解求連鎖 綱雲10年後悲恋? 靉風様との相互リクですので、お持ち帰りは靉風様のみ可です。


この想いが許されないと気づいた時には、もう修復は不可能で。
この指先から伝わる怨みの毒は、ゆっくりと全てを蝕んでいく。
答えの無い問いを繰り返しながら歪な歯車が回るのならば――もう誰にも止められない。





――愛している、なんて過去のこと。
















「ねえ、彼女達と別れてよ」


静寂と闇に包まれたダブルベッドの中、発された一言は弱々しく儚げで。
一緒に寝転んでいた部屋の主は、腕の中の黒猫を抱き締めながら満面の笑みで意地悪く答える。


「嫌です」

「じゃあ僕と別れて」

「冗談じゃない。なんで愛してる人を手放さなきゃいけないんですか?」


――愛してる。
抱く理由にもっともらしいことを主は言い放つ。
黒猫は眉間をしかめ、嘘吐きと言い捨てると主の喉元に噛みついた。
つぅっと、鮮やかな紅い筋が白い肌を伝う。
その様は穢れなき聖女を犯す様にも見えて。


「痛いなぁ。噛み癖は直した方がいいですよ」

「君が悪いんだろ、沢田綱吉。僕とは遊びでしかないくせに」

「そうでしたっけ? ああ、楽しかったんで忘れてました。にしても野暮ですねぇ、雲雀さん。二人きりでいる時ぐらい恋人らしい雰囲気持ちましょうよ」

「……もういい」


拗ねたように視線を逸らした雲雀の頭を、沢田はいとおしく思いながら柔らかく撫でる。
可愛い可愛いお人形さん、そう囁かれる度、雲雀の胸の中にはモヤモヤとしたドス黒いものが溜まっていく。
自分が自分じゃなくなるような感覚は、命を失うことよりも怖い。
それは孤高の死となるからだ。


甘やかな密会の最中、沢田はいつも雲雀を抱き締めてうっとりと微笑む。
お人形さん、俺の可愛いお人形さん。このまま首を絞め殺したら、俺だけのものになってくれるかな。
呪いのように、そう唄って。
――それは子供が抱く無邪気な独占欲。
恋とも愛とも程遠い、残酷すぎる所有欲。


「どうして別れたいんですか?」

「……疲れたんだよ」

「貴方がセフレになりたいって望んだくせに?」

「だって君の眼は――」



(誰も愛してないし、誰も映ってないから……)



言葉にするのを留めた、心の嘆き。
しかし、ボンゴレの血筋の持ち主に隠し事は成立せず――血の異質が真実だけを引き摺りだす。
沢田は暫し驚いた顔をした後、ふーんとつまらなそうにぼやいた。
対照的に自然に浮かび上がる下卑た笑みは、しかし沢田がするからこそ妖艶さを伴って。


「そっかぁ、そうなんですねぇ」


一人納得したように零す沢田に、雲雀は怪訝そうに首を傾げた。
間も置かず首筋に感じたのは――肉を噛み切られる激しい痛み。


「っぅ!」

「嫉妬してたんですね、彼女達に。誇り高き孤高の浮雲でも、愛なんていうくだらないものを欲しがるなんて……」


興醒めです、と耳元で呟かれた落胆。
雲雀は鋭い眼差しで沢田を睨みつけ、ドスのきいた声で拒絶の意を示す。


「咬み殺されたいの? 自惚れるな」

「ああ――それじゃあ、抱かれるという行為自体が好きなんですか? セフレを求めるぐらい、温もりに飢えてた、とか……笑っちゃいま…ぐぁっ!」


見下した表情で覗き込んでくる沢田の腹部に、雲雀は手加減一切無しの拳を叩き込んだ。
トンファーだったらこれ以上の威力だったろう。
武器を使わない肉弾戦は、雲雀の得意とする分野ではない。


「っぅ……ひっどいなぁ。抱かれ足りないなら、可愛らしく口で言ってくれればいいのに」

「ふざけ、っぅっ!」


噛みつくような口づけを受け、雲雀の抗議は喉の奥へとしまい込まれた。
沢田は唇を無理矢理舌で抉じ開け、雲雀のものと絡めると貪るように濃厚なキスを続ける。


「…んっ……ふぁ、んぅっ…」


息が苦しくなってきた雲雀は相手の胸を力強く叩き続ける。
それでも沢田は止めることなく口腔を犯し続けた。
静かな空間に、熱のこもった水音だけが響く。
永遠とも思えるような時間が流れた後、雲雀の腕からはがくりと力が抜けた。
沢田は唇を離し、耳元に寄せれば低い声で囁く。



「――このまま死んじゃえばよかったのに」



無垢な呟きに他意は無く、それが雲雀の恐怖をさらに煽った。
殺そうと思えば、沢田は躊躇いなく雲雀を殺せるのだろう。
罪の意識など、欠片も持ち合わせていない。



「……さわ、だ」

「昔、貴方が言ったんでしょう。愛なんて、まやかしでくだらなくて、無意味な感傷的産物だって。だから、躯を繋げるだけの関係が一番楽って……貴方が教えてくれたんですよ?」



