躯に託した想いは、貴方だけに 雲綱10年後 拙いですが、裏要素有り。
グラスの中に堕とした紅い雫、揺らせば溶け込んだ先は白ワイン。
さあ、気紛れな子猫をどうやって留めようか。
壁時計の針は、午前十時を指していた。
閉めきってある障子から陽射しが入り込み、布団で眠っていた蜂蜜色を照らす。
頭上から聞こえてきたのは、懐かしい歌声。
「み〜どり、たな〜び、く〜」
「……んっ」
バサバサと羽音を立て、頭上をくるくる回りながら歌うそれに、蜂蜜色は煩いなぁとぼやきながらも目を開けた。
薄らと開かれた双眸は、見慣れた黄色い鳥を視界に捉えると、目を見開いてガバッと布団から跳ね起きた。
自分が一糸纏わぬ姿でいることにも驚いたが、隣りで眠る男の姿が視界に入れば、思わずありったけの声量で絶叫する。
「ぎゃあああああぁぁ―――っ!!」
「何なのさ、いきなり」
地震でも起きたのではないかと思われる建物の揺れに、男は気怠い身体を起こして小さく欠伸をした。
予めこの部屋の周りの人払いは済ませていたため、どんなにおたけびや奇声が上がろうと、二人の邪魔をする者は誰一人としていない。
「何なのさ、じゃないです!! どう、どうして俺が此処に、しかももう朝だし……」
混乱して唇を戦慄かせている蜂蜜色を一瞥し、男は後ろから腕を回して抱きしめる。
昨夜の情事で後処理を忘れたせいか、身体がべたべたとしている気持ち悪さを蜂蜜色は感じた。
それに加え、男の着物が肌に擦れて、微細な刺激を加えてしまう。
「ぁぅっ」
「なんだ、あれだけ遊んであげたのに、まだ足りないの?」
「ちがっ、はなし……ひゃうぅっ!!」
剥き出しの自身を握られ、蜂蜜色がびくんと身体を跳ねさせる。
男は気を良くしたのか、そのまま握り締めれば、そこからは白濁の液が伝って布団へと落下した。
透明な水溜まりが、ぽたっ、ぽたっ、といくつも作り出され、自身を緩く扱けば蜂蜜色からは甘い吐息が零れる。
「……ぁっ、ぁぁんっ、ひゃぅっ」
「ふうん、さすがは売春で情報を得てるだけあるじゃないか。ねえ、ドン・ボンゴレ。いや、沢田綱吉」
冷たく揶揄する口調で厭味を漏らし、男は沢田綱吉の自身から滴る蜜を指に絡めて弄び続けた。
緩く扱かれる度に、沢田はガクガクと足を震わせ、いやだと首を横に振り続ける。
その言葉とは正反対に、自身から蜜が溢れ出して艶めかしく光っているのを見れば、男は鼻で嘲笑った。
「イヤ? 嘘でしょ、そんなこと。こんなに感じてるくせに」
「っ、ゃんっ、ちがっ、ひゃあぁっ!」
空いている片方の手で、ぷっくりと膨れた胸の突起を摘めば、沢田は一際高い声を出して身を捩らせた。
手加減無しに突起を潰してやれば、だらしなく開いた口からは嬌声が零れる。
「君、生まれてくる性別間違えたんじゃないの?」
「っぅ、ぁぁんっ」
「そんなにイヤらしく喘いで……ホント、大夫顔負けだね。容姿は綺麗だし、身体の相性も悪くないし……ねえ、僕が娶ってあげようか?」
冗談混じりに低く耳元で囁けば、沢田の頬に赤みが差す。
それを男は見逃さず、自身から手を離せば内股に指先を滑らせた。
ぬるぬるとした感触に沢田は目を瞑ったが、耳朶を甘噛みすれば頬の赤みが一層増していく。
ふっと息を吹き掛ければ、沢田は背筋を震わせて唇を噛み締めた。
中途半端に刺激されたものが辛いのか、両足をもじもじさせている様を見れば、男はくすりと笑う。
「あれだけ愛してあげたからね、昨日は。今は物足りないでしょ」
「ぅぅっ……ま、まさか……あな、た、あの、ワインに……」
「睡眠薬を一服ね。警戒しないから楽だったよ」
尤も、そうさせないよう君から信頼を得る努力も欠かさなかったけど、と説明を付け足す男に、沢田はチッと舌打ちを返した。
油断していたとはいえ、まさか勧められた白ワインに睡眠薬が盛られているなんて、思ってもみなかったのだ。
「っ……はぁ、っ。な、なに考え、て……ルールが、あること、っぅ、あなただって「知ってるよ。関係を持った相手とは、一夜を明かさないんでしょう。抱かせて、情報を得て、君は立ち去るんだったね」
憎らしげ且つ淡々と売春の“ルール”を口にした男は、沢田の身体をぎゅっと抱きしめる。
だから、盛ったんだ―――と小さく呟かれた言葉に、沢田は言葉を失って茫然としていた。
男にはそれが憐憫に見えたのか、曝け出された肩に歯形がつくほど強く噛みつく。
「痛っ!」
「ねえ、僕がいつまでも、それを許しておくと思ったの?」
昏い昏い闇の底から響く声が、沢田の鼓膜に浸透してリフレインする。
恐怖から脅えた表情をして振り向く様に、男はひどく苛立って、許さないよ、と唸るように言葉を発した。
「ゆる、さない……?」
「誰にも触れさせない。君は僕のもの。君に触れる奴等は全て咬み殺す」
「っ!!」
沢田が驚いたと同時に、身体を拘束する力に負荷がかかり、めきりと骨が軋む音を立てた。
