幻想恋愛症候群 綱雲10年後 ほんの少し暴力的?


インスパイア元→初音ミク《鎖の少女》
















★★★★★★★★★★★




『あなたはオレの装飾品(ジュエル)だから』



そう青年が呟いていたことを、光さえ射さない暗闇の中で男は思い出す。
何が起こったのか、彼は即座に把握できなかった。
強力な睡眠薬を盛られ(後から聞いたところによると、普通なら致死量にあたるとか)、目が覚めたときには既に四肢を鎖で繋がれて監禁されていた。
寄り掛かっている壁は冷たく、冬という季節は体温を容赦なく奪っていく。
スーツを着ている分、身ぐるみ剥がされなかっただけマシか。
しかしそれも、男の強靱な体力と精神力があっての生だろう。
食事も水分も、生命維持のために行われる最低限の摂取。
もう一ヵ月以上は続いている異常。
誰にも発見されないのは、無知なだけか意図的か。
男の目の前には、楽しそうな声色で話を続ける青年がいた。暗くてよく見えないが、青年の琥珀の瞳はひどく淀んでいるのだろう。
正気でないことは確かだ。


「それでね、恭弥。ん? ねーってば、ちゃんと聞いてる?」

「……聞いてるよ」


恭弥――雲雀恭弥は短くぶっきらぼうに答える。
自分を此処に閉じ込めた張本人を軽く睨みながら。
されどそれに気づかず、青年はただ笑うだけだ。
笑う、否、乾いているのかもしれない。
作り物にも見える表情は何かに酔っていて、とても雲雀自身を目に映しているようには見えなかった。
琥珀の瞳はもはやコワレモノ、なのか。


「ってわけでね、骸と獄寺君がバトルをし始めちゃって。それ見ながら、恭弥も混ざりたかっただろうなって思っちゃった」

「……そう」

「ああでも、恭弥は手加減しないから守護者全員殺しちゃいそうだよね。それは怖いなぁ」


どうでもいい、些末な日常会話。
雲雀は何か話を返すわけでもなく、ただ相手の望むがままにさせていた。
自由を体現し群れを嫌う彼からは、とても想像がつかない状況ともいえる。
だが、彼が逃げ出さないのには明確な理由があった。
身体中に刻まれた無数の傷に、複雑骨折させられた右腕と右足。
右足は逃げられないようにするためだが、右腕に於いては彼が青年を非難し抵抗したための代償だった。
その時に発された台詞に、雲雀は僅かな身震いがしたことを覚えている。





『あーあ、折っちゃった。まぁいいか。どうせ抱き締めてくれるわけじゃないし』





自嘲と共に、汚れなき悪意は投げられた。
愛用の武器は囚われた時に奪われ、雲雀は丸腰の状態。
争うには分が悪いため、今は機会を伺っているというわけだ。
そう、それ以外に理由などない。
雲雀は己に言い聞かせて、青年への憎しみや怒りを募らせていた……はずだった。



(……それなのに、どうして自分は)



悔しいと、悲しいと、救いたいと、そんな生温い感情が芽生え始めたことに戸惑って。
青年が見ている姿が本当の自分ではないことに、雲雀はひどく苛立ちが隠せなくなっていた。
そう、青年はただ幻想に溺れているだけなのだ。
理想像という名の、幻想に。
きっと彼の目に映っているのは雲雀自身ではなく、彼の目だけに映る幻の姿。
囚われたままの鳥が微笑むことなどありえないのに、彼の、青年の、目には……。



(君が笑い掛けるのも、優しげな眼差しを向けるのも、全部――“僕”じゃないっ!!)



心中の痛ましい叫びは、決して青年には届かない。
雲雀自身にも理解できなかった。
囚われた当初、監禁された当初、無理矢理唇を重ねられた当初は……ただ相手を殺したい八つ裂きにしたい衝動しかなかったのに。
今では、この声が想いが届かないことが、とても堪えられなかった。


「ねえ、恭弥。オレはあなたのこと好きだよ」


秘密を重ねるように、告げられた愛言葉。
ソレは雲雀の心を深く抉るには充分すぎた。
青年には幻想しか届かない。
故に、この想いも幻想に向けて放たれたもの。
青年は雲雀恭弥自身を決して見ようとはしない。
曝け出されても、頑なに目を瞑り拒絶する。
何故なら、理想と現実が曖昧になってしまうから。
境界線が見えなくなってしまうから。
二つの存在に、確かな違いが産まれてしまうから。
それでも、雲雀は願わずにいられない。
こんな作られた物語(関係)ならば、全てを塗りつぶしたい。
此処から抜け出す事以上に、彼を夢から救い出す勇気が欲しい、と。



