最強守護者様の、唯一の弱点 1 雲綱


最初はちょっとしたきっかけだった、と記憶している。
部下の裏切りによって仲間を傷つけられた彼は、本当は泣きたいのに泣けないまま一人抱えて苦しんで。
時折ボンゴレ本部を訪れる僕の前ですら、無理した顔でそれでも笑って出迎えてくれていた。
その必死な姿に腹が立ったのかもしれない。
無性に泣き顔を引き出したくて、初めてだというのに手荒に犯してやった。
断っておくが、別にそうしたくてしたわけじゃない。
誰が恋人との初体験で、乱暴に強姦紛いのことをしたいと思うだろうか。
というより、よく今まで手を出さなかったなと我ながら感心する。
この僕が十年もの間、ずっとキス止まりで我慢してたんだよ。
本当はそれ以上進みたかったけれど……どうも彼の泣き顔には滅法弱くてね。
心身の痛みに敏感な彼のことだ。
どうなるかは容易に想像がつく。
それはそれで面白そうだが、まあ今は置いておこう。
とにかく――僕らは清く正しい純粋なお付き合いをしていたわけだ。
その僕が彼の泣き顔を見たくなるなんて……よっぽどのことだったんだろう。
どれだけ下手な笑顔を見せていたのか、今はもう思い出せないけれど。
ただ咬み殺したくなる以上に、啼かせ殺したくなったことは覚えている。
抱き殺す、のではなくだ。
彼は初めての経験に深いショックを受けたのか、今も僕とは口をきいてない。
何週間経っただろうか、あの日から。





「――バ、リさん、ヒバリさん!」

「……ああ、どうかしたの?」


どうやら一人で考え事に耽っていたらしい。
意識を現実に戻した雲雀が目にしたものは、頬を膨らませて不満そうにしている子供の姿だった。
互いに座布団の上に正座したまま向かい合っているこの場所は、秘密地下財団内に用意された雲雀の部屋だ。
どちらも話さなければ、心地好さを通り越した静寂だけが広がる。


「ひどいじゃないですか。人に話を振っておいて無視するなんて」

「話……?」

「もしかして、覚えてないんですか?」


子供は不思議そうに首を傾げたが、その動作は雲雀の方こそしたいものであった。
くりくりとした琥珀色の瞳、重力に逆らったような寝癖がひどいような蜂蜜色の髪。
他にも色々あるが、これら全てを視界に収めながら、雲雀は自分の恋人を思い出していた。



(――沢田、綱吉)



心中で、ただ一人の名を呼ぶ。
雲雀の恋人であり、目の前の子供にも該当する名を。
しかし、子供はこの時代の人間ではない。
別の時代(今は過去と呼ぼうか)から来た旅人のようなものだ。
その背景には、十年バズーカと呼ばれる未だに詳しく解明されていない怪しげな機械が関係している。
端的に述べれば、ソレが子供の時代の沢田とこの時代の沢田を入れ替えたというわけだ。
全く以てややこしく現実離れした話だが、指輪や匣といったものが存在している時点で有り得ない話ではないだろう。
故に雲雀は無駄な疑問を持つことはしなかった。


「僕、君に何て言ったっけ?」


考え事をしている間の自分を思い出そうとするが、頭の中にそれらしい記憶はない。
心当たりもさっぱりだ。


「……別にいいです。どうせ大したことじゃないんでしょうし」


外方を向いてぶっきらぼうに返された台詞には若干のトゲが含まれており、雲雀は僅かに眉をひそめた。
聞いていなかった上の空だった自分も悪いのだが、そうかといってそこまで言われる筋合いはない。
沢田にしてみれば普通に返したつもりだろうが、相手はあの雲雀だ。
自分が気に入らなければ、些細なことにすら暴力を奮う野性の獣。
彼に理性と常識を求めてはいけない。
その証拠に、恋人と半ば絶縁状態にある雲雀は、何も話さない沢田に理不尽な怒りを募らせていく。
空気が変わったことに気づいたのか、子供はバッと顔を前に向けた。
そうして、一気に青ざめる。
感じたのは紛れもなく生命の危機だろう。
視線を逸らすつもりで、子供は背後の壁時計を見ようとした。
その瞬間、雲雀は上半身を傾けながら腕を延ばし、沢田の顎を掴むとぐいっと自分の方に向かせる。


「多分もう五分経ってるよ

「ええっ! うそっ!?」

「大方故障でもしたんじゃないの。それか向こうの君が赤ん坊にでも泣きついてるか自分でバズーカをわざと故障させたか」

「なんで、ですか?」


きょとんとする沢田に、しまったと雲雀は舌打ちして顎から手を放す。
うっかり口を滑らせてしまった自分を浅はかだと思わずにはいられない。
ありのままを説明してもいいのだが、これで過去の方に悪影響が出てしまうのは雲雀にとって少々困る。
過去というより、入れ替わりに過去へ行ったはずの自分の恋人に、といった方が正しいだろう。
つまりはこれ以上厄介事を増やされたくないということだ。
どこまでも利己主義を貫く男。
それが雲雀恭弥である。


「……喧嘩でもしたんですか?」

「……」

「沈黙は肯定と取りますよ?」

「……」


肯定と取られても困るのだが、やはり今回のあらましを口にすることを雲雀は憚った。
ただの喧嘩ならまだしも、これは……。
意外に思われるかもしれないが、雲雀は自分にも非があると反省していた。
何度も繰り返すが、あの雲雀恭弥が反省し、自分の過ちを認めていたのだ。
それ故に、尚更口にしたくはなかった。
彼の高尚な矜恃が、頑なに口を閉ざさせていたのかもしれない。
けれど、惚れた弱味というのはどこまでも付き纏うもので。


「ヒバリさん……」


僅かに眉を下げてしょんぼりとした顔、切なげに潤んだ琥珀。
それらを直視させられたら、雲雀はもう折れる以外に方法がなかった。
ひ弱な草食動物一匹咬み殺せず、挙げ句の果てには振り回されている。
この現実に、雲雀はもう呆れを通り越して涙すら出ない。
惚れた弱味とはきっとそういうものだろう。
恐るべきは、沢田の行動が無意識から来るということだが。
わかったよ……と渋々承諾した雲雀に、沢田はぱっと花が開いたような笑みを見せた。
泣いたり、拗ねたり、笑ったり、本当に忙しい子だと思う。
しかし、そんな和やかな雰囲気も束の間……。

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