しかし力は弱まることなく、身体が悲鳴を上げるのも構わず締め上げていく。
痛いと訴えても、項に噛みつかれれば何の意味を為さず、反論は虚無へと融ける。
「っぅ、ひば、り、さん……」
「君の超直感は色恋沙汰に対して役立たずだ。君が売春をしてると聞いた時、どんな気持ちで僕が、君を買いたいと言ったか……鈍感な君にわかるかい?」
雲雀恭弥は、忌々しいといわんばかりにギロリと睨みつけ、未だに熱を孕んでいる沢田の自身を強く引っ掻いた。
咄嗟に、口に手の平を押しつけて声を殺した沢田だったが、雲雀の機嫌を一層悪化させてしまう。
雲雀は蜜で濡れた手で、沢田の顎を乱暴に掴み、ぐいっと上に向かせた。
「淫乱な売女のくせに、客に逆らうとはね。ああ、それとも、痛い方が好きなのかな」
雲雀の口元からは笑みが引いており、醜い嫉妬に支配された虚ろな黒真珠の瞳だけが昏く微笑む。
沢田は身の危険を察したが、逃げることが得策ではないのにも薄々感づいていた。
しかし、それ以上に悲しかったのかもしれない。
ボンゴレに有益な情報をもたらせるなら、誰にでも容易く躯を開くと、誤解されてしまったことが……。
沢田は手を口から離し、黒真珠をしっかりと見据え、涙で潤んだ懇願の眼差しを向ける。
「っ……それはっ、それは違う、っ」
「違わないでしょ。跳ね馬とも、六道とも、こうやって君から誘って「ちがっ、違いますっ! これは、これは、リボーンが―――っ!!」
あっ……と沢田が気づいた時には既に遅く、雲雀は小さく俯いて肩を揺らす。
忍び漏れる詰めた嗤い声には、背筋が凍りついて粉々に砕け散る感覚さえある。
本気で死を覚悟したことは何度かあるが、今回はその中でも最上位に入るかもしれない。
「―――ねえ、赤ん坊って……どういうこと?」
「ひぃっ!」
反射的に小さな悲鳴を上げる沢田に、雲雀は己が持つ美貌を損なわぬまま、にたりと嗤う。
最強の殺し屋であるリボーンが、まさか殺されることはないだろうが、今の雲雀なら容易くやりかねない―――と判断を下した沢田は、心の中で渋々降参し、自分の所業の発端を白状した。
「……ぅぅ、つまり、雲雀さんの、反応が、見たかったからで……」
「は?」
間接的な遠回しに、雲雀はますます眉間に皺を寄せる。
居た堪らなくなった沢田は、雲雀の胸に深く顔を埋め、貴方がずっと好きだったんです……と、消え入りそうなぐらい、か細い声で呟いた。
それを耳にした雲雀はきょとんとし、一瞬にして昏々としたオーラが取り払われる。
意識したわけではない、本当に、不意打ちのそれは、思いも寄らないことで。
「……は?」
「っ……だからっ、貴方が好きだけど、俺のことを、貴方がどう想ってるかわからなくて、それが怖くて、だから……」
「ねえ、ちょっと待って。君は何が言いたいの?」
「それで、ひっく……リボーンに相談し、たら、ひぐっ、俺が、童顔を生かして売春すれば、ぐすっ、雲雀さんの反応が、見られるじゃねぇかって……ふえぇぇ〜ん、うわああぁぁんっ!!」
堪えていた感情を、全て吐き出すように泣き始めた沢田を、雲雀は唖然とした表情で見つめていた。
ただ泣き続ける大きな子供に、どう言葉を返していいのかわからなかった。
ところが、戸惑いと衝撃が入り混じった脳内へと、沢田は更に爆弾を投下する。
「……ひっく、貴方が、ぐすっ、俺を買いたいって言った時、俺は……うれしかったけど、かなしかった。その程度、なのかって……ひっぐ、思い知らされた気が、した……っ!」
「沢田……」
「だからっ、“ルール”は絶対、必要だった、貴方には特にっ! そうしなきゃ、っ、俺が、貴方を好きな気持ちが、惨めに伝わるだけじゃないかっ!」
矜持の高い沢田にとって、それは耐えられないことだったのだろう。
一方的ならば知られない方がマシだと、それは裏返せば、好意を寄せて報われなかった時が、傷つく時が、怖くてたまらないのだ。
「まったく、君って子は……」
雲雀は眩暈がしつつも額を押さえ、リボーンが言っていたことを思い出す。
確か守護者や同盟ファミリーのボス相手に、沢田が売春を始めたと告げられたんだったか。
情報が金代わりだから、お前も試してみたらどうだ、と。
あの時は、胸に重い塊が落ちるのを感じながら、面白そうだと、嘲笑ったのだけれど―――。
「ふっ、仕返しは必ずさせてもらうよ。この子を穢した罸は重い」
神出鬼没のヒットマンに向けて宣戦布告を口にし、未だに泣きじゃくっている沢田を見れば、雲雀は妖しく微笑んだのだった。
気紛れな子猫は、最初から僕のものだったらしい。
これじゃあ、幾重にも罠を張り巡らせた意味がないじゃないか。
まったく、とんだ茶番だ!!
fin
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