解放は死、それでも伝えたくて 髑→骸綱で10年後悲恋死ネタ 少しグロい?


『――ボス、私達から骸様を奪わないで』

『クローム?』

『お願い! 私達には骸様しかいないのっ!!』



必死の懇願、意味を理解しないまま頷く少年。
交わされる指切り、子供同士の戯れごと。



――そんな甘いものではなかったと、
――どうしてあの時、気づけなかったのか……















――20XX年、10月14日。
――裏社会の頂点に君臨するボンゴレを含めた全ファミリーが……歴史から抹消された。
名の知れた強豪ファミリーも数多くいたが、たった一人の力によって何もかも押し潰されたのだ。
唯一互角に戦えたボンゴレの凶獣ですら、情に流されてその身を散らせてしまった。
孤高であったはずの、その人は。





「マフィアの殱滅、お前の願いはいつだってそれだっただろ?」


返り血で重くなった黒いコートを靡かせて、海を背にした子供は軽やかに微笑む。
同胞を殺めた罪、同じマフィアでありながら――子供はその罪を裁いた。
一方的な虐殺による死、絶対的終焉を与えて。


「……そう、ですね」


傍に控えていた青年は、堕ちた子供を見据えながら短く返す。
一週間前から始まった殱滅は、たった今終幕を迎えた。
時刻は午後の九時。
静寂と暗闇だけが、罪の象徴を浮かび上がらせる。


「誕生日プレゼント、遅くなってごめんな」


申し訳なさそうに肩を竦めた子供の口から放たれたのは――拍子抜けするぐらいありきたりな言葉だった。
因みに、青年の誕生日は6月9日。
遅くなって……にも限度があるだろう。
青年はさして気にもしていなかったが、わざと憎まれ口を叩き返した。


「まったくですよ。一週間前、お前の欲しいものは何って、いきなり聞くんですから」

「ふふっ。だけどお前は、マフィアの殱滅ってちゃんと答えたね」

「ええ。そして君はそれを叶えてくれた。――ならば次は、僕が叶える番でしょうか?」


何らかの意味を孕んだ青年の問い掛けに、子供は首を傾げる。
無垢を、無知を、仮面と共に装って。


「何のこと?」

「約四ヶ月も遅れて、マフィアの殱滅をプレゼントと称して実行する。――その本心は、どこにあるんですか?」



――子供の前髪が風にふわりと揺れ、謎を突きつけた青年の心を掻き乱す。
悲しそうな、けれど唇には笑みを携えて。
だけど今にも泣きそうで、それなのに明るい声が応えて。


「うーん、他意はないよ。お前の誕生日は忙しくて祝えなかったし、せめてプレゼントぐらいは〜って思っただけだから」

「おや……殱滅を終えた今日が、君の誕生日だというのは――偶然ですか?」



核心を突いた詰問に、子供は大袈裟に溜息を吐く。


「……単純に騙されてくれればいいのに。獄寺君とかみたいにさ」

「それでは霧の意味が無いでしょう」

「霧、ね……。嫌な言葉だよ、ホント」


子供はやれやれと肩を竦め、右手の小指に巻いていた包帯をゆっくり解いていく。
濁った呪いの香りが漂てきたのを感じれば、青年は眉をひそめた。
包帯の下から現われた小指は、無数の傷が刻まれて真っ黒に染まっている。


「そ、れは……」

「呪い、だよ。ガキの頃だったから何も知らず油断した。まさか人形風情が呪いを扱えるなんてね」

「人形……?」

「とぼけなくていいって。お前の元媒体、あのイカレた独占欲剥き出し女――クローム髑髏だよ」



子供は忌々しく吐き捨て、再び包帯を巻き直す。
黒が白に隠されていく様は、罪の塗り潰しを思わせて。
青年は不審を募らせながら、子供の動作をずっと見ていた。
目の前の人間は、本当に自分が知る子供だろうか。
仲間を大切にしていたはずの子供から出た言葉とは……到底思えなかった。


「どう、し「俺はお前の願いを叶えるよ。マフィアは全部潰してあげる。そうすれば必然的に――」



砂浜を転がってきた人間の首が、引き返せない背徳の悲劇を物語る。
藍色の髪、主と同じ髪型、右目には髑髏の眼帯――紛れもなく、それは。



「――クローム……ッ!!」

「そう、だよ」


力の抜けた声で肯定がなされる。
青年は一瞬幻覚ではないかと疑ったが、拾い上げたソレは――ひどくリアルな感触だった。
幻術を得意とする青年ぐらいのレベルでなければ、これを産み出すことは不可能だろう。
即ち、目の前で起きたことは夢幻ではないのだ。
青年は優しくソレを抱き締め、沸き立つ怒りを留めながらも殺気を放つ。


「貴様……ッ!!」

「お前が願ったんじゃないか。マフィアの殱滅を。クロームだって、俺達ボンゴレの一員だったのに」

「だからってこの子に罪は「――言ったはず、だよ。ボンゴレの一員だって。望む望まないに関係なく、例え媒体として用済みであったとしても、マフィアに変わりはない」


子供は突き放すように冷たく吐き捨て、馬鹿な女だよね……と呟いた。
奪わないで、なんて図々しい。
ボンゴレという組織に命を保証されていながら、ドン・ボンゴレである俺を敵に回すなんて。
身の程知らず、女だからって調子に乗って――この泥棒猫。
次から次へと語られる死者への侮辱に、遂にキレた青年は子供の頬を思い切り殴りつけた。


