などなく。
無駄に予想を巡らせることもなく。
当然の反応だろうか。
リボーンの顔つきは険しくなり、悍しい怒気が滲み出てくる。
一睨みしただけで、大抵の人間は跪いて許しを乞うだろう。
その姿に、神、を見るのだ―――魔の底に堕ちた、冷厳なる神を。


「てめーツナが答えないと知ってて言ってんだろ」
「全ては、ドン・ボンゴレの望むままですから」
「どういう風の吹き回しだ? お前といい、ヒバリといい、何でツナの奴隷に成り下がる」
「その答えは、彼なら知って「骸、おめーも知ってるはずだ。ツナの台詞が、それを裏づけてやがる」


リボーンが、憎らしく重たい口を開く。
先程の話を聞いていたのだろう。
沢田綱吉は迂闊すぎる、と六道骸は思った。
誰が、何処で、自分達の会話を聞きつけるか全く理解せず、本能のままに言葉を並べ立てるのだから。


「―――と、言いますと?」
「しらばっくれんじゃねー。ツナが言ってた言葉、あれの説明をしろって言ってんだ」
「興味がお有りで?」
「無駄口叩いてる暇があったら答えろ。何でお前が死んだら、ヒバリも死ぬことになる?」


冷徹な眼差しを携え、リボーンは漆黒の愛銃を構える。
目標は、ベッドに座ったまま動かない骸の眉間だ。
カチッと、冷たい銃口が皮膚に触れる。
リボーンが浮かべる笑みは、紛れもない殺意を乗せるが、同時に骸は興醒めに近いものを覚えた。
何も、何も、知らないくせに―――絶対に護るなどと吐き捨てる奴等、全部全部反吐が出る。
それなのに、笑いが込み上げて仕方がない心境でもあるのだ。
ああ、なんて、くだらない世界。
滅ぼす価値も無い、矮小な世界なのだろう。


「クハハハハ! 手厳しいものだ、アルコバレーノ。僕は曲がり形にも、彼の守護者ですよ。それに、ねえ」


僕が死んだら、雲雀恭弥も死ぬことは聞いたはずでしょう、と骸は高らかに嘲笑した。
しかし、リボーンは何も返答せず、代わりに引き金に指を掛ける。
骸は、未だ笑っていた―――無自覚の、涙を流しながら。
リボーンは珍しく動揺し、ぎこちない動作で銃を収めると、ボルサリーノを深く被って呟く。


「何で、おめーが泣いてやがる」
「は……?」


何を言い出すかと思えば―――そう思った骸は初めて、自分の頬がひんやりとしていることに気づいた。
何かに誘われるまま指を這わせれば、指先が濡れて感傷を伝えてくる。
どうしてか、それが非常におかしく感じられた。


「クフ、クフフ……クハハハハッ!!」 


腹を揺すって哄笑する。ああ、おかしくておかしくてたまらない。
笑い死にしてしまいそうに、己の存在が憎らしい。
涙は留まらず流れ続け、白い布団に水溜まりを作っては蒸発していく。
どうしたら、この感情は発露を迎えるか。
知らない、知らない、この零れ落ちる水の理由など―――。


「ねえ、アルコバレーノ。君は、死者が生き返ると思いますか?」


骸は、くつくつと肩を揺らす。
焦点の定まらない蒼緋は、噴火を辿る感情に呑み込まれているのか。
リボーンは嫌な予感を察したが、馬鹿馬鹿しい、と言い捨てて続けた。


「夢物語だ。死者は生き返らねえ」
「そう、そうなんですよ。僕だってね、わかってたつもりだったんです。クフ、あの時の僕は、どうかしてたんでしょうね。ああ、でも、彼を見たら―――ねえ、救ってやりたくなったんですよ」


要点の掴めない話し方を聞きながら、リボーンは骸が相当乱心していると思った。
普段の論理的な説明が全くなく、思いついた言葉をただ口にする……それは、分別のつかない幼子のようで。
しかし、それを覆すのもまた、骸自身なのだ。


「クフフ、だーれも知らないんですよ。ああ、おかしすぎる。雲雀恭弥が、もう死んでいるなんて、沢田綱吉に、殺されたなんて、クハハッ、誰も知りはしないんですよっ!」
「っ!! てめーどういうことか説明しろ!?」


頭にカッと血が昇り、リボーンは骸の胸ぐらをがしっと鷲掴みにすると、鋭い眼光で睨みつける。
骸の瞳にはまだ、光は宿らない。
しかし涙は止まっていた。
何も映さない、虚無を抱える蒼緋は、昏く。


