欲して奪い取った、その償いは 完結


この罪には罰が必要だと、赦されないことだと、君がそう言うのであれば僕は――。


















「……ここ、は」


目が覚めたジョットは、忙しなく辺りを見回した。
けれど、見えるものは真っ暗な闇だけで、何一つ形を捉えることはできない。


「まだ、夢の中……なのか」


自分で確認するように呟いた声は、すぐに空間へと融けていく。
耳を澄ませてみても、己の呼吸音だけが微かに響くだけで。
ジョットは宙を漂い、此処に来る前の記憶に、思い出すのも憚られる悲劇に、ただ意識を戻した。
忘れられない、忘れてはいけない。


――己の罪に。



「――G」



ぽつりと、今は亡き人の名を呟く。
ボンゴレを創立させる前から、大切な街を自分達で護ると決意した時から、常に傍にいてくれた最高の幼なじみ。
今思い出せば、自分らしくない取り乱し方をしてしまったとジョットは思う。
感情に任せて行動するなど、ボスとしてあるまじき失態だ。
そう頭ではわかっていても――身体は正直に動いてしまった。
溢れだす涙が、沸き上がる憎悪が、抑え切れなかった。


「何故あいつが……っ!!」

「――それは君が知ってるはずだろ」

「貴様ッ!!」


視界の端に見慣れた青年の姿を見つけた瞬間、ジョットの口調が荒々しいものへと変わった。
王の眼差しが、金色の瞳が、暗闇に佇む存在を鋭く睨みつける。
対する銀色の双眸は、戸惑いがちに彷徨って。


「それにしても……此処に迷い込んだの、君?」


不思議そうに首を傾げる青年の姿に、ジョットは何か違和感を覚えた。
目の前の人物は違う、ジョットが怒りを覚えている人物とは……違う。
容姿は全く同じなのに、滲み出る雰囲気は普段よりも冷たい。


「お前は誰だ? それに此処は一体……」

「順番に答えようか。僕は君の中にいる無意識が形を為したもの。そして此処は、君の願望を叶える場所。現実では叶わない、例えば失ったものを取り戻すとか……ね」

「!?」


心を読まれた気がして、ジョットの顔に僅かな動揺の色が浮かぶ。
失ったもの――かけがえのない大切な存在。
共に街を皆を護ろうと誓った、唯一無二の頼れる相棒。
即座に頭の中で浮かんだ故人の顔に、ジョットは心が揺れ動きながらも静かに首を左右に振った。


「それは理に反した行為だ」

「確かにね。でもそんな正論で諦め切れるの?」

「……」


ジョットは答えない。
そんな、そんな簡単に諦め切れるわけがないのだ。
本当は、ワラをも縋りつく思い……。
そう、一パーセントの可能性があるならどんなことでも試したい。
けれど今回は――そもそも領域が違う。
人間の手が及ぶ範囲の問題ではない。
むしろソレを容易く超えている。


「仮にできたとして、多くの犠牲を払うことになるだろう?」

「当然対価は必要だよ。その願いが大きければ大きいほど――君自身が手にしている大切なものを差し出すことになる」

「オレが手にしている?」


聞く耳を持たないつもりだったジョットは、僅かに首を傾げた。
自分が大切にしているもの、というなら話はわかる。
それこそ数え切れないほどあるのだから。
しかし、ジョット自身が手にしている大切なもの――と言われても、彼の中ではピンとこなかった。
彼が持つ異質も、夢の中では作動しないらしい。


「騙されたと思ってやってみたら? 此処に来るほど絶望したんでしょう」

「っ……ああ、お前の言う通りだよ。オレはGを助けたい。あいつはオレが殺したようなものだ」


「彼は死んでるよね。それは――生き返らせたいということ?」


青年の意地悪な問い掛けに、ジョットは苛立ちを覚えながらも小さく頷いた。
途端、青年の顔がより厳しいものへと変わる。



「――君、自分が何を言ってるかわかってるの?」



――死者蘇生。
この世の理を曲げて、人の身でありながら……神さえ触れられぬ領域に手を延ばし。
誘ったのは青年の方からだというのに、口調はまるで責め立てているようで。


