あてもなく世界を廻り続けるぐらいなら、貴方の腕へと帰りましょう 骸綱10年後


路地裏で、ふと空を仰ぐ。
丸く仄かに佇む光に切なさを感じ、思わず目を閉じた。
視界は真っ暗、心地好さなど皆無――冷たい、孤独。


「……何故」


再度目を開けた男は、腕時計に視線を落とす。
午後十時、約束の時間は午後九時……とうに過ぎてる。
予約してあったレストランには既にキャンセルの電話を入れていた。
一流の場所ではなかったが、其処のシェフが作るチョコレートケーキは絶品。
男は待ち人にそれを食べさせたかった。
小さく嘆息するものの、待ち人がドタキャンを繰り返すことは珍しくない。
まだ逢瀬の最中に邪魔が入らないだけマシだろうか。


「……仕方ありませんね」


男の恋人は、端的に言ってしまえばマフィアのボスだ。
伝統、格式、規模、勢力、すべてにおいて別格といえる巨大ファミリー。
マフィア界で知らぬ者がいるとしたらそれは余程の命知らずだ。
そんな立場だからこそ、個人の約束を優先して執務を投げ出すわけにはいかない。
ボス自らが出向かなければならない案件なら尚更だ。


「……」


男はコートの胸ポケットから小さな箱を取り出し、無駄になりましたかね……と苦笑を洩らす。
中身はシルバーリング、付け加えるならペアのもの。
男の左の薬指には同じものが填まっている。
結婚指輪……なんて、いつの間にか恋人同士になっていた者達には今更なのかもしれないが。


男は遠い過去を思い返す。
とはいえ、遡れば男自身さえ知らぬ記憶も飛び出してくる。
戒めの紅、輪廻を繰り返す呪われの眼。
男は餓え渇いていた。この世に生を受けてから、もうずっと、満たされない何かを、捜し求めて。
そうして、不毛な輪廻を……けれどそれは男自身が望む望まないに拘らず、魂は廻るのだ。
何が足りないか、それが今でも男にはわからない。
愛情、と思ったことも一度だけある。
しかし、そう名づけるにはやはり何かが欠けていた。
輪廻を繰り返すのは、呪いでもあり意思なのかもしれない。
捜したいのだ、きっと。
見つけたいのだ、きっと。


「……帰りましょうか」


男はポケットに箱をしまい、少し沈んだ表情で月を見上げた。
やさしい、つき。
みにしみて、ここちよく、おだやかで、けれどやみをはらむ……それ。
つみびとにも、びょうどうに、やかれないほどのあたたかいひかりを、あたえてくれる。
だから、男はそれが嫌いではなかった。
感傷に浸ることを馬鹿馬鹿しく思い、振り切るように歩きだす。
一歩、一歩、恋人に伝えたかった言葉を噛み締めて、足取りは重く。



「むくろっ!!」



……幻聴、か。
男は歩みを止めなかった。
その間も声は背後から響き続け、男は首を傾げながらも足を止めて振り向いた。
途端、油断していた身体に重力がかかって地面に背を打ちつける。


「っ!」

「もうっ、呼んでるのに無視する奴がいるかよ」


骸の上に伸し圧かっていた人物は、変声期を終えていない子供に近い声で不満を洩らす。
甲高い声、だけどよく知っている……やさしい、こえ。


「……ボン、ゴレ?」

「まーたそれ使うの。二人きりの時は名前で呼べって言ったのはお前のくせに」

「さわ、いえ……つな、よし……なんで、すか?」

「俺じゃなかったら誰なんだよ。あ、もしかして寂しかった? ごめんなー。会議が長引いてさ。あんまりにも優柔不断な奴等ばっかだったからXグローブで潰してきたけど」


相手の話を聞かず、自分の言い分を一気に主張するところは骸が知る沢田綱吉以外のなにものでもない。
てっきり今回もドタキャンだと思っていた骸は些か驚くが、そうまでして会いに来てくれた恋人に愛しさを感じてしまう。


「……すみません。お忙しいのに」

「いいの。俺が会いたかったんだから」


猫のように擦り寄ってくる綱吉に、骸は笑みを零して抱き締める。
腕を回した瞬間に、ポケットから先程の箱が転がり落ちた。


「あ、」

「ん? 何、これ」


手を延ばして地面に転がったそれを拾い、首を傾げる。
赤いリボンと花柄の包装紙で綺麗にラッピングされた物に、何も知らない綱吉は僅かな嫉妬を覚えた。


「ふーん、女にでもあげるの?」


随分とつまらなそうな顔で箱を軽く揺らす。
これに対し綱吉に非はないだろう。
どう見ても、女性用のラッピングだ。
勘違いしてしまうのも無理はない。
骸もそれを承知の上で、買った――見たかったのは、いつも待ち惚けを食らわせる恋人が嫉妬してくれる姿。
上々だ、細やかな仕返しの結果としては。


「それ、君のために買ったんですよ」

「ふーん、俺のためね……は?」

「僕のはここにありますから」


左手の薬指に煌めく指輪に、素っ気ない態度を取っていた綱吉の頬は赤く染まっていく。


「な、はっ、はあっ? あ、ありえないっ、こんやくとおりこしてけっ、けっこん、なんてっ」

「おや、色恋沙汰には疎い君でも意味は知ってましたか?」

「うるさいうるさいむくろのばかああぁっ!!」


耳まで真っ赤に染めた綱吉はぎゅっとしがみつき、見られまいと骸の胸板に顔を埋める。
感じる温もり、満たされる、世界。
繰り返す輪廻の中で、ただ一つ――……君だけが僕の全てであり世界、なのだと。





〔あてもなく世界を廻り続けるぐらいなら、貴方の腕へと帰りましょう〕








fin

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