「クフ、クフ、ねえ、おかしいと思いませんか? 沢田綱吉は、数多の女性と関係を持ち続ける雲雀恭弥の素行に耐え切れず、殺したんですよ! ああ、なんて醜いんでしょうね。神だ天使だ仏だと敬われながら、その背後では私利私欲のために守護者を殺した罪人なんですから!!」


正気を失った告白は、次から次へと毒を撒き散らすように吐き出される。
リボーンは核心を突こうとしたが、敢えて口を閉じて出方を伺った。
下手に問い掛けて正気が戻ったら、肝心の問いへの答えが葬られてしまうことを危惧したのだ。
それに、精神を不安定にさせればさせるほど、奥底に秘められた真実を暴き立てられる。
リボーンは、それを狙ったのだ。
予想通り、聞いてますか、と骸は弱々しく言葉を零す。
尚も反応せずにいれば、また狂ったように笑い続け、できるわけがないのに、できるわけがないのに、と連呼する。
リボーンは問いたい気持ちをぐっと堪え、ただ殺意を滾らせ続けた。
まだ、まだ焦ってはいけない。
自分の抱く問いの答えを、正確に聞き出さなくては―――例え、最強の守護者を失うことになっても。


「僕はね、どうかしてたんですよ。ただ彼が、殺した雲雀恭弥の身体を抱きしめて、何度も気が狂うほど名を呼んでいたから、呑まれてしまった、引き込まれてしまったんです」
「……」
「そうでなければ、誰が好んで禁忌に手を染めるでしょう。最も憎いマフィアの、エストラーネオの研究産物などを用いたりするでしょう……しては、いけなかった。あんな悪魔の産物で、雲雀恭弥を、マリオネットとして、生き返らせてはならなかった……」


骸の唇から、禁断のファミリーの名が投下される。
リボーンは目を見開き、思わず胸ぐらを掴んでいた手を放した。
骸は俯き、小刻みに肩を揺らして嗤う。


「もう、いないんです。沢田綱吉は殺人鬼、雲雀恭弥は意志を持たないマリオネット。僕等が知る彼等は、もう何処にも存在しないんですよ……」


再び、涙が溢れ出す。
信じたくなかった、事実。
雲雀を蘇生させ、仮初めの命を与えることで、骸は目を背けてきた。
幸せな恋人達、それを護り続けてきた。
例え、自分の想いが報われなくても―――。


「―――仮にそれが本当だったとして、お前はそれでいいのか?」
「何が、です?」
「ツナの言葉を聞いても、まだ愚かな自己犠牲を貫く気か」





―――お前が死んだら、雲雀さんが死んでしまう。だから、お前を心配したの。





純粋で残酷な台詞が脳裏を過る。骸はどんな気持ちだっただろう、とリボーンは思わずにいられなかった。
沢田が愛しているのは、永遠に雲雀だけ。
骸は、仮初めの魂を生かし続けるため、雲雀を生かし続けるための、道具でしかないのだ。
それでも、道化を演じ続ける骸は、もう狂ってしまったのか。


「―――あの日、愛する者の亡骸を抱きしめて、涙を流す彼を見なければ、僕は救われたのかもしれませんね」
「今からでも遅くはねえ。すぐにヒバリを「それはできません」


彼を悲しませたくないんです、と呟く骸に、リボーンは容赦無く頬を平手打ちする。
乾いた音が響いたが、骸は抵抗せず、文句の一つも言わなかった。
無抵抗を決め込む骸に尚更苛立ち、再度胸ぐらを強く掴むと怒声で捲し立てる。


「ふざけんじゃねえっ! ドン・ボンゴレが、死体を愛玩人形にしてるだけでも問題なのに、それを殺したのがツナ本人なんて許されるわけねえだろうがっ!! てめーのやってることは不毛な行為だ。ツナのためにも、ヒバリのためにも、お前自身のためにもなりはしねえ。よく考えやがれ!!」


リボーンは激昂して怒鳴り散らしたが、それでも骸は首を縦には振らなかった。
けれど、此処で引き下がるわけにはいかない。
何としてでも、この歪んだ繋がりを断ち切らなくては―――そう考えた時、リボーンには、ある人物の顔が頭に浮かんだ。
あの人間なら、骸を何とかできるかもしれない。
こちらの払う代償は半端ではないが、きっと終わらせることができるだろう。
それは―――最後の、賭けだった。

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