君がため、惜しからざらし命さへ 1


「あの馬鹿共が……厄介な仕事増やしやがって」


執務室にあるボス専用の豪奢な椅子に長くすらりとした足を組んで座りながら、リボーンは忌々しく舌打ちをした。
ぐしゃっという音を立てて握り締めた手の中には、数分前に送られてきた書類がある。
それに加え、類似した内容の書類が机を埋めるほど高く積み上げられていた。
リボーンは懐から愛銃を取り出し、手の中にある書類を頭上に高く投げれば素早く撃ち抜く。


「リボーンさんっ!?」


突然の銃声に驚き、ソファに座って仕事をしていた獄寺隼人は勢い良く立ち上がった。
両手でテーブルを思いっきり叩いた振動で、アンティーク風のテーブルの上に山積みに重ねられた書類が、雪崩のように床に崩れ落ちる。


「やべえっ!」


獄寺が青ざめた顔で書類を拾い集めるのを見て、リボーンはふんと鼻を鳴らし懐に凶器を収めた。
丸まった書類の塊が、無残な姿で机に落下する。
頭上を見上げると、当然紙を貫通していたらしく、銃弾が天井に刺さっていた。
執務室には強度の防音設備がなされているため、この程度の銃声なら響かず外にも伝わらない。
ボスの安全を考えれば最悪の設備だが、沢田自身がそれを要求したのだ。
理由は……守護者達が身を以て知っているのだが。


「獄寺、一枚でも無くしたら減給だぞ。ツナからの信用も落ちるだろうなぁ」

「そんな失態は犯しません! この獄寺隼人、任された書類を全て拾い集めて元通りにしてみせます!!」

いくぜ!と自分に激励の言葉をかけながら作業に努める獄寺を、リボーンは白けた目で見ていた。
床に散らばった書類は全て、ボスである沢田綱吉が処理する案件ばかりだ。
しかし、その姿も影も今は何処にも見えない。
それが、リボーンの機嫌を最低まで下降させている原因だった。


「ダメツナが……何処に行きやがった」


小さく呟かれた一言に、獄寺の手の動きが止まる。
小さく肩を震わせ、何かを堪えているように見えた。
リボーンは椅子から立ち上がり、獄寺の背後を取ると丸まった背中を一蹴する。


「いてっ!」

「辛気くせぇ幽霊みたいに死んだ顔してんな。ツナが帰って来た時、誰よりも笑って迎えてやるのが右腕だろうが」

「っ、リボーンさん……」

獄寺は唇を噛み締め、必死に笑顔を取り繕って後ろを振り向く。
その痛々しく歪んだ顔を見れば、リボーンはわざと茶化したように返した。


「あ゛? 手伝いならしねぇぞ。ダメツナの不始末ぐらい、右腕たるてめえがしっかりやりやがれ」

「いっ、いえ、そんな滅相もありません……」

「ああ、それもそうか」


リボーンは獄寺隼人の性格をよく知っている。
獄寺は沢田のためならば、どんな無理だって笑顔で承知するだろう。
獄寺にとって、沢田は仕えるべき存在以上に恩人であり憧憬の対象だ。
沢田に命を救われたこともあり、それは生涯忘れられないと言い切っていたこともある。
故に、沢田が処理する案件を任されるということは、右腕を誇る獄寺には光栄なことだった。


「で、何か言いたいことがあんのか? くだらねえ用なら脳天ブチ抜くぞ」


軽口を叩く態度とは一転、溢れんばかりの殺気をたぎらせたリボーンは、恐怖を煽るのには充分だった。
背にも頬にも冷や汗が伝うのを感じながら、獄寺はなるべく刺激しないように言葉を紡ぐ。


「あの……10代目は、ご無事なんでしょうか?」

「オレが知るか」


予想通りの返答に、獄寺はがっくりと肩を落とす。


「っ……そう、ですよね。すみません」


そのまま沈んだ声で謝罪を述べれば、一週間前の出来事を振り返った。
全ては、ローザネルリスという新興ファミリーが起こした大罪から始まった。
友好的な沢田は一度だけ同盟を結ぼうとしたことがあったが、相手は丁重に拒絶の意を示した。
しかし沢田は何も罸は与えず、守護者達を連れて潔く引き下がったのだ。
マフィアのボスとはいえ、沢田は相手の意思を尊重する優しさを人一倍持っていた。


それが、惨劇の引き金に指を掛けさせたのかもしれない。


ローザネルリスは同盟を拒んだだけではなく、優れた幻術を用いて沢田率いるボンゴレファミリーに成り済ました。
ボスと幹部達の幻術の力量は、ボンゴレの霧の守護者である六道骸に匹敵するほどのものだった。
そしてその姿で、ボンゴレの傘下にある低級ファミリー達を屠っていったのだ。
現状に気づいた沢田はひどく怒りを露にし、雲と霧の守護者を率いてローザネルリスに赴いた。
全員を連れ出さなかったのは、格の違い、圧倒的な力の差を思い知らせるためだった。


けれど報復に赴いてから今日までの一週間、沢田達の消息は途絶えている。
ローザネルリスに向かわせた偵察部隊によれば、其処は焼け野原とも荒野とも呼べるほど何も無く、これ以上の追求を許さないとでもいうような意思が感じられたらしい。
故に手掛かりが一つも無い、そう思われたのだ――つい最近までは。


「あの情報は……一体何を意味しているんでしょうか?」

「オレにもわからねぇ。そうかといって捕獲して聞き出す……なんて一筋縄じゃいかねぇしな」


八方塞がりの状況に、二人は同時に溜め息を吐く。
つい最近舞い込んだ情報、それを集めたのが机に置かれた山積みの書類なのだ。
内容を簡単に纏めれば――ボンゴレに敵対するファミリーが十ヶ所以上殲滅され、それを行ったのが雲の守護者……雲雀恭弥であるということ。


「あいつ……一体何を考えて」

「骸にも連絡が取れねぇ以上断言はできねぇ。だが、雲雀が極端な行動に出る時は大抵がダメツナ絡みだ。問題は、あいつらに何があったか……」


リボーンの推測を聞いて、獄寺は床に敷かれた絨毯を殴りつける。
ボンゴレの捜索部隊や他の守護者達も総出で捜しているが、有力な情報一つ無い。
本当は獄寺が一番捜索に加わりたいのだ。
その気持ちを抑えて、裏仕事である事務処理をしている辺りは昔と変わったのだろう。
己がやるべきことが、しっかり見えているのだ。


「獄寺、エスプレッソを入れてこい」

「え?」

「馬鹿に付き合って喉が渇いた。少しはオレにも奉仕しやがれ。三分で用意できなかったら……」

「は、はいっ! 只今お持ちします!!」


懐から愛銃をちらつかせるリボーンを見て、弾かれたように獄寺は抱えていた書類を放り投げて部屋から飛び出して行った。
取り残されたリボーンは蜂蜜色の可愛い教え子の顔を思い起こし、ボルサリーノを深く被り直す。



「このままいけば、ボンゴレの敵はいなくなる。だが、それが狙いでないとすれば……」



一抹の不安を胸に抱え、リボーンは椅子に座り直す。
両手を組んで、らしくもない祈りのポーズを取れば、不愉快以上におかしさが込み上げた。



信じるという、不確かな行為。
それに惨めに縋るしかない自分に、気づいてしまったから――。

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