「がっ……!」

「君にクロームを侮辱する権利はない! これ以上この子を辱めるつもりなら僕が君を殺します!!」


子供は殴られた衝撃で海の方に飛ばされ、浅い場所に落下する。
青年は本気だった。
別に恋愛感情を持ち合わせていたわけでもない。
敢えて言葉にするなら、家族、可愛い娘。
幸せになってほしかった、大事な人。
しかし――その切なる気持ちを感じ取った子供は、押さえ込んでいた怒りを爆発させた。


「ふふっ……あ、そう。お前は、お前はクロームの肩を持つんだね。あははっ、イカレた呪いに縛られて、ははっ、しかもあの女は無意識だったし。きっと、なあ、俺にしたことなんて覚えてないよ。可愛い顔して、さいってぇの堕天使。嗚呼――お前に触れることも愛することも許されなかった俺より……その女の方が大事なんだぁ」


くすくすと無邪気に悪意を振り撒いて、子供は可笑しそうに笑い続ける。
ばしゃばしゃと波音を立てて、本当の子供のように戯れて。
明らかに精神に異常を来していたが、もはや青年が止められるレベルではなかった。
どこで、なにを、まちがってしまったのか。


「ボンゴ、レ……?」

「でも、まだ終わってないんだよねぇ」

「な、なに言って……」


事実に気づいた青年は気づかないフリをしようとしたが、生じてしまった動揺は隠せない。
そう、まだ願いは終わっていないのだ。
諸悪の根源、許されざる数多の血濡られた歴史を重ねたファミリーのボスは――今もまだ、此処に存在している。
――最初からそのつもりだったよ。
諦めにも近い呟きは、すぐに掻き消された。


「クロームだけじゃない。俺だって、マフィアだよ。お前が滅ぼしたいと願う――悪の根源。俺が死ねば、お前の願いは今度こそ叶うよね?」

「っ……そんな、こと、はっ……」


恍惚と告げる子供に、青年は何かを言い掛けたが結局言葉を失ってしまう。
違うのだと、君に死んでほしいなんて思っていないと、そう口にしたい衝動にも駆られた。
けれどそれは裏切りだ。
腕に抱く哀れな少女への、残酷な仕打ちにすぎない。
両の拳を奮わせる青年を見つめながら、子供はゆっくりと言葉を選んでいく。


「だけど、死ぬ前に……頼みがあるんだ。それが、俺の……誕生日プレゼントなんだけど、聞いてくれる?」

「……」


青年は応えなかったが、柔らかな声で子供は続けた。
それを、ただ一つの遺言とするように。


「俺の亡骸を抱いて、キスしてくれないかな。――この身体が、朽ちてしまう前に」

「っ!?」

「本当は生きている間がいいけど、それはずるいから。皆を、クロームを、私欲で殺してしまった大罪人には……すぎた願い、だから」


骸が抱き締めていたクロームの首へと視線を投げ、子供はごめんねごめんねと繰り返す。
怖かったよね、痛かったよね、悲しかったよね、そう呟いて。
狂人になったかと思えば、贖罪者へと変わる。
不安定な子供の心理状態は、青年の庇護欲を強く掻き立てた。
同時に、ここまで子供を追い詰めてしまったことも悔やみ切れず。


「君が僕の告白を断ったのは、クロームの為だったんですか……?」

「呪いの為だよ。破ったら、この指を染める黒は――猛毒へと、変わるから」





――呪いをかけた術者が、死んだとしてもね。





そう言わない代わりに、これを最期の言葉として風に託し――。





「――骸、死んでもお前だけを愛してる」





呪いの発動、引き裂かれ破られた愚かな約束。
子供の体内では一気に猛毒が回り、瞬く間に命を狩り取っていく。
ぐらり、と揺れた躯は、穏やかな波に委ねられて。



「沢田綱吉ッ!!」



骸は大切に抱き締めていたソレを投げ捨て、綱吉の元に駆け寄った。
投げられた呪いの象徴は砂浜に落下し、ぐちゃりと潰れてしまう。
落下する直前、ソレは瞳に涙を浮かべた……ようにも見えた。
それでも骸の視界には、ただ一人しか映っておらず。


「綱吉ッ、しっかりしなさいっ!!」


骸は必死で抱き起こすが、綱吉の息は既に事切れていた。
真っ黒に染まっていた小指は普通の色に戻り、呪いの終幕を語る。



「どうし、て……つな、よし……ッ!!」



骸は綱吉の胸に顔を埋めながらも、冷たくなった身体を抱き寄せる。
体温が奪われていくが、もはやそんなことはどうでもよかった。
顔を上げた骸は、青紫に変色してしまった唇にそっと口づける。


別れを惜しむように、また来世で出会えるように。



その時は、今度こそ全てを投げ捨てでも彼だけを……そう、心に誓いながら。














fin

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