クスクスと可笑しそうに笑う沢田に、雲雀は返す言葉を失った。
まやかし、くだらない、無意味――そんなものはいらない。
思い起こされるのは、十年前の応接室。
罪が始まった、あの日――許されざる、過ちを。





『ヒバリさん……男のオレに言われても困るとは思うんですけど、オレはあなたが好きです!!』


応接室で遅刻の反省文を書いていた沢田が、前触れも無く口にした恋慕。
強くて綺麗でカッコよくて、だけど本当は優しいあなたに、ずっとずっと憧れてました。
そう続ける沢田だったが、雲雀は軽く無視をして書類と向き合っていた。
言葉は聞こえていたのだろう。
興味がなかっただけで。
それでも沢田は少しでも本気だということを伝えたかった。
冷静な判断力よりも、理解してほしい衝動が勝ったのだ。
――ソファから立ち上がると、沢田は机を挟んで雲雀の前に立った。
続いて颯爽と書類を取り上げて……。


『ちょっと君、邪魔しないでよ』

『今の話、ちゃんと聞いてました?』

『知らない。興味ない。書き終わったならさっさと提出して帰りな』


身も蓋もない言い方に沢田はめげそうになった。
だからといって、ここで引き下がって遊びだとは思われたくない。
人生を懸け、先祖すら血筋すら敵に回す一世一代の告白なのだから。
沢田はなけなしの勇気を振り絞り、苛立っている雲雀に対して遂に行動に出た。


『オレは……本気であなたを愛してるんです!!』

『なに言っ……んっ!』


沢田は雲雀の両肩を掴み、強引に唇を奪った。
普段のダメツナからは考えられない大胆さ。
それが雲雀に僅かな戸惑いと隙を抱かせる。
性急な動作で舌が挿し込まれそうになったところで――派手な音と痛みが沢田の頬を襲った。



『っぅ!』

『――最低。気持ち悪い。愛なんて空想のまやかしだ。一時の情を無意味で感傷的な産物を勝手に押しつけるな。巻き込まれるのは戦いだけで充分。――君も、君の想いも、邪魔なだけ。さっさと僕の前から消え失せろ……っ!!』



傍から見れば、あまりにもひどすぎる断り方だったろう。
けれど沢田は哀しそうに目を細めた後、すみませんと小さく零して部屋を出て行った。
テーブルに置かれた真っ白な原稿用紙は、もしかしたら何かを語っていたのかもしれない。
それなのに雲雀は気づけなかった。
否、気づこうとしなかった。





(次の日から、君は変わってしまった。だらしない女遊びを繰り返し、時には男も抱いたって聞いてる。この弱い外見からは想像もできないサディスティックなところが、また何ともいえないんだとか)



初めてその事実を草壁から聞いた時、雲雀は信じられなかった。
ダメツナでお人好し、何よりも仲間を大切にする性質。
そんな彼が人の情を利用して遊ぶなんて到底思えなかった。
けれど、本命である笹川京子さえ弄んだと知った時――雲雀は、自分が犯した愚かな過ちに気づいてしまった。



(風紀を乱す者は、例外なく咬み殺してきた。でも、彼だけは――そうすることができなかった)



何故なら、雲雀は自覚してしまったから。
今の沢田は、雲雀の罪が具現化したものであることを。



(あの日、本当は……)



雲雀は今も悔やむ。
戻らない過去を、感情に振り回された浅はかな自分を。
あの日、沢田の行為には確かに驚いた。
ところが、それ以上に雲雀が感じたのは……恐怖だった。
真直ぐで汚れない純粋すぎる心、沢田が愛と呼んだソレに――未知なる恐怖を覚えたのだ。
まるで自分が失われていくような、それは自己の存在証明の崩壊にも似て。
雲雀はそれが堪え難く許せなかった。
だから振り払うように過剰な冷たさで突き放した。
これ以上関わらなければ、得体の知れない惨めな思いをしなくても済む――そう、思っていたから。





けれど、一度火をつけられた想いは燃え続ける一方で――。





「僕は……」

「雲雀さん?」

「なんでもない。少し疲れたから激しく抱いて寝かせてよ。僕が満足して気をやるぐらい――君ならできるだろ?」


雲雀の挑発的な態度と色香に、沢田は無意識に心を読み取る。
流れ込んできたのは……やはりあの日のこと。
今更悔やんだところで、もうどうにもならないのに。
仮初めの愛でしか、もう互いの指先は繋げないのに。
沢田は心の奥底に涙を隠し、口の端を吊り上げれば誘惑気味に笑う。


「じゃあ手荒く抱いてあげます。何もかも忘れて、ゆっくり眠れるように」


再び重なる唇に、沢田の心を知らない雲雀はそっと瞼を閉じた。












躯を繋げ合うことでしか一つになれない、愚かな僕等。
もう一度歩み寄る勇気は、きっとどちらにもない。
いつまで続けるのか。
いつになったら終われるのか。
もうこれ以上の傷はいらないと、膿んだ心は嘆くばかりで。










【解求連鎖―カイキュウレンサ―】


不毛な問いを繰り返して、貴方に君に縋りつく。
それも、罪だというのですか……?















fin



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