君がため、惜しからざりし命さへ 3


「彼は……お前を救いたいみたいだ」


沢田綱吉の夢の中で、鳥籠に寄り掛かった青年は薄らと笑う。
困ったような、馬鹿にしたような、複雑な笑み。
けれど少年は血相を変えて鳥籠の柵を握り締め、喚き散らして懇願する。


「ねえお願い! あの人をとめてっ!!」


相手はすぐ近くにいるというのに、少年は喉が潰れるぐらい大声で叫ぶ。
柵の間から指を伸ばしても、青年の肩には触れられず通り抜けてしまう。
二人の魂は同じであっても、性質は全く異なる。
青年は背を向けたまま空を見上げ、太陽さえ見当たらない真っ青な視界を捉えた。
告天子が一羽、優雅に空を飛び回り自由を満喫している。
その様子は、群れを嫌い自由に振る舞う猫科の獣に似ていた。
凶獣でありながら、彼は沢田綱吉という存在にだけ心を許す。
文字通り、飼われているに近いのだろうか。


「無理言うなぁ……彼、手段は選ばないんだよ」

「ダメッ! お前はわかってるんだろ!」

「何が?」


青年がとぼけたフリをすれば、少年はギリッと唇を噛み締めた。
柵を握ったまま、拳がわなわなと震えだす。
背後から射抜く視線に含まれたのは、紛れもない怒気と殺意。
確認しなくてもわかるそれは――異質の存在にすら、一瞬の怯みを与えて。


「恐いなぁ、ダメツナのくせにそういう顔もできるんだね」

「煩いッ!! お前なんかがいなければっ! “ボンゴレの俺”なんかがいなければあの人はっ!!」

「へえ、自分の無力さを崇高なブラッド・オブ・ボンゴレのせいにするんだ」


青年は鳥籠から背中を起こし、距離を取ると冷たい眼差しを携えて振り返る。
額と素手の両手に灯る橙色の炎が、少年の視界でゆらゆらと揺らめいた。
グローブを着用していなければ、炎を纏えるわけがない。
しかしそれができるのは、青年がブラッド・オブ・ボンゴレそのものだから。
青年は見下すように両腕を胸の前で組む。
炎がその身を焼くことはない。


「最悪だね、お前。俺の力で、仲間やあの人を護ってきたくせに」


咎めるような口調に、少年は立ち上がるとドスの利いた低い声で、黙れ、と脅しをかける。
相手がその程度で口を閉じるとは思えないが、少年の怒りのボルテージは最高潮に達していた。
よって唇から吐き出される言葉の爆弾は、留まることを知らない。


「押しつけがましいんだよ。お前がいなければ、オレは普通に中学校生活を送れたんだ。黒曜戦も、リング戦も、わざわざ未来行ってミルフィオーレと戦ったことも、元を正せばお前がいたからっ! オレはボンゴレなんていらなかった。オレは最初からマフィアなんてなりたくなかったし、あの人を、雲雀さんを巻き込むのも嫌だったんだからっ!!」


積もりに積もった不満と憤怒が、罵詈雑言と化して青年に向けられる。
鳥籠が無かったら、確実に掴み掛かっていただろう。
普段は弱気な少年が、世界を統べる神とも呼ぶべき青年に反旗を翻す。
否、元々従属を誓ったわけではない。
少年は、青年を、ブラッド・オブ・ボンゴレを、誰よりも憎んでいるのだから。
力を持たない非力なただの少年と、世界を統べる神に近い存在。
同じ身体の中でも、相反した意識故に片方が憎悪を持つのも仕方がない。


「お前は何もかも知ってるんくせにっ! あの人が、次に何処を狙うのか、お前は「知ってるよ、だから止めない」


少年は咎める声色で非難したが、青年は顔色一つ変えずに額から炎を消した。
両手に宿る炎はまだ燃え上がり、それらが二つの単語を形成していく。
左の手の平に浮かび上がる、見慣れた文字。
ボンゴレのものとは違う、しかし近しくもある……“BARACCA”
右の手の平には、“CABBARONE FAMIGLIA”
これらが意味するものは、ただ一つの犠牲しかない。
少年は避けられない悲劇に胸が張り裂けそうになり、何度も柵をガタガタと揺らす。


「無理だよ、それは壊せない」

「どうして! お前なら壊せるだろっ!!」


いやだいやだと柵を強く握り締め、少年は届かない訴えを必死に叫ぶ。
自由を懇願して、絶望に打ち拉がれると知りながらも尚。
それでも青年は視線を逸らさず、少年の取り乱す様を観察しながら……耳を塞ぎたくなる真実を、その唇から落とした。



「――元を辿れば、お前が悪いから」


「え……」

「俺はお前を護り続けてきたし、身に迫る危険は即座に知らせた。今回だって、逃げろと忠告したのに……お前は無視して、雲雀恭弥を庇ったじゃないか。俺の直感では、雲雀は術者に気づいてた。彼なら確実に避けられたはずなのに、お前は余計な感情から、わざわざその身を犠牲にしたんだ」


青年の容赦無い辛辣な言葉が、少年の心に剣を突き立てていく。
それだけでなく、余計な感情とまで言われたことが、行き場の無い怒りさえ産みだした。


「余計なんかじゃないっ! あの人を愛してるから庇っただけだっ!」


「――愛?」


青年は訝しむように聞き返し、返答も得ない内からくつくつと嗤う。
文字を形成した炎は消え、周囲を重苦しい空気が包み込んだ。


「何がおかしい!」


「俺が、ブラッド・オブ・ボンゴレだって、忘れてない?」



――失うのが怖くて、己の身を犠牲にした利己主義、の間違いだろ?



「――っ!」



少年の顔から血の気が引き、柵を揺する動きがピタリと止まる。
青年の前では、どんな誤魔化しも無意味。
全てを見透かす力は、例え魂が同じでも容易く通用するのだ。


「まあ、雲雀もお前を助けるために数多の犠牲を払ってる利己主義なわけだし、組み合わせは丁度良いのかもね」

「雲雀さんを馬鹿にするなっ!」

「ふふっ、そうだね。彼も犠牲者なわけだし。でも、ねえ、わかってる? お前のために、数多の血が世界を濡らす。ある意味で、俺より罪深いんだよ。言い換えれば――」



――お前が雲雀と“無関係”であれば、何も犠牲にせずに済んだってわけ。



直球で投げられた言葉は、少年の僅かな祈りを打ち砕くには充分すぎた。
この世に生きるだけで、背負った罪は愛なのか……そんなこと信じたくない。
愛したことが、愛されたことが、罪だなんて……。
少年は、再起不能なほど心をズタズタに切り裂かれ、言葉を失った。
青年は沈んだ空気に溜息を吐き、ふと遠くを見る。
視界に映るのは、黒い影。
夢の中の来訪者など、一人しかいない。



「あ、また来たのか。よっぽど大切なんだね。全て、無駄な足掻きだけど」



黒い影を待ち受ける青年は、破滅へと導くだけの運命を音にして嗤った。

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