――そうして、この哀しいだけの物語を終わらせるのだと、自ら決心して。



「恭弥は「もうやめなよ、君」


遮るように、雲雀は確固たる意思を口にする。
青年は一瞬だけ時を止め、きょろきょろと辺りを見回した。
今発された声の元を探しているのだろうか。
目の前にあるのにも拘らず。
彼は暫く首を傾げていたが、何事もなかったようにまた口を開いた。
正直に言えば、雲雀にとってはどうでもいい話。
幻想の中の理想にとっては有意義だとしても。
そう思った瞬間、雲雀は無性に腸が煮え繰り返るのを感じた。


「――やめろって言ってるだろ、沢田綱吉」

「――ッ!?」


脅すように睨めば、沢田は驚愕から目を見開いた。
徐々に歪んでいく顔は、現実を認識した証。
声は届いた。
完全に逃避しているわけではない。
それだけで、雲雀は救われた気がした。
沢田は夢から醒めたように心を戻し、がっかりしたような声色で呟く。


「興醒めですよ、雲雀さん」


呼び方が変わる。
“恭弥”から“雲雀さん”へと。
現実を見据えた証拠に、沢田は雲雀に対して敵意を抱いている。
決して思い通りにはならないから。
理想像と重なりはしないから。
投げられる冷めた眼差しに、雲雀の胸は突き刺すような痛みを憶え。
けれど、惑わしの世界で生かされるのも……いい加減うんざりだから。


「君の妄想には充分付き合ってあげたでしょ」

「そうですね。貴方には不似合いなぐらい」

「わかってるならもう馬鹿げたことはやめな。そろそろ僕も限界だ」


必要な水分だけ与えられているせいか、声は擦れて弱々しかった。
また骨でも折られるのだろう。
逃げ出す手段を自ら断ったようなものだ。
そう覚悟して目を凝らした先には、雲雀の予想を遥かに上回る光景があって。



(……う、そ……でしょ)



彼は確信していた。
沢田の行為を全否定したところで、相手は感情に任せて怒り狂うと。
いつものように暴力を奮って、あなたはオレの言うことを聞いていればいいんだと喚き叫んで。
最後には壊れたように幻想の愛を撒き散らすものだと……そう思っていた、のに。
雲雀が目にしたのは、今にも砕け散ってしまいそうな儚く切ない透明な笑み。
狂気の欠片も持たない、綺麗すぎる笑みだった。


「……知ってるんですよ、ホントは」


か細い声で呟く沢田は、何処か遠くを眺めるような眼差しを天井に向ける。
潤んでいるのか、暗闇の中で琥珀が揺れている気がした。


「何を、知ってるって?」

「意味がないこと。こんなことをしても、あなたに嫌われるだけだってこと」

「それなら「――でも、ね」


視線を雲雀の方に向けた沢田は、諦めを含みながらも精一杯の笑顔を作る。
最初で最後の告白を、思わせるように。





――愛して、しまったから。





もうあなたを手放すなんて考えられないんです……と続けられた切願に、雲雀は言葉を失った。
例え出せたとして、何と返すことができただろうか。
抱き締めたい衝動に駆られても、酷使させられた身体は少しも動いてはくれなくて。
雲雀は己の無力さに唇を噛み締め、聞こえない声で問う。
ねえ、君はこれで満足なんだろうか。
こんな愛し方しか、こんな風にしか傍にいられない関係だなんて。
とにかく何か言葉にしたくて必死に開いた唇に、沢田はそっと己のソレを重ねて……微笑む。


「何も言わないでください。あなたの自由を奪ってる自覚は充分にありますから」


唇が離れ落とされた言葉、咎人が己の罪を悔いている様にも似て。
ほら、そうやって君は僕の言葉を奪うんだ。
本心を切り出そうとしていたはずの心が、急激に冷めていくのを雲雀は感じた。
否定される度、拒絶される度、本当に伝えたい言葉を失っていく。
凍えていく感情と、満たされない衝動。
君はどれだけ僕の心を殺せば気が済むんだろうか。


「……ねえ、泣かないでください」


懇願するように抱き締められて、雲雀は自分が泣いていることに気づく。
沢田の腕は身体は小刻みに震えていて。
それはまるで、現実に触れることが怖くて怖くて仕方がないとでもいうようで。
それでも琥珀が与えてくれる“本当の”温もりが心地好く、雲雀は身を委ねて瞼を閉じた。
沈んでいく意識の中、ごめんなさいごめんなさいと啜り泣く声だけが……鼓膜に焼きついて。

















【幻想恋愛症候群】

(――誰か、彼を(あの人を)虚夢から救って)














fin


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