「……それでも、オレはGが大切なんだ」

「僕よりも?」

「っ!?」


問い掛ける青年には、彼の人の面影が垣間見えて――ジョットはらしくもなく狼狽してしまった。
明らかに態度が変わった相手を見遣った青年は、人を見下したような表情と声色でさらに続ける。


「ごめんごめん。僕というより、この姿をした君の大切な「大切なんかじゃないっ! 殺したいほど大嫌いだッ!!」


頭に血が上っているのか、ジョットは感情的に食い掛かった。
冷静になりたくても、湧き立つ強い衝動が己を突き動かす。
制御不可能なプログラムにも近い、感情というバグが入ってしまった……様にも思えて。
すると青年は蔑んだ眼差しで一笑に付し、短く全てを否定した。



「――嘘だね」

「何だとっ!」


即座に反論しようとしたジョットだったが、青年は怯みもせずに説明を紡いでいく。
憎たらしいほど、笑みを浮かべながら。


「僕は君の無意識だって言ったよね。無意識っていうのは大抵……本人が求めているものなんだ。死ぬほど焦がれて、だけど手に入れることができなくて。君にとっては、僕の姿をした彼がそうなんだろ?」



――暴き立てられる、ソレは深層意識。
――意識すれば全てが崩れる、だから触れてはならない禁断の扉。



「……違う。オレはあいつを求めてなんか「口ではいくらでも嘘を吐ける。僕がこの姿でいるという事実が何よりの証拠じゃない?」

「……」


やはり言葉を失ってしまったジョットに、青年は追い討ちをかけるように事実を突きつける。
退路を塞ぐように、自覚させるように。


「――それなら、君の願いはもう決まってる。親愛なる幼なじみの蘇生。払う対価は君が最も憎む男……僕は何か間違ってる?」

「っ……」

「じゃあ彼を「……む、り……だ」


か細く、今にも震えだしそうな身体を抑えつけ、ジョットは選択肢を必死に拒否する。
冷たい指先は震え、浮かび上がる額の炎が哀しげに揺らめいた。
同時に、青年の笑みも深さを増して。


「どうして?」


幼なじみの仇と同じ顔をして、青年が嘲笑うように見据えてくるものだから――ジョットは嫌でも重ねてしまった。
――憎き、けれどいとおしい彼の人に。



「……オレは……お前をこの手で殺したくても――殺せないッ!!」


ジョットは声が枯れるほど強く強く叫んだ。
仲間を、大切な幼なじみを殺した罪は許せない。
どんな理由があろうと、罰するべき大罪だ。
それなのに、彼を始末するという当然の処置を、心では拒絶してしまう。
それはやっぱり――愛して、いるから……なのか。
青年はクスクスと笑い、愉快だと言わんばかりに口元を綻ばせた。


「やっと認めたね。彼が好きだって」

「……」


「――でも、愚かだ」


青年の一言に、ジョットはハッと顔を上げる。
見つめる先には、青年の呆れた顔があった。


「君は馬鹿みたいに甘いね。彼がどうして幼なじみを殺したか……君は知ってるはずだろ?」

「それ、は……」

「気づかないフリをして、ただ彼を野放しにした結果……悲劇が起こったわけでしょう。君はまた、繰り返すの?」


繰り返すのか、さらなる罪を以て。
見続けるのか、彼の人の劣情に駆逐されていく哀れな生贄を。
そんなこと許されるわけがない。
嗚呼――だけど。



「……オレは、あいつのように全てを敵に回して破滅に向かう想いは――持ち合わせていない。それにあいつのやったことは……とても償い切れない」



――ただ一人に捧げる愛を異常と呼ぶなら、彼の者はどれだけ常軌を逸していたのか。



「それなら、やっぱり君が取るべき道は一つだよ。彼か、幼なじみか。前者を取れば……悲劇は繰り返されるけど」

「……わかって、いる」

「じゃあ「何故お前はオレにそんな提案をする? お前はオレの無意識であって、神ではないはずだ」


当然の疑問を抱いたジョットだったが、青年は軽口ではぐらかす。


「さあ? 君が神なんじゃないの」

「オレはただの人間だ。人を生き返らせる力なんて持っていない」

「――ただの、人間? ふうん……それはおめでたい話だね」


揶揄するように呟かれた一言にはトゲが感じられ、ジョットは少しばかり眉間に皺を寄せた。


「――何が言いたい?」

「だって笑える話じゃないか。彼が君の大切な人を殺したって、“君にだけは”わかったんだろ。勘じゃない、それは確信だったんだろ。それでもただの人間だって言い張るなら、ホント馬鹿馬鹿しいよ」



――何も知らなければ、傷ついた君は彼の腕に抱かれていたはずだからね。



「黙れ――ッ!!」



一瞬我を失くしたジョットの額には、全ての生命エネルギーを放出させたかのように烈火が灯った。
同じモノは拳にも凄絶な色を宿し、それは迷うことなく青年の胸を貫く――。


「が……っ!」

「アラウディ、オレは“お前”を許さない。Gを殺したお前をっ……絶対に、許しはしない……ッ!」



精一杯の拒絶を、自分の中の無意識として存在した彼に告げて。
決して相容れることはないのだと、そう言外に託して。
けれど青年は薄気味悪いほどに口の端を吊り上げ、呪いを……残した。





「――目が覚めた時、悪夢の続きになるかどうかは君次第だね」





揺らぐ視界、暗闇の中で射し込む眩い光。
ふらつく身体は軽くなり、光の中へと呑み込まれていく。
そうして――不吉な予感を覚えたまま、ジョットの意識は無理矢理覚醒させられた。














「――っ、はっ!」


汗だくになって唸されながらも、ジョットは勢い良く飛び起きた。
感触からベッドにいることは理解できたが、寝覚めの悪い夢だったせいか嫌な予感ばかりが募る。
不思議な夢を見る程に疲れているんだろう……。
そう思い込んだジョットは、今が何時か確かめようとしてベッドスタンドに手を延ばした。
この一連の動作をしている間も、ひどくひどく胸騒ぎばかりがしていて。



「なッ――!?」



視界に飛び込んできた光景に、ジョットは思わず自分の口を両手で塞いだ。
穢れ一つない真っ白な布団の上に倒れ込むようにして……紅い水溜まりの中で眠る、その人。
夢の中でも見ていたはずの――彼の人。



「アラ、ウ……ディ?」



永遠の眠りに就いた彼の胸からは、おびただしい血の量が流れていた。
布団の中まで染み込んでいても、決して不思議ではないぐらいに。
ジョットは自分が握っていた短刀に気づくと、得体の知れない恐怖を覚えて投げ捨てる。
カラン、と音を立てて落下したソレは、刃先が黒ずんでいた。
さらにジョットの目を奪ったのは――致命傷の位置が、夢の中で無意識を貫いた位置と全く――。



「ぁ、あぁ……オレが、殺し、たの……かっ? なあ、アラ、ウ……アラウディ、こたえ、て――こたえてくれアラウディッ!!」



ジョットは憎き仇を強く抱き締め、大粒の涙を次から次へと流した。
幼なじみが殺された時よりも、ソレは重苦しく胸を押し潰して膿んだ傷口を抉って。
だから――ジョットは気づかなかった。
大空の腕(かいな)に抱かれた浮雲が、勝ち誇った様子で微笑んでいたことなど……。












君の言葉を聞いた。
――殺したくても、殺せない。
君は眠りながらも、そう泣いていた。



最初から、ただで手に入れるつもりはなかったよ。
僕の最期を、償いには満たないけれど――君にあげる覚悟だったから。










――されど、これは浮雲の秘められし心。
――大空に届くことは伝わることは、もうないのだけれど。














fin

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